第326話 side:ラパール

 大男が魔法で即席で作られた土の槍を振るいながら、私の方へと駆けてくる。

 多少はできるようだが、所詮は蛮族の戦士。

 力も武器での戦いも、圧倒的に私の方が上だ。


 ただ、不意を突いてあの赤眼の少女に魔法を撃ち込まれては、少々厄介だ。

 人数ではこちらが勝っている。

 こんなところで足止めをくらっているわけにはいかない。


「二人、弓を捨てて私を援護せよ。残りは魔術師の牽制を」


「はっ!」


 私の部下七人の内、二人が弓を捨てて剣を抜いて私の両側に付き、残りの五人は馬を走らせて散らばりながら、少女を四方から取り囲むように動いた。

 強力な風魔法を持ってはいたが、所詮は方向の限られた一直線の技だ。

 囲んでしまえば、撃ち落とすこともままならまいだろう。


 二人の部下が私を追い越して前に出た。

 大男の一振りを片割れが受け止め、もう一人が身体を目掛けて刺突を放つ。

 大男は武器を放棄して後ろに跳び退いた後、即座に左側にいる私の部下の馬の側面側から跳び掛かる。

 が、私の部下は大男の動きに対応しており、既に剣を構え直しているところであった。


「私が出るまでもないな」


 大男の実力は、私の部下をいくらか上回るようであった。

 しかし、二対一ではそうもいかない。ましてやこの雷剣のラパールたる私相手となれば、数段は劣る。


 私の部下が、跳び掛かってくる大男に対して剣を振るう。

 当たるかと思った寸前、大男が投げ捨てた土の武器が急に破裂し、砂煙を上げた。


「むっ……」


 私が少女の方を見れば、彼女は今破裂した武器の方へと手を向けていた。


「くっ、くそ! らぁっ!」


 私の部下が、視界が見えないままに剣を振るう。

 砂煙の中の陰に、確かに剣は当たったように見えた。

 私の部下も剣に手ごたえを感じてか、表情を緩めていた。だが、すぐに顔を顰めた。


 砂煙が晴れると、左の肩と腕で剣を受け止め、血を流しながらも立っている大男の姿があった。

 私の部下が剣を引こうとするが、大男はがっしりと掴んでいるようで、剣は動かない。


「うおおおおらあっ!」


 大男が大きく右腕を振り上げ、剣を掴んでいる左の腕を引く。

 そして身体を捻って加速しながら、私の部下の鳩尾を大きな拳で殴り抜いた。


「おぼっ!」


 私の部下は吐瀉物を吐きながら馬から転がり落ち、肩から地面に衝突した。


「なんと、品のない乱暴な戦い方……」


 私が大男を睨みながら呟くと、大男も私を睨み返し、奪った剣を血だらけの肩で構えて向けてきた。


「どうした? 貴様は高みの見物か!」


「汚らわしい蛮族風情が!」


 調子づきよって、鬱陶しい。

 一人倒されはしたが、分は遥かに私の方が勝る。

 まともに戦えば、あの大男程度、私の敵ではない。

 ただ、今の様に横槍を入れられてはつまらぬ。


 問題の魔術師、赤眼の魔術師の方の状況を確認する。

 赤眼の魔術師は、五人の私の部下から矢の集中砲火を受けていた。

 どうにか〖クレイ〗で四方に土の盾を作って防御に徹しているようだったが、時間の問題だろう。

 あまり大男のサポートに手を回せるようには見えない。

 あれだけ風魔法やら土魔法を連発し、むしろよく魔力が持っているものである。

 顔色も悪い。既に限界が近づいていることだろう。


「ま、蛮族二人で、私の精鋭の部下を前によく耐えたといったところか」


 私は剣に魔力を溜め、雷を纏い直す。

 さて、正面から戦ってやってもよいのだが、万全を期すとするか。


「お望みとあれば、相手をしてやろう蛮族よ。おいマルクス、挟み撃ちにするぞ」


「はっ!」


 私の部下マルクスが、一度大男から距離を取り、私と大男の延長線上へと移動する。


「…………」


 大男が、黒目を動かして私とマルクスの動きを同時に把握しようとする。

 無駄なことだ。双方に注意を払えば、どちらも疎かになる。

 これ以上時間を掛ける気はない。一撃で仕留めてやろう。


「……む?」


 辺りに、再び霧が濃くなってくる。

 あの赤眼の少女が現れたときと、同じ霧である。

 赤眼の少女へと目を向ければ、土の壁の中で弱々しく蹲っていた。

 肩には矢が二本刺さっているのが見える。

 体力も魔力も底を尽きているのは明らかであった。

 最後の悪足掻きということか。


「無駄なことを! もう矢はよかろう、剣で直接斬り殺してや……」


 不意に、肩に激痛が走った。

 慌てて背後へ目をやれば、白い面が頭部に張り付いた不気味な大蜘蛛が、私の肩の上に乗っていた。

 毒があるのか、灼けつくような痛みが肩を中心に身体全体へと広がっていく。


「こっ、このっ!」


 勢いよく腕を振るって払い除けると、蜘蛛は霧の中を飛んで私から離れて行った。

 目視はできなかったが、どこからか糸をぶら下げていたのだろう。

 まさか音もなく上から敵が現れるとは思っていなかった。


 辺りから、私の部下の悲鳴が上がる。

 どうやら現れた敵は、今の蜘蛛一体ではなかったらしい。


「お……落ち着け、冷静に対処せよ! 気配を探り、耳を頼りにしろ! あの瀕死の魔術師を殺せば、霧はすぐに晴れるはずだ!」


 私は目を閉じ、気配の感知に集中する。

 どういうわけか、あの赤眼の魔術師は異様な気配を放っている。

 感知することは難しくない。

 少女の気配を見つけ、周囲に注意を払いながら接近を試みる。


 近づいたところで、少女の気配がする位置より、私の部下の悲鳴が上がった。


「う……うわあああっ! ああああっ!」


 走る速度を上げて近づけば、私の部下が背後から赤眼の少女に抱き着かれているのが見えた。

 少女が手を離すと、私の部下はぐったりと地面に崩れ落ちる。

 倒れた顔は霧ではっきりとは見えなかったが、生気を吸い取られたかのようにぐったりとしていた。


 な、なんだというのだ、今のは……。

 おまけに、瀕死の重傷であったはずの少女は、真っ直ぐに立っていた。

 刺さっていたはずの矢も見当たらない。


 不気味な奴だ。

 ただの魔術師と侮っていたが、どうにも様子がおかしい。

 しかし、今はこっちを見ていない。今の内に斬り捨てて、殺してしまえばいい。


 剣を構えたところで、何かに右足を、がっしりと掴まれた。

 慌てて下へ目を向ければ、土の腕が何本も地面から生えている。

 一本は足首を掴んでおり、二本目、三本目は、脹脛の辺りに巻き付いていた。


「しまっ……」


 少女がこちらへ身体を向け、両手を伸ばす。


「『ゲール』!」


 豪風が、霧を払いながら私へと近づいて来る。

 足を動かせない私は、まともに正面から受けることになった。

 風が私の身体を持ち上げて切り刻む。地面の上を転がって身体のあちこちを派手に打ち付けた。

 意識が、朦朧とする。


「蛮族如きが、この私を……」


 私は近くの木に手を置き、どうにか起き上がる。

 傍に刺さっていた剣を抜き、軽く振るって腕の調子を確認する。

 毒を受けた肩が、上手く動かない。左手は使わない方がよさそうだ。


 まだ動ける部下は……と、周囲を確認する。

 立っている者は三人ほどであった。

 息を荒げながら、神経質そうに辺りを窺っている。

 三人共身体のあちこちに、蜘蛛の糸の断片のようなものが張り付いていた。

 蜘蛛は一体ではなかったようだ。


 まだ、まだやれるはずだ。

 敵の手の内はわかった。小細工に惑わされず、正面から戦えばこの私が負けるはずがない。

 すぐに立て直し、奴らの集落へ向かわねば……。時間も被害もかかりすぎてしまった。


「私を完全に怒らせてしまったな。卑怯な手が通るのも、ここまでと……」


 そのとき、奇妙な笛の様な音が森中に響き渡った。

 先ほどの集落へ逃げ戻った男を先頭に、十五人ほどのリトヴェアル族が並んでいる。

 男の手には、さっき壊した笛と同じものが握られていた。


 時間切れである。

 あの笛の音のせいで、双頭のドラゴンがこちらへ戻ってくる恐れもある。

 それに集落も警戒態勢に入ってしまった。

 おまけに今の壊滅状態で、あの不気味な魔術師とリトヴェアル族の戦士共をどうにかしなければならない。

 勝ちの目が、薄すぎる。これ以上強行するメリットは、最早何もない。


「……わ、私が、この私が、この様な蛮族共を相手に、遅れを取ったというのか……? 馬鹿な……」


「観念しろ! 貴様はここまでだ!」


 駆け付けたリトヴェアル族の戦士共が、私を見て声を張り上げる。


「……私が、ここまで?」


 その言葉を聞き、笑いが込み上げてきた。

 どうやら、状況を何も理解していないらしい。

 確かに認めよう。私が敵の手の内を見誤り、遅れを取って目的を果たせなくなったことを。


「な、何がおかしい!」


「集落は諦めよう。だが、お終いなのは、貴様らの方だ。生き残るのはこの私だ」


 やれやれ……集落を消し飛ばすために使いたかったのだが、仕方ない。


「ま、待ってくださいラパール様! まだ準備が……!」


「そんな悠長なことは言ってられんのでな。お前達も必死にここを離れるがいい」


「そんな……!」


 起きていた部下三人が、必死に乗って来た馬へと跨る。

 その後ろ姿を目掛けて、リトヴェアル族の戦士達が弓を構える。

 状況も理解せず、悠長なことだ。

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