第502話

 俺とクレイブレイブが戦った山頂へと辿り着いた。


「……なるほどの」


 ウムカヒメが、ひっくり返された大地の上で、引っ張り上げられて乱雑に放置されている石板へと非難がましい視線を送る。


『わ、悪気があったわけじゃねぇぞ。あいつ、滅茶苦茶強かったから……』


「まあ、こうなっても仕方なし……か」


 ウムカヒメが溜息を洩らしながら、クレイブレイブの上半身の土塊へと歩み寄る。

 周囲には伝説級の防具であった〖悪装アンラマンユ〗の残骸も散らばっている。

 あ、あれは、勿体なかったかな……。


「構わぬ。ここにあっても持ち腐れであったからの。そもそも、私は戦うのならばわざわざこんな動きづらく、力も出ない姿は取らない。元々、この鎧を用いることはない」


 〖悪装アンラマンユ〗……売ったらどれくらいの額になったんだろうか。

 いや、そんな伝手とかねぇから、考えても仕方のないことなんだが。


「…………」


 ヴォルクが地面へ刺さった〖刻命のレーヴァテイン〗へと、興味深そうな視線を向けていた。

 ちらりとウムカヒメへと視線を移していた。

 アレも持って行っていいのか、と訊きたげな様子であった。

 だが、ウムカヒメを恐れてか、今の空気を読んでか、沈黙を守っている。

 さすがヴォルク、意外と常識人。


『しかし、読んだら世界が変わるかもしれねぇってどういうことだよ』


「神の声は、世界の至るところを見ることができる。我が主は、それを他の人物の視界を盗み見ることができるからだと、そう言っておられた。だからであろう。我が主は私にこの山頂を霧で覆い尽くさせ、クレイブレイブに見張らせ、第三者が偶然目にすることを妨げたのだ」


『ってことは、俺が読んだら……』


「当然、あの邪神の目にも触れることになるであろう」


 そ、それはいいのか……?

 そもそも俺は、本当にアレと対立するべきなんだろうか。

 ウムカヒメに従っていれば、それは自然と神の声に逆らうことになる。

 ……正直なところ、神の声が俺にリリクシーラをぶつけてそれ以上に干渉してくる気がないのなら、俺としてもこっちから関りにはなりたくないのだが……まぁ、そんな都合のいいことは起きねぇか。


『……そういや、その魔王の視界は神の声に読まれてたんじゃねぇのか? 本当に石板の内容を隠し通せてるのか?』


「どうであろうな。神の声がどこまで知っておったのかは、私にはわからぬ。我が主は、アレに刃向かう前に、監視から逃れる特異なスキルを進化によって手に入れてた、とは言っておったが」


 ……ん?

 こいつらの言う魔王は、五百年前にエルディアの親玉を倒したアルキミアのことじゃなかったのか?

 〖クレイブレイブ〗やら〖クレイガーディアン〗の詳細を見るに、てっきりそうなんだと思ってたが……単に〖修羅道〗を手に入れた勇者だったのなら、進化できるはずがない。


「さて、石板を読み上げてやろう」


『あ、ああ、頼む』


 アロやヴォルク、黒蜥蜴、アトラナートは居心地悪そうに俺の横に並んで立つ。


「りゅ、竜神さま……深刻そうだけど、私達も聞いていて大丈夫?」


 俺はアロを見て、頷く。


『ああ。ウムカヒメも追っ払わなかったってことは、そういうことなんだろう。それに……多分、リリクシーラの上にいる親玉だ。もしかしたら、奴とことを構える、なんて事態もあり得るかもしれねぇ』


 前に目を向ける。

 なぜかトレントさんは俺より前に立ち、興味津々と石板に顔を近づけている。

 お前はもうちょっと遠慮してもいいんだぞ。


『言葉ではわからぬものもいるであろう。ここからは、〖念話〗で話してやる』


 ウムカヒメは石板の縁を慈しむ様に手でなぞる。


『これを読む者が現れるのは、何百年、いや、何千年後かはわからない。もしかしたら誰にも読まれずに朽ち果てるのみなのかもしれないが、そうはならないことを私は切に願っている』


 アルキミアはもっと荒々しい奴だったんじゃないかと思っていたが、ウムカヒメの読み上げる文章からはむしろ落ち着いた印象を受ける。


『まずは私の本当の名より語らせてもらう。私はこの世で最も栄えた国である、ハレナエ帝国の勇者、ミーアとして生を受けた』 


 そこからはしばらく、勇者ミーアの生い立ちが語られた。

 どうやらアルキミアが五百年前の人物であり、元勇者というのは間違いではないようだった。

 

 その当時は、ハレナエは砂漠ではなく、豊かな緑に覆われており、必要とあれば小国に兵を送って自国に取り込んでしまうような、強大な帝国が栄えていたそうだ。

 砂漠にしょっぱい小国があっただけの今からではとても想像もできねぇ。


 神託により勇者と称されたミーアは強大な力を持っており、しかし政治に駆り出されることを嫌い、教会に聖騎士として加わって魔物の討伐や救助に当たることで軍事利用されることから逃げていたようだった。

 あれこれと軍から逃れる都合のいい言い訳を考えてくれ、ミーアの進むべき道を提示してくれる神の声は、彼女にとって親友であったらしい。


 それからも五百年前の聖女ルミラが中心となって小国の連合を組んで引き起こした帝国に対抗する戦争に結局巻き込まれたり、当代の魔獣王であった最強の魔物と恐れられた〖バンダースナッチ〗を単騎で討伐に当たったり、といった話が展開され、ついにエルディアの親玉である魔王ノアとの衝突に辿り着いた。


 その際に魔王ノアは、通常の手段でミーアを倒すのは不可能と考え、〖パンドラ〗に進化してハレナエ帝国の中心部を戦地とする策に出たようだった。


 俺には、その恐ろしさがよくわかる。

 聞いていてぞっとする思いだった。

 〖ウロボロス〗の進化先対抗馬の一つであったため、〖パンドラ〗については知っている。

 耐久性と呪いの絡め手に特化したドラゴンであり、死に際に広範囲の死の呪いを放つという。


 要するに、帝国を人質に嬲り殺す算段だったのだ。

 エルディアは慕っていたらしいが、魔王ノアはとんでもねぇ冷血野郎だ。

 人間など邪魔者程度にしか心の底から考えていなかったのだろう。


 ……だが、ミーアは、その魔王ノアの考えを、神の声経由で知っていたのだという。

 神の声はミーアに、敢えて〖パンドラ〗をハレナエ帝国近くに誘導してから相手の目標地点へと先回りして追い詰めるか、戦いを長期化させて世界中を混沌に巻き込んでいくかを選択させたのだという。


 敢えて魔王ノアの策に乗って故郷を滅ぼす覚悟で戦えば、早々に魔王ノアを討ち取ることができる。

 だが、ハレナエ帝国を庇って戦いが長期化すれば、強大な魔物が次々に生み出され、世界中が戦禍に巻き込まれていくことになるかもしれなかったのだそうだ。


 そうしてミーアはハレナエ帝国の中央で魔王ノアを殺して呪いを炸裂させ、ハレナエ帝国を死の砂漠へと変えたのだという。


 その際にミーアは魔王ノアの〖パンドラ〗の呪いによりアンデッド化し、人間としては生きられなくなる。

 一方、領土の大半が砂漠と化したハレナエ帝国の辺境地に住まう人民、及び帝国の傘下に早々に入ってそれなりの待遇を受けていた属国へと憎しみが向けられ、一度収まっていた対帝国戦争が、帝国の戦力が八割減した状態で聖女ルミラの手によって勃発。


 虐殺に近い大戦争に耐えかねてアンデッドと化していたミーアが手出ししたのだが、聖女ルミラがそれを魔王の再臨と称して周辺国に脅しを掛けて扇動し、更に大規模の戦争へと引き上げていく。


 その戦争の最中に、ようやくミーアは、聖女ルミラと魔王ノアに助言をしていた者が、自分に助言をくれていた神の声と同一だったと気が付いたそうだった。

 魔王ノアを〖パンドラ〗に進化させたのも、ミーアを人外へと変えて帝国の中枢に大穴を開けることで大戦争の引き金とするための手順だったのだ。


『――そして、聖女ルミラの説得に失敗した私は、彼女を殺した。その後、この最東の異境地へと入って姿を晦ませ、神を討つための準備を始めたのだ。私自身について語るべき話は、ここまでである』


 ……これが本当なら、今の代が可愛く見える様なとんでもねぇことをしでかしていやがる。

 ウムカヒメは俺が神の声と対立すると決めつけて掛かっている節がある様に感じていたが、それも納得が行った。

 確かに……神の声とは、どう足掻いても仲良くできそうにない。

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