第152話

 充分に魚が獲れたため、またぷかぷかと浮いて陸へと向かう。

 これ結構ぐいぐい進めるし、ニーナと別れたら本気で海越え目指すっつうのもありだな。


 できれば砂漠を離れる前に、港街についたニーナがどういった生活を送ることになるのかを見届けておきたいんだけどな。

 でもそんな機会、あんのかな。

 俺が港街乗り込んだら大騒ぎになるだろうし。

 港街がゴーストタウンになりかねん。


 この前兵士八人組を余裕で追い返せたし、やっぱ人間からしてみれば俺ってかなりの脅威なんだろうな。

 あいつらが特別弱かったとも思えないし。

 ドーズに殺されかけたときのことが最早懐かしい。

 多分、今なら一方的に殴られ続けてもなんともないぞ。


 浜辺に到着してから、ニーナと玉兎を降ろす。

 ニーナと玉兎はラクダの毛皮を砂の上に敷き、魚をその上に並べて行く。


 俺はその間に浜辺へ穴を掘り、海水を手で掬って持ち運び、その穴に溜めていく。

 それから〖灼熱の息〗で一気に水を蒸発させ、塩を作る。

 これからも塩は重宝するはずだ。

 塩を毛皮で包み、持ち運びしやすくしておこう。

 海辺から離れたら補充が面倒だ。


 塩の有無で飯の質がツーランクは変わる。

 本当はピペリスも欲しいんだけどな。さすがにこの砂漠では見つからないか。 

 いや、結構珍しいみたいだったし……あの森でしか採れなかったのかな。

 まぁ手に入らねぇもんのことは考えても仕方がないな。


 魚を〖灼熱の息〗で焼き、先ほど作った塩をまぶしていく。

 思えば今生において初となる焼き魚だ。

 生でも喰えそうな気がするが、今回はすべて火を通しておくことにした。


 変な寄生虫がいるかもしれねぇし、こっちの方が安全だ。

 俺と玉兎は大丈夫だろうが、ニーナの胃袋は人並だろう。

 集まって別のもの喰うっていうのも野暮だしな。


 俺は魚の尾を摘まんで持ち上げ、一口で喰らう。

 うむ、美味い。

 前世の魚とさして味が変わらなかったため、懐かしいような気がする。


 あのグロテスクな魚と、余った内臓肉団子の処理は玉兎に任せよう。

 アイツしかあの辺は喰えなさそうだしな。

 あの変な魚、名称はエグル・バッシュだったか。

 ダークワームばりばり喰えてた俺を敬遠させるんだから、マジで誇っていいぞグロ魚め。


 さすがの玉兎もひょっとしたら嫌がるんじゃなかろうか。

 常時眼球飛び出してるからな。目の玉喰ったら呪われそう。


 ああ、でもあれ、〖ステータス閲覧〗でチェックしたときは魔法具の材料になる~とか書かれてたんだったっけな。

 焼いちまったけど、一応置いとくってのも手かもしれねぇな。何かに使える機会が来るかもしれん。


「この魚、ちょっと見かけが変わってるけどすごくおいしい」


 ニーナの声にふと顔を上げてみると、彼女がエグル・バッシュを食べているところだった。

 思わず三度見した。なんだ、俺の感覚がおかしいのか。

 ひょっとして、自分で釣り上げちゃったから責任取ろうとしてないか?

 そんな無理しなくてもいいんだぞ。


「こ、これ、一匹しかないんですけど……ドラゴンさん、半分どうですか? ニーナが釣った分です! ニーナが、唯一釣った分ですにゃ!」


 ……無理はしてなさそうだな。

 なんか味に思い出補正入ってそうだが。

 そういえば、ニーナが釣ったのってこの珍魚を除いたら瓶だけなんだよな……。

 瓶を齧るわけにもいかねぇし、あんなグロ魚でも愛着持っちまうのは仕方ねぇか。


 断るのもなんだしせっかくだからもらおうかと思ったが、よりによって残っている半分が頭の側だった。

 エグル・バッシュの白い眼球とびっしり目が合った。


「グォオ……」


 その、目の部分だけで取ってもらっていいか?

 下手に喰ったら何らかの後遺症が残りそうな気がするんだが。

 怨念とか籠ってない?


「ぺふっ」

『口マデ持ッテキテ、捻ジ込ンデッテ言ッテル』


 ちょっとちょっと! おい、コラ!

 なんか今日、俺の扱いがちょっと酷くないか玉兎よ。

 俺、機嫌損ねるようなことしてないよな?

 何考えてるかわかんねぇときあるから怖いんだけど。


「わかりましたにゃっ! ささ、どうぞどうぞ!」


 ニーナがエグル・バッシュの頭部を俺の顔へと近づけてくる。

 ちょっと、ちょっと! 本当にそれ、目玉だけでも取って!

 目合った! なんか、めっちゃ目合う! 黒目ないはずなのに目が合う!

 玉兎、頼むから翻訳して!

 一旦止めてもらって!


「い、嫌でした……? ご、ごめんなさいにゃ……」


 ニーナは小さく俯き、上目遣い気味に俺を見る。

 耳が、力なくぺたりと伏せる。


「……グゥ」


 諦めて口を開けることにした。

 ニーナはぱぁっと表情を輝かせ、俺の口の中に魚の頭部を置く。


 俺は目を瞑りながら無心に口を閉じた。

 頬骨を噛み砕くと、口の中に仄かな甘味が広がった。

 見かけからは想像もできなかったが、焼き蟹の味に近い。あれよりもゼラチン質の部分が多く、口の中で身がプルプルしている。


 確かに悪くない。

 見かけがグロイ物ほど美味いっていうもんな。

 再度牙で頬骨を噛み砕くと、二つの球体が口の中で飛んだ。

 今の、眼球じゃねぇのか。ついに飛び出てきやがったぞ。


 吐き出すわけにもいかないし、かといってあの外見を思い返すと噛み潰す気にもなれない。

 再び心を無にし、呑み込むことにした。


「ど、どうでしたか、ドラゴンさん」


「グゥゥ……」


 いや、美味しかったよ。

 美味しかったんだけど、なんかこう後が不安っつうか……いや、深くは考えまい。

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