第401話 side:ミリア

 異貌の兵も、まともな手段でヴォルクさんへと攻撃を与えることを諦め、数の差で押して強引に隙を作る作戦に出ているようだった。

 それは本来、人間が高位の魔物に対して挑む際に用いられる戦略だ。


「〖ウーズボム〗!」


 異貌の兵の一人が、自身の粘液の塊を口から吐き出し、弾丸の如く放つ。

 粘液の弾丸をヴォルクさんは、見事な動きで完全回避する。


「チッ……!」

「や、やったぞ! 俺の手柄だ!」


 だが、舌打ちしたのはヴォルクさんだった。

 ヴォルクさんの背後で、粘液の弾丸が拡散する。

 地面が溶けて煙が上がる。粘液に触れたヴォルクさんの背も、焼けただれた様な跡ができていた。


 ヴォルクさんの動きが、左足を起点に止まる。

 溶けた地面と靴が、溶けて混ざり、固まっているようだった。

 あの粘液は溶かすだけではなく、すぐに溶かした箇所を出鱈目に固まらせ、くっ付けて動きを止める役割もあるようだった。


「〖ウーズボム〗だ! 〖ウーズボム〗で殺せ! 体力と魔力の消耗は激しいが、範囲が広い上に、避けられても足場を崩せる!」

「それより、今の内に叩きのめせ! だが、こいつは大獲物だ! 絶対に殺すな!」


 四方八方から、触手の一撃が打ち下ろされる。

 ヴォルクさんは唐突に姿を消した、と思いきや、疾走して無防備な異貌の兵士の一人を両断していた。


「馬鹿な! 〖ウーズボム〗の、粘液の溶着が、そう簡単に……!」


 ヴォルクさんが足を上げる。

 床の底が、素足にこびりついていた。

 靴ごと溶けて、素肌にまで貼り付いていたのを、地面ごと強引に引き剥がしたのだ。


「やっぱり、桁が違う……」


 大陸最強と恐れられることだけはある。

 正体不明の魔物軍団を相手に善戦している。

 数の差を、戦略ではなく、完全にただの地力で押し返している。


 ただ、さすがの竜狩りといえど、目に見えて消耗しているようだった。

 肩で息をしており、最初は捌き切れていた伸び縮みする剣や腕の攻撃も、時折直撃を受ける様になっていた。


 老剣士ロムロドンさんの三人組も、既に弟子と片眼鏡のベルナードさんの二人が倒され、ロムロドンさん一人で抗っている。

 ロムロドンさんの顔には苦痛。

 一方、異貌の兵士達ののっぺらぼうにある微かな顔を模した様な窪みには、余裕の笑みがあった。


 考えなきゃ。

 どう足掻いても、私では、異貌の兵を一人も倒すことはできない。

 でも、このままだと、私も、メルティアさんも死ぬ。

 何か、何か、引っ掛かることは……。


『どうにか使えそうなのは、二人か。昨日のひ弱娘までおるのではないか。三騎士と揉めていたようだが、よく来れたものだな』


 これはヴォルクさんの発言だ。

 使えそうな二人、というのは、ロムロドンさんとベルナードさんの事かと思っていた。

 が、ロムロドンさんとベルナードさんでは、大きく実力に開きがある。


 結果として、そのせいで総崩れになり、ロムロドンさんは異貌の兵を三体相手にどうにか戦いを長引かせている状態となっていた。

 だから多分……ヴォルクさんから見れば、合格だったのはロムロドンさんの方だけじゃなかったのだろうかと、今になってふと考える。


 もう一人は、消去法的に、生き残って異貌の兵一体を相手取っている金髪の女剣士だ。


 仮にロムロドンさんと同等の力があるとするのならば、一体だけならば、ここまで長々戦わずとも、充分打ち倒せているはずだ。

 ずっと目で追っていると、動きが怪しい。

 やっぱり、手を抜いて戦っているとしか思えない。

 決して致命傷を受けず、同時に致命傷を与えない。


 相手と共謀して、戦っている、振り?

 いや、そんな必要はない。

 偽の王女側ならば、別に演じなくとも、私達が全滅するのを待てばいい。

 どの道私達は全滅する。戦力を裂いてまで演技を見せつける意味がない。


 恐らく、敵に目を付けられない様に、適当に相手と打ち合いを続けているに過ぎない。

 油断させて逃げる隙を窺っている?

 でも、城は広い。逃げる途中にも見張りはいるだろうし、何より時間が掛かれば敵側の応援がくるはずだ。


 いや、それとも……私達とは、全く違う意図でここにきて動いている、第三勢力がある?

 長引けば不利になる、私の前提に間違いがある?


 もしかして、勝負が長引けば、順当に敵の援軍が来る以外に、何かが起きることを知っている?

 そうだとすれば、あの人は、こっち側に死者が出ても、それを明かすつもりは一切ないということだ。


「あ、あの……ヴォルクさん! ロムロドンさん! 長引いたら、状況が変わるのかもしれません!」


 私は声の限り叫ぶ。


 ヴォルクさんが煩わしそうに、ロムロドンさんが不思議そうに私を見ていた。


 そして、ローブの女剣士は、目を見開いて私を睨んでいる。

 あの表情……もしかして、当たった? いや、確信は持てないけど、これに懸けるしかない。


 私の考えが合っているならば、無理に目前の敵から逃れるために短期決戦を取る意味はない。

 時間が経てば、状況が変わる好機が訪れる。

 それまであの金髪の女剣士と同様に、逃げて、防ぎ、長引かせておいた方が生き残る芽が残る。


「あと! あっちの人、手抜いてますよ!」


 女の人が、凄い形相で私を睨む。

 私は下を向いて、目を逸らした。

 ……当たっていてもそうだろうけど、外れていたら私は多分、一生どころか十回生まれ変わっても恨みぬかれるだろう。

 ただでさえ私は、ヴォルクさんのせいで人員不足に陥っている異貌の兵達が、私にまで戦力を向ける余裕がないために、生き残っているに過ぎない立場なのだ。

 手を抜いているなど、どの口がと思ったことだろう。


 万策尽きたロムロドンさんが、女剣士を巻き込む方へと移動を始めた。


「こ、こっちへ来るな!」


「私の弟子達の命と、国の命運が懸かっておる! 剣筋の脈絡がややちぐはぐなのでもしやとは思っておったが、悪いがお主だけを逃がすわけにはいかぬ!」


 異貌の兵達は、私達の言葉の意図を測りかねてか、動きの統制にやや乱れが生じていた。


「〖衝撃波〗!」


 そこを突き、ヴォルクさんが容赦なく剣撃を放つ。

 暴風が地面を割り、延長線上の兵士を吹き飛ばす。

 兵達の配置が大きく崩れ、陣形が最適解から乱れていった。


 ヴォルクさんの包囲が不完全になり、自在に広間を駆け回る。

 まともに竜狩りの大剣に捕まったスライムが、五連撃を受けて、緑の水溜りを残して形を消した。

 多分、二撃目で既に息絶えていたように思う。


 異貌の兵が減れば、それだけヴォルクさんに余裕ができる。

 今はやや、異貌の兵よりヴォルクさんの方に分がある。

 ロムロドンさんも、金髪の女剣士を巻き込むように動きながら、隙を見て異貌の兵に剣撃を加え、気を引いている。


 今の様子ならば、まだ持ってくれそうだ。

 ただし、後は何が起きるのかは、賭けでしかない。

 交戦が続く。


 部屋の隅から事態をメルティアさんと共に傍観していると、私から見て対面側の扉が開き、また二十近い数の異貌の兵が突入してくる。


「何をしている、宴を早めるな!」

「来国した聖女への警戒もあるというのに、余計なことを……!」

「よしんば相手が動いたとして、これだけ兵がいて押さえられないとは何事だ?」



 異貌の兵達の怒声が飛び交う。


「あ、あ……」


 終わった。

 賭けに、負けた。

 現状でも既に、全員殺されるのは時間の問題だったのだ。

 これ以上は、もう無理だ。

 奇跡的に戦力が均衡気味だったから、首の皮一枚で助かっていた。

 なのに、相手の戦力が、急に倍以上に跳ね上がったのだ。


「雑魚だから、殺しても王女様も文句は言わんだろう。どうせ、経験値もスキルも、カスだ。毎回、お前みたいなのが一人二人は紛れてるんだよ。餌になる価値もない」


 余裕ができたと見てか、異貌の兵の一人が、武器を振り上げて私へと向かってきた。

 私は傍らの倒れるメルティアさんへと目線を向けてから、覚悟を決めて立ち上がる。


「駄目じゃないか、それは、王女様の獲物なんだって」


「がっ!」


 異貌の兵の後ろ首を、後を俊足で追ってきた男の人が掴んだ。

 異貌の兵が、掴まれている首から黒い液体が全身に回っていき、ぐずぐずになってその場へと崩れ、鎧と剣だけがその場に残った。


「また会ったね。今度は、つれない反応しないでくれよ?」


 姿を現したのは、以前も私に声を掛けて来たクリス王女の三騎士の一人、『絶死の剣サーマル』だった。

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