第501話

 身体が、ちょっと重い……。

 結果として、クレイブレイブから受けたダメージはそこまで大したものでもないんだが……〖ヘルゲート〗のMPとHP大幅消耗は、結構キツいな。

 どこが怪我したっていうか、身体が内部から急激な速度で腐らせられていくような感覚だ。

 〖自己再生〗で身体を満遍なく修復していく。


 ……回復合わせると、これにMPを千近く持っていかれてるな。

 他のスキルと比にならない消耗率だ。

 〖次元爪〗先生に呑まれたかつての戦友〖鎌鼬〗さんなら同じMPで百発撃てるぞ。

 〖ヘルゲート〗は日に三発が限度……いや、他の戦闘での消耗を考えると、現実的な値は日に二発か。


 リリクシーラは単騎で乗り込んでは来ねえだろうし、余力を常に残してアロ達を確実に守ることを優先する必要がある。

 その場合、二発目を使わさせられた時点で安定性はなくなるな。

 もっとも、今の俺のステータスならリリクシーラ相手にこのスキルを使うまで追い込まれる心配は薄いはずだが……。


 ……ひとまず、得た新スキルの〖ワームホール〗を確認してみるか。

 オネイロスのLv100スキルなのだろうか?

 クレイブレイブの経験値量が凄かったから、一気にすっ飛ばしちまってよくわからねぇけど……。


【通常スキル〖ワームホール〗】

【空間を捻じ曲げて別の場所と繋げ、物理的な距離を無視した瞬間移動を行うことができる。】


 お、おおっ?

 しゅ、瞬間移動魔法?

 そ、そんな都合のいいもんが存在していたのか?

 リリクシーラからいくらでも逃げ放題になるなら、俺のやってることの意味がこれ一つで引っ繰り返っちまうぞ?


【射程範囲はスキル使用者の全長に比例し、最大で十倍までの範囲を移動できる。】

【MPの消耗量は激しく、発動するまでにやや時間が掛かるため使い所が難しい。】


 ……んなことだと思ってたよ。

 全長十個分くらい、んな気合い入れなくてもちょっと飛んだらすぐなんだよなぁ……。

 これならまだ、エルディアを圧縮したリリクシーラの〖グラビリオン〗のが欲しかったぞ。


 オネイロスはこれまで優秀なスキルが多かったから、ちっと期待しすぎちまったか。

 いや、でも移動した方が早い瞬間移動なんて初めて聞いたぞ。

 ある意味現実的なのかもしれねぇが……使い道……ううん……ま、まぁ、今度また検証してみるか。

 全く使えないってことはねぇだろう。


 俺は地中に埋もれていた、最初クレイブレイブの凭れ掛かっていた大きな石板を地面から引っ張り出す。

 ……俺が暴れたせいで、この辺りの地形が滅茶苦茶になっちまったな。

 花畑があって、結構綺麗な場所だったんだがな。


 俺は石板を地面の上に引き倒す。

 さて、これがアルキミアの石板か。

 とっとと中身を確認させてもらおうじゃねぇか。


 文字を見るのは初めてだが、この世界の言語情報は〖グリシャ言語〗というスキル化されているらしく、ミリアから必要最低限を教わることができれば簡単に取得することができた。

 恐らく、あのときに一緒に文字の情報も俺の頭に入っているのではないかと思う。

 なにせ〖グリシャ言語〗は見たが、〖グリシャ文字〗なんてスキルは見たことがねぇからな。

 そう考えた方が、辻褄が……。


 ……石板には、全く見たことのない文字が刻まれていた。

 その下に、申し分程度に竜と戦う剣士の絵が彫られている。

 ま、まったく読めねぇじゃねぇか……。


 俺はそっと石板を地面に立てて、山を降りることにした。

 ……さて、アロを呼んでくるか。


「早かったの。最長で二日は掛かるかもしれぬと思っておった」


 山を下ったとき、ウムカヒメは背から伸びる謎の触手の束の様なものを椅子にしてその場に座っており、アロと黒蜥蜴がその下敷きになっていた。


「りゅーじんしゃま……」

「きゅー……」


 一体と一人が仲良く伸びている。


『アア、アロォ!? 黒蜥蜴ェ!?』


 その横には、トレントさんが半身を地中に埋められていた。


『主殿……申し訳ございませぬ……』


『……と、トレントさん』


『なぜ付け足すように仰られたのです?』


 ウムカヒメが大きく欠伸をする。


「少し轟音が聞こえてきたときに、どうしても行くと言い始めたのでの。少し静かにしてもらった。安心しろ、見ての通り殺してはおらぬ」


 こ、こいつ、普通に強いじゃねぇか……。

 シュブ・ニグラスが負けたときに、自分程度では試練にもならないとかほざいてやがった癖に。


「悪いが、我には敵いそうになかったのでな。害意もないようなので、早々に白旗をあげさせてもらった」


 ヴォルクは膝を突いた姿勢のまま、悔しそうに首を振る。

 遠くを見ると、ウムカヒメの触手が数本、びたんびたんと地を叩いて跳ねまわっていた。

 ヴォルクを見返すと、手にしたマギアタイト爺に謎の半透明の体液が付着している。

 ……なぁ、アレ斬ったの絶対お前だよな?

 お前は地味に善戦してたのな。


 アトラナートは一体だけ無傷で飄々と立っていた。

 ……お前は、もうちょっとだけ俺を心配してくれてもいいんだぞ?


「私ハ、主ガ勝ツト確信シテイタ」


 アトラナートは仮面の奥から淡々とそう言った。

 どうでもよさそうにそれらしいことを言いやがって……。

 変な知恵ばっかり身に着けていきやがる。


「……右ノ主ハ、左ノ主ノ形見デモアル。ソンナイイ加減ナ事ハ、私デモ言ワナイ」


『わ、悪い……』


 俺はアトラナートへ頭を下げた。

 アトラナートが得意気に口から息を漏らした。

 ……い、今のは本音だと信じていいんだよな?


 俺は目を回して倒れていたアロと黒蜥蜴を背負い、ウムカヒメを先頭に石板のあった山頂へと戻る。

 ……なお、トレントさんは別に何かされたわけではなく、勝手に〖メテオスタンプ〗を盛大に外して自滅していただけだった。

 おう、知ってたぞ。


「しかし、そなた……文字が読めなかったとはの。これまで必要になったことはなかったのかえ?」


 ウムカヒメがげんなりとした様に口にする。


『……あれは、何が書いてあるんだ?』


「私も確認したわけではない。何せ、誰かが視認した時点でこの世界が変異してもおかしくはない代物なのでな」


『…………え?』


 俺の横を歩いていたヴォルクも、話を聞いて怪訝そうな顔を浮かべていた。


「少し言い過ぎたか。本当にそんな力があれば、魔王様は五百年前に神の声を倒せていたはずであったか」


 はぁ、と息を吐く。

 その横顔は、昔を懐かしんでいる様にも見えた。


「魔王様は、神の声の最終的な狙いを知っておられたはず。あの石板に文字を刻んだ時点で、一度奴と剣を交えておる。奴の持つスキルについて記しておられるはずだ」

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