第731話 side:トレント

 ……魔獣王はアロ殿の〖ダークスフィア〗を瞼に受けて、何ら反応を見せない。

 我々に奴の気を引くのは不可能ではないかと思ったのと同時に、仮に戦いになればやはり数十秒と経たずに殺されてしまうのではないだろうかと、私はそう考えた。

 やはりこの計画、最初から無謀だったのだ。


 止めるべきだったのか?

 いや、逆にここまで通用しなかったことで、アロ殿を説得することができるかもしれない。

 我々と魔獣王の差は、気の持ちようでどうにかなるものではないのだ。


 今だからこそ、アロ殿を説得して次善策を持ち出すことができる……。


「トレントさん、鳥が来てる!」


 アロ殿の声で、私ははっと気が付いて顔を上げた。

 すぐ目前に四つ目鳥が迫って来ていた。

 私は根っこ状に〖樹籠の鎧〗を展開し、四つ目鳥の接近を妨げる。

 その間にアロ殿が黒翼を上手く使い、変則的な動きで四つ目鳥を退けた。


『あ、危なかった……。申し訳ございません、アロ殿。魔獣王に気を取られておりました』


 四つ目鳥も充分危険である。

 B級上位からA級の間くらいはある。

 おまけに厄介なことに速度に特化している上に数が多いため、我々でも油断すれば奴らの攻撃に捉えられかねない。


「……トレントさん、今の攻撃で、私、気付いたの」


『アロ殿……?』


 アロ殿の声は沈んでいた。

 今の接触で、魔獣王の気を引くことを諦めたのかもしれない。


 それは私の意図するところと同じではあったはずだが、何故だか私は少し寂しかった。


「……魔獣王、私が想定してたより、ずっと強いのかもしれない。でも、だからこそ、これ以上……この森を、あいつの好きにさせたくないの。ごめんなさい……トレントさん。やっぱり私、あいつをこの森から引き離すのを、諦めたくない!」


 無謀な言葉であった。

 だが、私はそれを聞いたとき、何故だか胸が暖かくなるのを感じていた。


『……フフ、アロ殿なら、そう言うと思っておりましたぞ』


 私は真っ直ぐに、魔獣王を睨み付けた。


 私もらしくなく悩んでいたが、アロ殿の言葉でようやく覚悟が固まった。

 私はアロ殿にこの危険な作戦に出て欲しくはなかった。

 けれどそれ以上に、アロ殿に何かを諦めて欲しくもなかった。

 だとすれば、私のすべきことは今度こそ決まった。


『私も同じ気持ちですぞ! 奴を森から引き摺り出してやりましょう、アロ殿!』


 そうと決まれば、くよくよしていても仕方はない。

 全力で前へ進むだけである。


 どれも諦められないのだから仕方ない。

 私とアロ殿で、奴を引き付けて主殿が来るまで逃げ遂せる。

 ……そして願わくば、二体揃って生還する。

 無謀は百も承知である。

 だが、絶対に、最後の最後まで諦めない。


「うん!」


 アロ殿が声を上げて答える。


 そうなれば、試せることは全て試さなくてはならない。

 奴の分厚い獣皮を突破し、どうにかダメージを与える術を模索する。

 

『アロ殿、近づいてみてくだされ! 奴に私のデバフ魔法をお見舞いしてやりますぞ! その後、〖ダークスフィア〗の連打を放ちましょう! 恐らくそれが、奴にダメージを通す一番手っ取り早い方法ですぞ!』


 アロ殿と私の手持ちのスキルの内、安定して最も威力が高いのはアロ殿の〖ダークフフィア〗に間違いない。

 私の魔法〖ガードロスト〗で魔獣王の防御力を下げた後、アロ殿に〖暗闇万華鏡〗を用いて連打攻撃に出てもらう。


 この手のスキルは、魔法力のステータスの離れている相手には大きくは効かないことが多い。

 ただ、それでも、ないよりは圧倒的にマシなはずである。


「トレントさんの〖ガードロスト〗って……」


 アロ殿が言い辛そうに口にする。


『む?』


「……受けると攻撃力、上がるんだよね?」


 細かいスキルの性質は直感で概ね理解できる。

 その上で、一度主殿にスキルの詳細も教えてもらったことがある。


【通常スキル〖ガードロスト〗】

【補助魔法スキル。対象防御力を減少させる代わりに、攻撃力を大幅に向上させる。】

【敵にも味方にも使えるタイミングがあって使える機会が多い代わりに、使い熟すことは難しい。】


 ……そう、〖ガードロスト〗は、防御力を減少させ、攻撃力を引き上げるスキルである。

 使用機会が多いと補足されてこそいるが、単純に足を引っ張る可能性が高いため、使い勝手が悪いとも取れる。


『大丈夫ですぞ! どうせあんな巨獣の一撃、受ければ私のフルサイズでも木っ端微塵! デメリットなど、逆にないに等しいですぞ!』


 私は胸を張って答える。

 アロ殿はくすりと笑った後に、表情を引き締めた。


「一気に近づくね」


『わかっておりますぞ!』


 アロ殿がカクカクと、歪な動きで飛行する。

 綺麗に四つ目鳥の合間を抜けて、魔獣王に接近していった。


 どんどんと魔獣王の巨体が目前に迫ってくる。

 今近づいているのは、魔獣王のこめかみの辺りであった。


 私は魔法陣を浮かべた。


『〖ガードロスト〗!』


 魔力の光球が、奴のこめかみへと命中した。

 これもまるで反応がないため、効果があったのかなかったのかもわからない。

 どうせ反撃がないのでと、二発目の〖ガードロスト〗もお見舞いしておくことにした。


『……防御力、下がりましたかな?』


「攻撃力だけ上がってたらどうしよう」


『縁起でもない冗談ですぞ』


 周囲の四つ目鳥が向かって来る。

 アロ殿は綺麗に宙返りして身体を回し、減速を押さえながら即座に反対方向へと飛んで、魔獣王や四つ目鳥達から距離を取った。

 続けて大きくカーブして、また魔獣王の方へと目指す。


「〖暗闇万華鏡〗!」


 アロ殿の輪郭が歪み、崩れて三つに分かれる。

 左右に二体のアロ殿が浮かび上がった。


 ……これで防御力が下がったはずの魔獣王へ、一気に連続攻撃を仕掛ける。

 もしもこの戦法で全くダメージを与えられず、魔獣の気を引けなければ、我々の敗北である。

 

 そして……もしダメージを与えて我々が魔獣王の気を引くことができれば、今度は魔獣王から逃げなければならない。

 それはそれで地獄の時間が始まるはずである。

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