第402話 side:ミリア

「まったく……ローグハイル殿だけでも、先にこっちに来させとくべきだった。アイツなら、全員纏めて早々に無力化できたのに」


 サーマルの手が、私の肩に触れる。

 動けない。

 この人がその気になれば、私は多分、次の瞬間には、目の前で溶けて死んだ、異貌の兵と同じ目に遭う。


 前回のときも、触られただけで、急に気分が悪くなったのを覚えている。

 この人は、触れた部位から毒を流せる。いや、そもそも、人間じゃない。

 今ならわかる。ここの兵と同系統の魔物だ。


 『絶死の剣サーマル』だけじゃない。

 王女の三騎士の内、もう一人も広間に姿を現していた。

 幼い藍色髪の少女、『幻蝶の剣メフィスト』……ここにきて、相手側に一気に戦力が補充された。

 

 メフィストは、異貌の兵達を相手になお食い下がる、ヴォルクさんの前へと出ていた。


「……雑兵相手に力尽きては、つまらんと思っていたところだ。最期の相手が、魔王の部下の幹部ならば、まだ恰好がつくというもの! 貴様の首をもらっていくぞ!」


 巨大な剣を手に、ヴォルクさんが、メフィストへ飛び掛かる。


「〖ミラージュ〗」


 メフィストの姿が、五重にぶれ、どんどんと個々の距離が広がっていく。


「貴方の戦い方は、膂力に特化し過ぎていて、単調にすぎる。私でも、力勝負じゃ敵わないけど、それだけ」


 五人のメフィストが剣を構え、ヴォルクさんへと迫る。


「その程度、全部潰せばよいだけだ!」


 大剣による巨大な五つの斬撃が、床を割り、すべてのメフィストへと迫る。


「なんて、強引……!」


 幻影含めるメフィスト四体は、同じ動作で〖衝撃波〗を回避。

 一体は〖衝撃波〗に当たるが、不自然に身体を透過していく。


「でも、まだ残りは四体……」


「避け方で見え見えだ! 隠しきれぬ脅えが命取りだったな! 〖月穿〗!」


 光の束が、大剣の先端を中心に螺旋状に展開し、次の瞬間には収束する。

 直線で放たれた突き技の延長線上を、光の線が走り、道中の全てを貫く。

 〖衝撃波〗の回避のために浮いたメフィストの身体へと、〖月穿〗が放たれる


「我は限界だが、一体は道連れにしていく!」


「っ!」


 メフィストの顔に驚愕が浮かぶ。

 遠目だけど、私にもわかる。

 あれは斬撃を魔力で覆って飛ばす、〖衝撃波〗と似た系統の技だけど、根本的に威力が違う。

 あんなものを受けて無事で済む生き物が、この世界にいるとは思えない。

 三騎士メフィストにしても、例外ではないはずだ。


 そのとき、メフィストの服の前部が縦に開き、ぼさぼさ髪の女の顔が外へと覗いた。

 おぞましい光景だった。魔物であるとはわかっていたけど、あまりに異形過ぎる。

 血走った不健康な眼と、青紫色の唇の女だった。


「はぁ、冷静になれよなぁ……アッタマ悪いんだから。はい、〖グラビドン〗」


 腹部から伸ばされた首と同時に、三本目の腕が前に掲げられる。

 手先に、黒い光を放つ球体が現れ、それはどんどん膨れ上がり、巨大化していく。

 二体目のメフィストはそれを前方へ射出した。


 〖グラビドン〗を貫いた〖月穿〗による線の剣撃は、その軌道を僅かに〖グラビドン〗の黒球の中央寄りへと歪められ、結果としてメフィストの身体を掠めるに終わった。

 メフィストの遠く後方の壁に、綺麗な円状の穴が開く。


「外した、か……」


「何あの威力、バッカじゃないの? 本当にニンゲン? まぁ、でも、これで終わりねぇ」


 二つ目の頭部が背後を見て、鼻で笑う。

 メフィストの着地と同時に、ヴォルクさんを囲んでいた異貌の兵達が、一斉に襲い掛かる。

 大技の後のせいか、動きの鈍いヴォルクさんへと、容赦なく異貌の兵の剣が、触手が、滅多打ちにされていく。


 ロムロドンさんも、既に異貌の兵に打ち倒され、地に倒れている。

 金髪の女剣士だけはどうにか逃げ回っていたが、出口がすべて封鎖されている以上、捕まるのは時間の問題に思える。


「大丈夫、君だけは殺されないからさ。もっとも、適当にスキルを抜いて、王女様の人形にされるだろうけどね」


 サーマルが、膝を突く私の頭を、馬鹿にする様に撫でる。


「本当……運がよかった。メフィストとローグハイルはわかってなかったけど、オレにはわかるね。あいつらは真面目過ぎる。オレみたいに遊んで、情緒って奴を磨いておくべきだな。ともかく、君を連れて行けば、間違いなく王女様は、喜ばれる」


「私……会ったこと、あるんですか?」


「ないよ。せいぜい、王女様が遠目から見たくらいじゃない? でも、君のお友達が、会ったことあるみたいでね。あっちこっちで聞いて回ってたから、すぐにわかったよ。君が、例の少女だってね」


 サーマルが何を言っているのか、さっぱりわからない。

 わからないけど……思ったより、話の通じる相手なのかもしれない。

 もっと得体のしれない思考の持ち主だと思っていたけど、少なくともサーマルには、会話が通じる。


「……私は、ついていってもいいです。でも、メルティアさんは、メルティアさんだけは、見逃してあげてください」


「駄目だ、逃がすメリットがないね」


「彼女は私のために、ここまで付いて来てくれたんです。私は非力ですけど……あなたの反応を見て、交渉の芽がないわけではないこともわかりました」


 私は自分の杖を、頭へと向けた。

 怖い、手が震える。それでもせいいっぱい、強張る顔に笑みを浮かべてみせた。


「……ふぅん、面白いじゃないか。オレは暗殺や襲撃もそれなりに任されてたんだけどね、似たようなこと言う奴を見たこともあるよ。本気だった奴は、いなかったけど。撃てるかどうか、賭けてみるのも面白いけど……気が乗った。いいよ、記憶を消して放逐か、監禁かのどっちかに留めるよう、王女様に提言してあげてもいい。通るかどうかは、保証しないけどね」


 あまりに相手優位の、ほとんど意味のない条件だった。

 ただ、やり取りで見えたこともある。

 それに何より、話をしている間は、この場の敵の最大戦力の片割れであるサーマルの注意を、引き付けていられる。


 次の瞬間、天井が崩壊した。

 巨大な広間の一角を占領するほどに、巨大な双頭のドラゴンが落下。

 ヴォルクさんに纏わりついていた異貌の兵が困惑しているうちに、尾を振るって弾き飛ばす。

 何体もの異貌の兵が飛び散る。鎧が割れ、中に入っている緑の本体が飛びだす。


 ヴォルクさんにとどめを刺そうとしてか、何人かの異貌の兵が、刃を伸ばして剣を叩きつける。

 が、ドラゴンの首の片割れが、ヴォルクさんを口に含んで守る。


 同時に翼が羽搏き、いくつもの風の刃を生じさせ、辺りに無差別に近い攻撃を繰り出し、異貌の兵達を牽制する。

 直撃した兵士は、鎧ごと切断され、身体が飛沫となって朽ち果てた。


「なんで、この場にドラゴンが!? まさか奴か? 聖女の仕業か!?」


 サーマルが声を上げる。

 彼らにとっても、この乱入は予想外のものだったらしい。


 双頭のドラゴンの頭の上には、巨大な蜘蛛と、不自然に白い肌の赤眼の少女が乗っており、背には鉛色に輝く水溜りの様な魔物が這っていた。

 巨大な蜘蛛は、壁に糸を吐いて宙を舞い、壁を縦に疾走する。


 鉛色の水溜りが双頭のドラゴンの背から移動し、銀灰に輝く息を吐き出す。

 触れた異貌の兵の体表に銀灰の粉が付着して重なり、輝く彫像の様になった。

 痙攣する様にプルプルと震えていた彫像を、ドラゴンが踏み潰して粉砕した。


 白い肌の少女は、ドラゴンの頭に乗ったまま、風の魔法を行使して竜巻を生み、異貌の兵達を飛ばし、壁や床へと叩きつける。

 あっという間に倍に増えた異貌の兵達が、液体となり、鎧を残してその姿を消していく。


「奴の、〖スピリット・サーヴァント〗か!? いや、聖女の〖スピリット・サーヴァント〗の枠は、既に埋まっているはずだと……そもそも、今更高位ドラゴンなんて……どこから、引き連れて……」


 サーマルが、私の肩を強く掴む。

 顔には苛立ちと怒り。

 唇を噛み締め、吐き捨てる様に口にする。


「まさか、アレがイルシアか!?」


「えっ……?」


 それは昔、私が付けた名前だった。

 捜している竜の名前でもある。


 私はゆっくりと、離れたところで暴れている双頭のドラゴンへと目を向ける。

 横顔に、なんとなく面影を感じる気はする。でも、確信は持てない。そこまでだ。


「……最悪だ、聖女を舐めていた。こっちが後回しにしていた間に、先に接触して、同盟を結んでいたのか。とにかく、相手を分散しないと……纏まってさえいなければ、イルシア以外は雑兵とメフィスト殿で、さっさと処理できる。王女様にいち早く状況を伝えつつ、ローグハイル殿と合流してイルシアを仕留めるには……」


 サーマルが私を見て、嫌な笑みを浮かべた。


「最悪ってわけじゃないか。まさか、こんな良札が土壇場で手に入ってくるなんてね。王女様が言うには、神の声の祝福という奴だ。オレはそんなもの、信じないけどな。後は、聖女がいつ残りの札を切ってくるのかが問題だが……」

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