第327話 side:ラパール

「一、二、三……ふむ、全員で十七人か」


 私は人差し指を伸ばし、リトヴェアル族の数を数える。

 どうせなら盛大に放ってやってもいいのだが、私の怪我も浅くはない。

 今の状況だとこの私まで巻き添えになる可能性もある。

 少々魔力も使い過ぎた。

 逃走中に魔物に襲われる可能性も考慮し、魔力の温存のためにも、数を多少絞る必要がある。

 ここでは二十体ほど放っておけば、逃げ切るには十分だろう。


「奴が指揮官だ! 躊躇うな! 何かをする前に止めろ!」


 私の様子を不気味に思って止まっていたリトヴェアル族達ではあったが、痺れを切らし、戦士の一人が勢いよく私の前へと飛び出してきた。

 ふむ、最初の犠牲者となってもらおうか。


「〖ワイドサモン〗! 現れろ、トレル・ラトン共!」


 私を中心に、黄色い光が広がっていく。


 光の中から、黄色い産毛に覆われた大鼠が、二十体現れる。

 手足の先や尾には毛が生えておらず、ピンクの体表が露になっている。

 額には、大きな白い角が生えていた。白い角には、バチッ、バチッと、微かならに電気を纏っている。


「ヂュウウ」「ヂュウ」

「ヂュウ」「ヂュア」「ヂュウ」

 

 雷鼠、トレル・ラトン。

 全長は人間の子供程あり、単体の戦闘能力は低いが、すばしっこい。

 そして自身の危機を感じ取ると極度の興奮状態に陥り、近くの動物に接近して飛びついて自爆する習性を持つ。


 トレル・ラトン達は、わらわらと私の周囲を歩き回る。


「な……なんだ……?」


 真っ先に飛び込んだリトヴェアル族の戦士が、トレル・ラトンの群れに驚き、足を止める。


「はい、〖バーサーク〗」


 続けて、リトヴェアル族の戦士の近くにいる一体のトレル・ラトンへと、〖バーサーク〗の魔法をかける。

 トレル・ラトンの顔つきが変わり、息を荒げ、リトヴェアル族の戦士へと飛び掛かった。


「ちっ! この程度の魔獣……!」


 リトヴェアル族の戦士が、トレル・ラトンを突き殺そうとする。


「バラバラになるがいい」


 トレル・ラトンの角に、急速に電撃が溜まる。


「〖クレイ〗!」


 赤眼の少女が魔法を唱える。

 リトヴェアル族の戦士とトレル・ラトンの間を遮るように、土の壁が現れた。


 ふむ……なんだ、つまらん。

 しかし、〖クレイウォール〗ではなく、ただの〖クレイ〗か。

 〖クレイ〗は応用が利く分、魔力の消耗が激しく、防御用ではないため〖クレイウォール〗に比べ、攻撃に対して脆くなる傾向にある。

 〖クレイ〗しか使えぬのならば、トレル・ラトンの群れ相手に長くはもたぬだろう。


 トレル・ラトンが頭を下げ、土の壁へと角をめり込ませる。

 その後、角が真っ赤に変色し、頭部が膨れ上がり、雷撃を伴いながら破裂した。

 黒焦げになったトレル・ラトンの残骸が飛び散り、土の壁を崩し、反対側にいたリトヴェアル族の戦士を弾き飛ばした。


 弾き飛ばされたリトヴェアル族の身体から、黒い煙が上がる。

 ふむ……なんだ、死んではいないのか。

 まぁ、よかろう。


 他のリトヴェアル族が悲鳴を上げ、何人かが倒れたリトヴェアル族へと近寄ろうとする。


「不用意に近づくな! 罠だ!」


 リトヴェアル族の戦士の中でも年配の男が叫ぶが、もう遅い。

 トレル・ラトン達の角が、次々に赤く変色を始めた。


 トレル・ラトンは生命の危機を感じ、極度の興奮状態に陥ったときに自爆の態勢に入る。

 そして仲間の自爆を目にすると、何らかの外敵が周囲に潜んでいるのだと本能的に判断し、自爆の態勢に移行するのだ。

 つまり、一体〖バーサーク〗で興奮させて自爆させれば、一気に連鎖自爆が始まるということである。


 トレル・ラトンは素早く湾曲する様に走りながら、リトヴェアル族達へと迫っていく。

 何体かが近くにいた私に目を向け、素早く走ってくる。


 当然、この対策はちゃんと取ってある。

 だから召喚したのだ。

 私は剣を天に掲げ、剣先に魔力を溜める。


「〖雷放散〗」


 剣先に雷が走り、辺りに飛び散った。

 私に向かっていたトレル・ラトンは素早く直角に曲がり、リトヴェアル族の方へと向かう。

 トレル・ラトンは、雷を纏った角の様なものを見ると仲間であると誤認し、攻撃対象から外すのだ。


「フフ……知恵の限りを絞ってこの雷剣のラパールを退けた貴様らへの、私なりのプレゼントだ。頑張って逃げ回ってくれたまえ、蛮族諸君」


「う、うう……ラパール様……助け……」


 蜘蛛にやられて倒れていた私の部下の一人へと、トレル・ラトンが走っていった。

 トレル・ラトンが爆ぜて、部下の手足が辺りへと派手に飛び散った。


「一体、ラトンを減らしてしまったか……まったく」


 この威力を目前にし、リトヴェアル族達は顔色を変えて一斉に逃げ始めた。

 私はその様子を眺めながら鼻で笑い、ゆっくりと踵を返そうとした。

 だが大きな足音が聞こえてきたため、急いで剣を抜いて振り返った。


「貴様だけは、絶対に逃がさん!」


 大男が、槍を振るいながら私に狙いを付けているところだった。

 武器は手にしていなかったはずだが、大方他のリトヴェアル族が投げ捨てたものを拾ったのであろう。

 大男の背後を、一体のトレル・ラトンが追いかけてきている。


「ふむ、私と一緒に自爆しようという腹積もりか……だが」


 私は剣で槍の穂先を横に弾き、続いて斜めに斬りつけた。

 腕で直撃は防がれたものの、右腕を深く斬りつけることに成功した上に、腰の辺りも浅く斬りつけることができた。

 大男がその場で崩れ落ちる。


「ぐ……ぐ、クソ……」


「同じ手負いとは言え、技量が違うのだよ、技量が。魔法の援助があって善戦できていたからといって、蛮族風情が図に乗らないでもらいたい」


 私は私を憎々し気に見上げる大男を見下しながら言い、その背後のトレル・ラトンへと目を移した後、ゆっくりとその場を離れる。

 大男へと、トレル・ラトンが猛スピードで接近していく。


「〖ゲール〗!」


「むっ」


 赤眼の少女の声が聞こえ、私は走りながら声の方を睨んだ。

 小さな竜巻が巻き上がり、トレル・ラトンの後を追いかけていく。

 竜巻はトレル・ラトンを宙に跳ね上げた後、大男の身体を転がした。

 私は早めに気が付いており、また距離もあったため、竜巻の影響からあっさりと逃れることができた。


 跳ね上げられたトレル・ラトンが、宙で爆発を起こす。

 血と肉が地面へと降り注ぐ。


「つ……つつ……」


 大男は〖ゲール〗を受けたため身体を痛めているようではあったが、トレル・ラトンの爆風からは逃れていた。

 最初からそれが狙いであったようだ。


「……む?」


 あの赤眼の少女、まだ魔法を撃てたのか?

 いくらなんでも、魔力が底知らず過ぎる。

 私と交戦している間に、一体何度魔法を使っていたというのか。


 私は不可解に思い、赤眼の少女の方へと再び目をやった。


 少女の周辺には、風魔法の跡や土魔法の跡が入り乱れていた。

 魔法の影響を受けてか怪我を負ったリトヴェアル族が多数倒れているようだったが、トレル・ラトンの自爆をまともに受けて惨死した者の姿は見当たらない。


「な……そ、そんな、馬鹿な……。あ、あり得ぬ……」


 まさか、たった一人で二十体のトレル・ラトンの暴走を抑え込んでいるというのか。

 いくらなんでも、魔力量がおかしい。ありえない。


 少女の姿を改めて確認して見る。

 肌の色は黒ずみ、罅割れ、髪はばさばさになっていた。

 数分の間に数十年の歳を取ったかのように衰えているが、赤い眼だけはぎらぎらと、剣呑な光を増していた。


「に、人間ではなかったのか!?」


 おかしいとは思っていた。

 私の部下に抱き着き、生気を奪っていたかのような動きを取っていたこともあった。

 魔力が尽きないのも不思議だった。

 怪我があっという間に綺麗に治っていたのも不気味だった。

 そもそも、気配に邪悪なものを感じるのが妙だった。


「アンデッドか……! ちっ、死にぞこないめ!」


 だが、そのアンデッドもついに限界だと見える。

 魔力不足で留めていられなくなったのか、腐肉の様な身体を晒し、立っているのがようやくといった調子であった。

 私を追いかける余裕はないだろう。

 あの私を散々虚仮にしてくれたアンデッドはおろか、ただの一人も殺せなかったのは無性に腹立たしくはあるが、逃走するには十分であった。


「……む?」


「う……うう……」


 地面に倒れているリトヴェアル族の男へと向かい、最後の一体のトレル・ラトンが直進していた。

 リトヴェアル族を呼びに集落へと走っていった、笛の男である。

 思えばあの男は、最初あのアンデッドと話をしていた。

 何らかの特別な関係があるようだと考え、間違いないだろう。

 歳の差からいって、親子といったところか。


「フフ……これはいい。最後の最後で溜飲を下げられた」


 アンデッドも、最早あの様子ではまともな魔法の一つも使えないだろう。


「アァ……ヴァアアアァツ!」


 アンデッドが呻き声を上げる。

 アンデッドの左腕を土が纏って肥大化したかと思うと、地面を蹴って倒れた態勢のまま跳び上がる。そしてリトヴェアル族の男とトレル・ラトンの間へと飛び込んだ。

 右腕で男を押し出し、左腕をトレル・ラトンへと盾の様に突き出す。


「ヂュ……」


 トレル・ラトンが爆発した。

 アンデッドは爆風をまともに受け、身体中を纏っていた肉の様なものの大半が剝がれ落ち、部分、部分骨が露出していた。

 仰向けにその場に倒れる顔は、顎の部分の骨が覗いている。


「…………」


 あまりのことに、私は足を止め、しばしその場に棒立ちになっていた。


「アロ! アロがいるの? アロ!」


 遠くから、叫ぶような声が聞こえる。


「アイノ! 落ち着いて! アロちゃんは、マンティコアの生贄になったの! ねぇ! タタルクさんは、何かと見間違えたのよ! お願いだから、正気に戻って! 今はこっちに来ちゃあ駄目だって、タタルクさんも言っていたでしょう?」


「止まれ! いい加減にしろ!」


 どうやら、また別のリトヴェアル族が来たらしい。

 五人ほどいるようだ。

 援軍……にしては、戦闘要員には見えない。

 私はそこまで考えたところで冷静に戻り、すぐにここを逃げねばならないと考えた。


「きゃあああぁっ! 化け物おおっ!」


 一人のリトヴェアル族が、爆風に倒れたアンデッドを見て叫ぶ。


「ア……アロ、なの?」


「アイノ! 近づいちゃダメ! ひいっ! す、すぐ離れて!」


 女の一人がアンデッドに近づこうとし、他の女がその腕を引いて止める。

 アンデッドが弱々しく腕を伸ばすが、男が間に分け入り、二人の間を妨げた。

 アンデッドの腕は一度空ぶった後に、男の足首辺りを掴んだ。

 そのとき、アンデッドの腕を怪しげな光が纏い、男がその場に倒れた。


「い……今、今、何かを吸い取られた! 力が、手に入らない!」


「アンデッドだ! 殺せ!」


「ち、違う! 彼女は、俺達を助けてくれて……」


「アロだぁ! 間違いない! 生贄にしたから化けて出てきたんだ! 俺達を呪い殺すつもりだぁ!」


 私は首を振った後、踵を返してその場を駆けだした。


「フ……フン。馬鹿な奴め。私が手を下せないのは少々残念であったが、化け物には相応しい最期を迎えたよう……ん?」


 遠くから轟音が聞こえてくる。

 だんだん、だんだんとその音が大きくなっていく。


 もしもこれが生き物であるなら、恐ろしい速度で移動しているとしか言いようがない。

 そこまで考えて、何となく既視感を覚えた。


 この道は駄目だ。

 そう考え、横の方へと私が駆けだそうとしたときであった。


 巨大な球体が、木々を薙ぎ倒しながら現れた。

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