第503話

『ここからは、私が神の声について知ったことを刻んでいく』


 ウムカヒメが、背から伸ばした触手でアルキミアの石板の下段をなぞりながら、その内容を〖念話〗で読み上げる。

 俺も口を閉じ、目線を石板の方へと集中させる。

 俺がこの世界に連れて来られた理由にも繋がっているかもしれねぇことだ。


『結論から言うと、突破は不可能ではない。そもそも奴の目的は、六つの神聖スキルを全て取り込める、従順な手駒を創ることにある』


 そこからは、神の声に関することが語られた。

 勇者ミーアことアルキミアは、随分と神の声から干渉を受けていたらしく、意外にも神の声が自身に関することを漏らしたこともあったそうだ。


 元々、邪神フォーレンと恐れられていた存在を封じるために作られたのが神聖スキルであったらしい。

 邪神フォーレンや神聖スキルの正体は五百年前のアルキミアの時代からその正体には所説あり、有力な説の数だけ宗教が存在していたそうだ。

 俺はリリクシーラの聖国以外はあまり聞かないが……目にしていないだけで、今でも残っているのかもしれない。


 ……神の声は、生き残った神聖スキル持ちの潜在能力を最大限まで引き出して神聖スキルを取り込ませて進化させた後に、自分の手で毎回処分しているそうだ。

 そして、反抗的な個体であっても、どこまで強くなるかを確認するまでは殺さないらしい。

 アルキミア自身、名のない魔獣王、魔王ノア、聖女ルミラを殺して神聖スキルを四つ集めたところで神の声が直接姿を現し、その際に斬りかかって敗れたが、命を奪われることはなかったという。


『奴は基本的に、全てのスキルを使えると思っておいた方がいい。当然だが、私がこれまでに見た何よりも遥かにステータスが高かった。加えて、当時私の持っていたあらゆる耐性を貫通した、正体不明の凶悪な精神攻撃スキルを持ち、それを攻撃の主体に扱う。恐らく対抗する術はないので、精神力で堪える他にない』


 ウムカヒメが淡々と告げる。

 ……全スキル網羅が、最早おまけ扱いか。

 〖カオス・ウーズ〗の強化版……いや、その程度では済まないだろう。

 規模が大きすぎて想像もつかない。

 本当に俺は、いつかそんな相手と戦わなければいけないのだろうか。


『HPがいくら減ろうとも焦りを見せていなかった上に、一度刃向かった私が力をつけることを望んでいる素振りから、更にまだ大きな隠し玉を持っていることが推測される。不可避の精神攻撃スキルに耐えながら、相手が油断している内に何らかの手段で葬るしかない』


 ……聞いていて、ぞっとする思いだった。

 そもそも向こうさんは、かなりの頻度で俺を監視しているはずだ。

 油断や隙を突ける余地があるとは思えない。

 神の声は、絶対的に優位の立場にいるからこそ、幸運や発想一つで自身が殺されるような状況は当然恐れているはずだ。

 アルキミアが刻んだ文字は、ほとんど実現不可能に近い。


 ……そこまでして俺は、神の声と対立しなければならないのだろうか。

 奴が圧倒的な力を持っているのはわかった。

 絶対に許しちゃいけねぇ奴だ。それも理解している。

 俺の時代でも、見えているだけで何百人が無意味に命を落とし、五百年前は恐らくその千倍以上の命が犠牲になっている。

 いつから存在しているのかわからねぇが、その被害は数千万人にも及ぶかもしれねぇ。


 とんでもねぇ極悪な奴だが、最早それは、正に神の境地だ。

 意地を張って対立するには、勝ち目がなさすぎる。

 それに……俺には、アロ達だっている。

 彼女達を神の声への反乱に付き合わせて、無意味に命を落とさせるような真似はできねぇ。


 俺はちらりとアロ達を見る。

 皆、ウムカヒメの言葉を聞いて呆然としていた。

 当たり前だ。

 下地のあった俺でさえついていけねぇのに、何世代にも渡って大量殺戮を繰り返してきた神の声と敵対しろなんて急に言われて、呑み込めるはずがない。


 この世界の真実を知ってなお目を背けるのが卑怯なことはわかっている。

 だが、従って済むのなら、俺はそれ以上を踏み込みたくはない。


『真相はわからないが、奴は太古に邪神フォーレンを封印した六大賢者、その最後の一人を自称していた。ラプラスと呼ばれるこの世界を成立させる強大な力に干渉し、世界法則をある程度創り変える権限を持つ』


 六大賢者は……随分と前に、アダムの遺跡でエルディアから聞いた言葉だ。

 ラプラスも、耳にした覚えはある。


 ……最後の一人ということは、他の五人は死んだのだろうか?

 今一つ状況がわからない。

 そもそも、最後の一人として残ったのには何か意味はあったのだろうか。

 順当に考えれば……邪神フォーレンの封印を守るため、か?


『奴の目的は、ラプラスにより深く干渉できる手駒を創り出し、ラプラスの力を利用して封じ込めている邪神フォーレンを解放することだ。それによってこの世界を無へと返そうとしている』


『はぁ!?』


 じゃ、邪神フォーレンの解放による、世界の破壊!?


 ……ということは、神の声が何千年掛けて復活させようとしている邪神フォーレンは、そもそも神の声よりも遥かに強いことになる。

 フォーレンのステータスはどうなってるんだ。


 ……いや、ウムカヒメの手前、疑う態度は表に出せねぇが、そもそもがアルキミアの言葉を全て信じるのも危険かもしれない。

 アルキミアに他の目的があって嘘を吐いている可能性もあるし、神の声がアルキミアに語った言葉がそもそも嘘だった可能性だってある。


 だが、一応、アルキミアの言葉を裏付けるスキルはある。

 ……俺の称号スキル、〖ラプラス干渉権限〗だ。

 進化して俺が強くなったり、新たな神聖スキルを得るたびにレベルが上がっていく。

 そう、〖ラプラス干渉権限〗の存在が、神の声が神聖スキル持ちを強化してラプラスの制御を目論んでいるということの裏付けになっているのだ。


 〖ラプラス干渉権限〗は、俺は【Lv:4】、リリクシーラと俺と同名の勇者は【Lv:3】、スライムの野郎と蠅野郎は【Lv:2】だった。

 ばらつきはあるようだが……恐らく、神聖スキルの数によって上限の値が決まっているのだ。

 〖ラプラス干渉権限〗は危険な気がして俺も触れないようにしていたから、詳細については正直何もわからない。

 だが、どうやら、原理や仕組みは一切わからないが、神聖スキル自体が邪神フォーレンの封印を介してラプラスと繋がっているらしい。


 ここに書いていることが事実なら……神の声は、俺にとんでもねぇ爆弾を背負わせてくれたみたいだな。

 要するに、邪神フォーレンの封印を解くための権限を得るために、世界を創り変えて、戦争を引き起こして、自分にとって都合のいい化け物を創り出すのが奴の目的か!


『奴に賛同する神聖スキル持ちに、絶対に他の神聖スキルを渡してはいけない。きっとそいつは神の声の言いなりになり、次の世代で理想の神聖スキル持ちを創るためのデータを十分に提供するはずだ。そしてそれが、奴がラプラスを用いて世界法則を弄る指針となる』


 神の声に賛同する、神聖スキル持ち……。

 俺の脳裏に、リリクシーラの横顔が浮かんだ。


『だが、もっと悪い可能性もある。最悪の場合には、邪神フォーレンの封印を解き、そのまま世界を滅ぼしてしまうだろう。自殺も意味がない。神聖スキルは、所有者がいなくなった時点で、最も相応しい者の手に渡る。恐らくは、その最大の優先権が戦いの勝利者である、というだけのことだ。神の声に従う神聖スキル持ちに渡さないためには、そいつを打ち倒して奪うしかない』


 ……薄っすらとわかっていた。

 ハレナエの勇者や魔王スライムとの戦いは、単に俺の生存や仲間を助けるため、国の平穏のためだけではなく、それ以上の何か大きな意味を持つものなのかもしれない、と。


 あまりまだ、しっかりと意識はできていない。


 だが、どうやら、リリクシーラとの戦いは、この世界の行く末を左右するものになるらしい。


『恐らくこの文章を読む前に、神の声による何らかの妨害が入ることだろう。何者かが視認した時点で、奴の目にもこの文章が触れているはずだからだ。奴は過度の干渉を嫌っているようだが、それも絶対ではない。普段はこちらを玩具の様に弄ぶが、本当にマズイと思えば簡単に信念を崩して妨害に出てくる。それが奴だ』


 ウムカヒメが、かなり終盤の文字列を触手でなぞる。

 まだ続きがあったのか。

 ……だが、書いていることは事実ではない。

 神の声からの妨害なんて、まだ起きてはいない。


『もし何も起きていないのならば、それこそが想定外だ。この石板による奴の情報の漏洩さえ、あいつはまったく恐れていないことになる』


 ……自分の攻撃手段も、奥の手の存在も、正体の片鱗さえも、奴にとってはどうでもいいことなのか?


「……これで全てである。わかったかえ? そちは、神の声から逃れることはできぬ。刃向かって死ぬか、受け入れて死ぬか、奴を打ち倒すか……その三つしかない」


 ウムカヒメは触手を降ろし、〖念話〗を止めて普通に話しかけて来る。

 ウムカヒメ自身、ここに書いていることは初めて知ったことが多いはずだ。

 読んだだけで随分と精神を消耗したと見え、汗だくになっていた。

 俺だって、正直言って、知らずにいたかった情報も沢山書かれていた。


 何も知らず、リリクシーラを倒し、神の声もさほど干渉して来ず、何の迷いもなく穏やかに生きて死ねるのなら、それがよかった。

 ……だが、きっとそうはならないのだろう。

 仮に神の声に従ってさえいれば、この後も適当な平穏を享受できるのだとしても……きっと俺はもう、知ってしまったからには、それを素直に受け止めることなど絶対にできはしない。


「……ぽつぽつと断片的には聞いていたが、イルシア、お前は随分と厄介なことに巻き込まれているらしいな」


 あの好戦的なヴォルクでさえ、顔を青くし、やるせない目で石板を睨んでいた。


 ……リリクシーラには、絶対負けられねぇ。

 だが、その背後にいる神の声を相手に、俺は一体何ができるのだろうか。


【〖神の声:Lv7〗では、その説明を行うことはできません。】


 頭に、皮肉気味な内容の声が響く。

 ……やっぱり、今なお俺を見ていやがるのか?


 ふとそのとき、見覚えのある気配を感知し、俺は振り向きながら〖次元爪〗を放った。

 遠くを飛んでいた蠅の魔物が、体液を噴き出してバラバラになった。


 経験値表示がない。間違いなく、ベルゼバブの尖兵だ。

 ……リリクシーラも、これ以上待ってはくれないようだ。

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