第325話 side:ラパール

「第六大部隊長、ラパール様、やはり……他の兵は、見つからなかったそうです。既に逃げてしまったのだと」 

 部下のペイジがその場に膝を突きながら、私へと報告する。


「ふむ、そうか。期待はしていなかったがな。ご苦労ペイジ。では予定通り、我らだけでリトヴェアル族の集落の、最後の襲撃に当たろうか」


「はっ!」


 『飢えた狩人』は現在、壊滅状態にある。

 部下から、既にトールマン様は逃走したとの連絡を聞いた。

 主要な部隊もほとんど引き下がり、アザレアがわずかな兵を残してドラゴン討伐に当たっているという。

 

 普通に考えれば、ここはアザレアのサポートに当たるか、他の者達がそうしているように素直に逃走するべきだろう。

 しかし、我らが森に住まう蛮族如きに敗走したなど、あってはならぬことだ。


 アザレアはドラゴンを持ち帰り戦果とするつもりのようだが、とても成功するとは思えん。

 私も一度目にしたが、はっきりとわかった。あれには、絶対に勝てない。

 トールマン様はすぐ意地になるし、アザレアも普段は冷静だが、自身の判断よりも最後にはトールマン様の意志を尊重しようとする。

 血の気が多く、短絡的な者ばかりの『飢えた狩人』において、アザレアだけは私と肩を並べられる戦略家であると内心評価していたのだが、買い被りであったようだ。


 いくらなんでも、アレは無茶だ。

 勝算があるからこそ強行したのだろうが、無駄死にとなる可能性の方が高いだろう。

 そうなれば、トールマン様は何の成果も得られず笑い者となり、王候補から外されることも目に見えている。

 結果として君主の顔に泥を塗る愚行であろうに、感情的になりすぎる者はいかん。


 私はアザレアがドラゴン討伐に当たるという話を聞き、アザレアがドラゴンを引き付けている間に、リトヴェアル族の集落を叩くことを考えた。

 カーバンクルの回収やドラゴンの手柄は失うが、集落さえ叩けばトールマン様の面子は保たれる。

 ドラゴンの情報も持ち帰ることができる。

 そうなれば、トールマン様の王の芽も、首の皮一枚繋がる。

 私も王に仕える騎士となることができる。

 おまけに上手くアザレアが死んだ上に、代わって次へと繋げた私の評価も上がれば、アザレアに代わって『飢えた狩人』の総隊長となることもできるであろう。

 トールマン様としては窮地であろうが、私にとってはむしろ好機である。



 あのドラゴンを初めて見た瞬間、私は驚愕した。

 圧倒的な巨体に、異形なる二つの首。

 大きく広げられた翼からは、人を引き裂き惨死体へと変える鎌鼬が、無尽蔵に放たれるのである。

 飛んだ次の瞬間にはまったく別の場所に降り立ち、地響きを起こす。

 遠目から眺めて『想定外の事が起こった』と判断し、いち早く引き下がることにした。


 他の部隊の者が私達を見て逃げたなどとほざいていたが、とんでもない。

 むしろこの私こそが、もっとも冷静な判断を下していたといえよう。


 ドラゴンのせいで『飢えた狩人』は総崩れであり、逃げ出したものがほとんどであった。

 私は、そのことを利用した。リトヴェアル族とも余計な交戦はせず、徹底して逃げに転じた。

 向こうも余裕がないのか、敢えて追っては来なかった。

 だから、こういうことも可能であった。

 私はずっと逃げている振りをしながら、隊を率いて集落近辺を動き回り、攻め入る隙を探していたのである。


 そして、その好機は今やってきた。

 おまけにこれ以上ないベストなタイミングで、である。

 問題なのは、アザレアがどれだけ持ちこたえるかだ。


 集まった兵は、五十一番部隊である直属の部下七人のみだが、問題はない。

 この私が目を掛けている精鋭の部下である。あのドラゴンさえいなければ、このような蛮族の処分など、赤子の手を捻るようなものだ。


「では行くぞ。妙な笛を持っている輩がいたら、即座に射殺せ」


「はっ!」


 あの笛は、かなり遠くまで音が響く。

 警戒されても面倒だし、ドラゴンを呼び寄せてしまえば、目も当てられない結果になる。


「集落内部まで入り込めば、向かってくる者共を片っ端から殺せ。大騒ぎになり戸惑っているところを、私が奥の手で一気に滅ぼす。離脱が遅れて巻き添えを喰らわぬよう、気を付けよ」


「アレを、使うのですね」


「ああ。貴重であるし、危険であるからあまり使いたくはなかったが、タイムリミットがあのドラゴンではな。とにかく急ぐぞ。少々、情報の整理に手間取った。遅れれば死ぬと思え」


 私が剣を上げると、部下達も声を上げながら剣を掲げた。

 私は軽く笑うと、今まで近辺を彷徨いながら探っていた中で、もっとも人が少なかったルートからリトヴェアル族の集落へと進攻することにした。

 ペイジの魔法で兵全体の気配を薄くした後に、一気に突撃する。


 すぐに見張りのリトヴェアル族と遭遇することになった。

 人数は五人である。

 気配を薄くする魔法の効果があり、上手く意表を突くことができた。

 笛を持ったリトヴェアル族が大慌てで笛を構え、残りの四人が槍を持ってこちらへと突撃してくる。


「射れ」


 私が剣を前に向ける。

 一斉に背後の部下達が矢を放つ。

 笛を持った男の横っ腹を矢が貫通し、男がその場に倒れる。

 投げ出された笛を、第二の矢が破壊した。


「うぐぅっ!」


「タタルクさんっ!」


 この状況でお仲間の心配など、随分と余裕があるのか、現状を理解する知性がないのか。

 私は鼻で笑い、次に槍持ち達を狙う様指示を出す。

 あの笛の男はまだ息はあるようだが、もうまともには歩けまい。後回しで構わない。


 矢の照準が、後列の笛吹きから前列の槍持ちへと素早く切り替わる。

 しかし、さすがは魔物の蔓延る森で生きているだけはあり、槍持ちは矢を躱しながら、こちらへ向かってくる。


 だが私の部下達の矢は、私が剣を傾けて出す指示に応じ、統制の取れた動きで射ち方、狙いを微細に変える。

 上手く槍持ち達の避ける先をコントロールして鉢合わせにさせて隙を作り、致命的なミスを犯した者へと一斉射撃を浴びせる。

 一人、また一人と倒れていく。倒れたリトヴェアル族の背を、大量の矢が突き刺さる。

 まるで私はオーケストラの指揮者の気分であった。

 部下達の矢を指揮し、リトヴェアル族達を躍らせる。

 気が付けば私は鼻歌を歌っていた。


 ただ、最後のリトヴェアル族の若者は、他の者とは比にならぬ動きで矢を躱し、右へ左へと飛んで、先頭を駆ける私へと接近してくる。

 歳はまだ若そうだが、背丈は他の者よりも一回り近くは大きい。

 非効率ながらも、だからこそ動きの先を予想させない走り。その動き、まさに獣であった。


「ふむ」


「辿り着いたぞ、外道っ! このバロン、ここで死のうが貴様だけは道連れに……」


 大男は大きく槍を振るう。

 元々の性分もあるのだろうが、怒りが、そうさせたのであろう。


「隙だらけだ、獣の坊や」


 私は槍の穂の付け根を剣で受け止め、手首を回して勢いよく弾いた。

 槍が撓り、若者の手から離れる。


 所詮蛮族の戦士と、歴史ある我がランパルド家の剣術を幼少より叩き込まれてきた私とでは、技量が違うのだ。

 私には、この大男の動きに対する最適解が、ありありと脳裏に浮かぶ。

 後はそれをそのまま実行するだけである。


「ぐっ、こ、このぉっ!」


 若者は一瞬躊躇ったものの、そのまま素手で馬に乗り剣を構える私へと飛び掛かってくる。

 意表を突けるとでも思ったのだろうか? いや、単に破れかぶれなのだろう。

 思考能力が拙い。さすがは蛮族といったところか。


「私が雷剣のラパールと畏れられる所以、お見せしよう」


 剣を空に掲げ、魔力を注ぐ。


「『雷鳴斬』!」


 電撃を纏い、眩いばかりの光を放つ剣を前に突き出しながら、私は蛮族の大男へと一気に接近した。


 そのとき、辺りを霧が覆った。


「む?」


 私は目を見開きながら、霧の中にある人影へと、電撃を纏った剣を突き刺した。

 確かな手応えを感じて口許を歪めたが、それも一瞬の事だった。

 人間ではない。これは、土だ。


 改めて近くから見てみれば、それが雑に盛られた土の山であることが分かった。


「ちっ! 〖クレイ〗か。どうやら魔法の得意な敵が出てきたようだな。だがその程度で、私を欺けるなどと思うなよ!」


 私は呼吸を整え、意識を張り巡らせて気配を探る。

 ぞわりと、何か邪な気配を感じた。それは少し離れたところで、人の形を成していた。

 ちょうど笛持ちの男が倒れているところだった。


「そこだ! 矢を!」


 部下達が私の声を聞き、一斉に矢を放つ。


「〖ゲール〗!」


 大量の矢を、突如現れた突風が弾いた。

 霧が強風に煽られ、二つに分かれて薄らいでいく。

 矢で射られて倒れている男の前へと、赤眼のリトヴェアル族の少女が立っていた。


 とんでもない威力だ。

 正面からそう何度も受け止められるものではない。

 まさか、ここまで来てこんな魔術師がリトヴェアル族にいたとは思いも寄らなかった。


「…………だ、誰? ア、アロ? アロなのか?」


 どうにも助けられた男も確信が持てないのか、恐々と口を開き、少女の顔をぽかんと口を開けて見ている。

 少女は男に寄り添い、矢の刺さった腹部周辺を撫でる。

 覚悟を決めたように口許をぐっと固め、男の腹に刺さっている矢を引き抜いた。


「つっ、つあっ!」


 男が呻き声を上げる。

 少女は彼女の背後に聳えている木へと目を向ける。

 微かに木が揺らめくと、男の足が光り、腹部の怪我が見る見るうちに癒えていった。

 ……いや、単に少女が〖レスト〗を使ったのか?

 私は手の甲で目を擦った。


「ア、アロ……アロなのか?」


 男は涙を流しながら、少女へ歩み寄ろうとする。

 まるで先ほど、いや今もなお死の淵にあるものの浮かべる顔とは思えないような、幸福そうな顔であった。

 少女は少し困ったような顔を浮かべた後、目線を集落の方へと向けた。


「……集落に戻って、報告」


「…………!」


 男ははっとした様に表情を戻した。

 そこでようやく、自身の役割を思い出したかのようだった。


「だ、だが、こんな危ないところに……! ここは私が残るから、お前が報告へ……!」


 私の部下が、少女へと矢を放つ。

 少女は「〖クレイ〗」と唱え、手を翳す。

 間に土の塊が生じ、矢を受け止めた。


「……」


 男はそこで自分では時間稼ぎにもならないことに気が付いたらしく、数秒歯を喰いしばって葛藤しているようだったが、集落の方へと一気に駆け出した。


「絶対に、絶対にすぐ戻ってくるからな! 死ぬんじゃないぞ!」


 少女はその声を聞き、寂し気な表情を浮かべているようだったが、小声で何かを呟くと、私の方へと真っ直ぐ目を向けた。


 私はしばし呆気に取られ馬を止めていたが、剣を大きく構えて、睨み返してやった。


「少し魔法が扱える程度で、小娘がこの雷剣のラパールを相手に、いったいどれだけ時間を稼げるつもり……」


「ラパール様!」


 不意に背後から地を蹴る音が聞こえ、私は慌てて振り返った。


「残念だったな、俺もいるぞ!」 


 先ほどの、バロンとやらの大男だ。

 魔法で作ったのか、土でできた槍を打ち付けてくる。


「ぐぅっ!」


 ガードしたと同時に、槍の先端が砕けて土が舞った。

 視界が塞がったところへ、大男が力いっぱい飛び掛かって来た。

 私は溜まらず馬から転がり落ちた。


「このっ……〖雷放散〗!」


 私の剣から出た雷撃が四散する。

 大男は私から飛び退いて距離を取った。

 その隙に、私は態勢を整える。


 大男は再び無手になったが、少女が手を翳すと、再び大男の足元に土の槍が現れた。

 大男は地面に転がり落ちたときに顔に負った傷を拭うと、土の槍を構えた。


「……誰かは知らんが、恩に着る。後衛は任せたぞ」


「蛮族風情が! よかろう、我が剣の前に、塵と化すがいい!」

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