第732話 side:トレント

 三体のアロ殿が、魔獣王の左端の眼球目掛けて飛んでいく。

 私も中央のアロ殿に抱えられている。


「〖ダークスフィア〗!」


 三体のアロ殿が、魔獣王の左端の眼球を目掛けて、一斉に〖ダークスフィア〗を放った。

 一撃だけに留まらず、二撃目、三撃目と、立て続けに撃つ。

 魔獣王の左端の眼球が瞼を閉ざした。

 その上に九連撃の〖ダークスフィア〗が叩き込まれた。


 今、魔獣王は私の〖ガードロスト〗の効果で、多少は防御力が落ちているはずである。

 さすがにこれだけの魔法連打を受ければ、無視をしていられないダメージを受けてくれるはず……。


 そう願っていたのだが、爆炎は晴れたとき、奴の厚い獣皮は傷一つ負っていなかった。

 そして魔獣王自体も、私達へと一切注意を払っていない。


「アー!」

「アアー!」


 こちらへ向かって来るのは、周囲に飛ぶ四つ目鳥ばかりである。


「そんな……いくらなんでも、こんなこと……」


 アロ殿の顔が蒼褪めていた。


 これではもはや打つ手がない。

 〖ガードロスト〗で防御力を落とした上で、最もダメージの通りやすいであろう部位を集中攻撃して、この有様であったのだ。

 命懸けでぶつかっても、我々ではとてもではないが、魔獣王の気を引くことさえできそうになかった。

 これでは当然、奴の進路を変えて、森から目を離させることだってできやしない。


『……いや、まだですぞ、アロ殿!』


 私はアロ殿の腕を抜けて、魔獣王の眼球へと飛び込んでいく。


「トレントさんっ!」


 アロ殿が背後から声を掛けてくる。


 魔獣王の左端の瞼の獣皮……〖ダークスフィア〗の連打を受けたところが、僅かに焦げて、黒くなっていた。

 チャンスであることは間違いないはずだ。

 すぐにでも再生されるだろうが、だからこそこの機会を逃すわけにはいかない。

 考えている暇などなかった。


 翼を広げ、高度を上げる。

 顔を前へと上げて〖樹籠の鎧〗を用いつつ、部分的に〖木霊化〗のスキルを解除する。

 木霊体の緑の光の先から、木の枝を展開し、絡めて頑丈にしていく。


『続けて〖重力圧縮〗ですぞ!』


 対象に重力を付加し、押し潰すことで密度を跳ね上げるスキルである。

 木の枝が全体的に綺麗に押し潰され、先端が鋭く尖った。


 私の顔の先に、仮面のような嘴のような、大きな木の槍を生成する。


「アー!」

「アー!」


 四つ目鳥達が、周囲から私の身体を啄む。

 身体が抉られ、欠けるのを感じた。

 だが、今は、そんなことで減速するわけにはいかない。


 魔獣王の瞼に衝突する間際、私は大きく首を引き、一気に前へと放った。


『〖鎧通し〗ですぞおおおっ!』


 魔獣王の瞼に、〖樹籠の鎧〗を尖らせた嘴を力いっぱい打ち付ける。

 〖鎧通し〗は防御力の高い相手にダメージを通しやすいスキルである。

 〖ガードロスト〗で防御力を下げ、急所を狙って魔法スキルを連打し、続けてその部位へ〖鎧通し〗を叩き込んだのである。


 確かに、奴の獣皮に先端が突き刺さった感覚があった。

 これでさすがに、少しはダメージが……!


「アァー!」


 私の背中に鋭い嘴が刺さる。

 四つ目鳥のものである。


『うぐっ!』


 私もタフとはいえ、今はほぼ木霊状態の姿である。

 防御面の性能も大きく落ちている。


 〖樹籠の鎧〗を解除して振り返れば、大量の四つ目鳥が私へと集ってきていた。


『これは少々、不味いですな……』


 すぐさま、四つ目鳥達が私の全身に覆い被さった。

 光が、何も見えない……。

 暗闇の中で、鋭い爪と鉤爪が、出鱈目に私の身体を蹂躙する。

 意識が耄碌とした。


「〖ゲール〗!」


 竜巻が、四つ目鳥達を散らした。


「〖ダークスフィア〗!」


 残っていた四つ目鳥を、闇の魔力の塊が叩き潰す。

 そして飛来してきたアロ殿が、私の肩を掴んで持ち上げ、即座にターンして魔獣王の身体から離れる。


 私を掴んだアロ殿に続いて、二体のアロ殿が後を追いかけてくる。


「しっかりして、トレントさん!」


『ありがとうございます、アロ殿……』


 私は自身に〖ハイレスト〗を掛けて、怪我を治癒していく。


 い、生きている……よかった……。

 危うく持久型でありながら、呆気なく命を落とすところであった。

 機会を逃せば次がないとはいえ、思い付きで飛び込んだのはあまりよくはなかった。


『でも、これで奴にダメージが……!』


 私は魔獣王を振り返る。

 私が〖鎧通し〗を放った、一番左目の瞼……。

 微かに皮膚が捻じれ、小さな穴がぷっつりと開いていた。

 

 だが、血も何も流れていない。

 すぐに捻じれた皮膚が元通りになり、傷口も塞がっていった。


 魔獣王は、相変わらず私達の方を見ていない。


『あ、あれだけやったのに、そんな……』


 さすがに希望が見えなくなってきた。

 もはや頑丈なんてものではない。

 どう足掻いてもやりようがない。


「ううん……一瞬だけど、魔獣の体表に穴が開いた。トレントさんのお陰。これは、進展だと思う」


『アロ殿……』


 確かにそうである。

 どう足掻いても何もできないと思っていたが、少なくとも今の手順であれば、一瞬奴の獣皮に穴が開くことはわかった。

 まだ試せるスキルはあるはずである。

 一旦距離を取って、体勢を整え、立て直しである。


「次はどうする、トレントさん? また〖鎧通し〗を仕掛けてみる?」


『なるべく高い位置から〖メテオスタンプ〗を試すのもアリかと……。ああ、さっき〖鎧通し〗を突き立てた後に、おまけにもう一つスキルを使っておいたのです。効果があるかはわかりませんが、そちらの経過を窺ってみるのもいいかなと』


「スキル……?」


 アロ殿が首を傾げる。


『ええ、〖死神の種〗ですぞ。普通に使うと弾かれそうでしたら、あのまま目に植えつけてやりましたぞ』


 〖死神の種〗……相手のMPを削ることのできるスキルである。

 主殿から聞いたスキルの詳細では、確かこんな感じであった。


【通常スキル〖死神の種〗】

【相手に魔力を吸う種を植え付ける。】

【スキル使用者と対象が近いほど魔力を吸い上げる速度は速くなる。】

【魔力を完全に吸い上げた〖死神の種〗は急成長を始め、対象の身体を破壊する。】


 とりあえず変わり種のスキルなので、もしかしたら魔獣王相手にもプラスに働くかもしれない。

 正攻法で突破するよりは勝算が高いように思える。


 アロ殿が大きく瞬きをした。


「もしかしてこのスキル……私達だけで、魔獣王を倒せるんじゃ……」


『ハハハ、まさか! 単にMPをちょっとずつ吸い上げるスキルですぞ』


 私も特に、深い考えがあって使ったわけではない。

 破れかぶれで、使えるスキルはなんでも叩き込んでおこうと思っていただけである。


「魔獣王は明らかに魔法型じゃないと思う。HPに比べて、MPはそこまで高くはないかも。それにこれなら……防御力を無視して、実質的に魔獣王に被害を与え続けることができる。あの頑丈な毛皮も、もう考慮しなくてもいい……。そっか、何で見落としてたんだろう。最初からこのスキルを中心に動いてよかったんだ。時間は掛かるかもしれないけど、これなら数日も逃げていたら、竜神さまが来るよりずっと早くに魔獣王が倒れてくれる……」


 アロ殿が何やら、口許を押さえてブツブツと呟いている。

 な、何か、不味かったのかもしれない。


『ア、アロ殿、どうなさいましたかな?』


 アロ殿が私の頭を撫でた。


「トレントさん……凄い。魔獣王の獣皮に穴を空けた瞬間に、最善手を咄嗟に打ってたなんて……。私、全然気が付いていなかった!」


『そ、そうですかな? ハハハ』


 ……言われてみれば、確かにこのまま逃げ続ければ、いずれ魔獣王は〖死神の種〗の効果で朽ち果ててくれるはずである。

 自分では全く気が付いていなかった。

 我武者羅に飛び込んだ結果であった。


『で、では、このまま近くを飛んでいれば、もしかして魔獣王の奴はお終い……?』


 アロ殿が頷く。


「もしかしたら魔獣王……自分が危機的状況にあることさえ、理解ができないのかも。聖女ヨルネスも〖スピリット・サーヴァント〗で強引に従属させられて、思考に制限が掛かっているみたいだった。魔獣王はこのまま……!」


 そのとき、これまでずっと歩みを続けていた魔獣王が、突然足を止めた。


『チョコマカト、小蠅共ガ……』


 そのとき、禍々しい、邪悪な〖念話〗が辺りに響いた。


『余計ナ事ヲセネバ、我ガ排除スル理由モ無カッタトイウノニ。愚カシキヨ』


 四つの目が、ギョロリと私達の方を見た。

 アロ殿が飛行速度を一気に上げた。


「……さすがに、そう簡単にはいかなかったみたい。でも、これで森の外へと誘導できる。それに、トレントさんが生存さえしていれば、いずれ〖死神の種〗で魔力が切れて倒れてくれるはず……!」







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【書籍情報】

「小説家になろう」総合年間ランキング一位獲得作品、転生重騎士第一巻が本日発売いたします!

また、転生重騎士は六月六日にコミカライズ単行本発売となっておりますので、こちらもお楽しみに!

(2022/6/2)

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