第400話 side:ミリア
恐らく、この兵士に扮装した魔物の危険度は、C級上位あたり……このクラスの魔物とは、一応、メルティアさんとクロちゃんで、協力して討伐に成功したこともある。
ただ、そのとき戦った魔物は、速度が私達と大差がなく、範囲攻撃も持っていなかった。
要するに、力量の差を数の利で埋める私達にとって、相性が良かった。
その上で相手の弱点を突き、罠にかけて、どうにか倒すことができたのだ。
速度と膂力のバランスが取れており、知能もある魔物を相手にするのが、こんなに恐ろしいことだとは思わなかった。
おまけに今は戦力の要だったクロちゃんもいない。
一番最悪なのは、その魔物が、今この場にいるだけで二十体ほど存在するということだ。
城全体に控えているのは、十倍以上になるだろうと予想できる。
「は、ははは……」
腰が抜けて、気が付けば私はしゃがみ込んでいた。
ここだけは、来ては駄目だった。どうしようもない。
「刺突は駄目なら、これでどうだ?」
「む?」
フードを羽織った男の人が舞い、メルティアさんを甚振っていた異貌の兵士の頭へと、厚い手袋に覆われた手を乗せる。
紫の髪が揺れる奥には、左目から口端に掛けて、狼の様な魔物の、影絵の入れ墨が掘られている。
『死炎のガーザン』と称される、一流の近接戦型魔術師だ。
「〖ミリーボム〗!」
ガーザンさんの手を起点に、紫の炎が広がって破裂する。
「おぶっ!」
煙の中で異貌の兵の、頭の粘液が弾け飛ぶ。
頭の爆ぜた兵の身体が床に叩きつけらる。
身体がびくんと振動し、輪郭が崩れて水溜りの様になって広がり、床に敷かれた絨毯を汚す。
ガーザンさんは反動に乗って宙を舞い、軽々と床に着地した。
「確実に当てるため、タイミングを計らせてもらった。見ている限り、俺でも隙を突かないと、速さ負けするのでな。彼女にまだ息はある、悪く思うな」
「あ、ありがとうございます!」
私は震えを押させて立ち上がり、礼を口にしてメルティアさんへと駆け寄り、彼女の身体に手を触れる。
「〖レスト〗!」
メルティアさんが、薄目を開く。
「う、うぐ……ミリア、け、剣は……」
「戦うのは無茶です! 今はとにかく、ここをどうにか離れるしかありません」
私は首を振って答える。
「他の人に、任せましょう……。元々、私達は、クロちゃんの力が功績に考慮されて、偶然呼ばれただけです」
三体に囲まれても平然と対応したヴォルクさんや、一撃で頭部を破裂させたガーザンさんとは違う。
元々私達の実力では、クロちゃん抜きで対抗できるのは、二人掛かりでもD級上位が限界だ。
あまりに場違いすぎる。
こうしている間にも、ガーザンさんは次の相手と戦っていた。
ナイフを駆使して、兵士の攻撃を捌き切っている。
「不意打ちが限界らしいな。地力の差では、我らには敵わぬ!」
異貌の兵士の伸縮自在の触手を腹部に受け、ガーザンさんの体勢が崩れる。
崩れたところへ、兵の逆の手に握る剣がガーザンさんを襲った。
「〖ミリーボム〗!」
ガーザンさんの伸ばした拳の先に紫の炎が宿り、破裂する。
爆風に乗り、再び距離を取ると共に、異貌の兵士の片腕を吹き飛ばした。
「小賢しい、冒険者如きが……!」
「長期戦に縺れ込ませるのは得意でな」
その足に、どこからともなく伸びた触手が巻き付き、地面へと引き倒した。
「なっ!?」
「確かに、俺達にもしっかりダメージの通る、相性のいい魔法スキルだ。いや、なかなかの威力だった。とっておきの一撃なんだろうが……俺達を相手にするには、それでもまだ足りないんだよ。言ったろ? 俺達に弱点はないから、胸狙っても頭狙っても、そう変わらない。おまけに再生能力も高いから……ほら、もう寝てる振りしてる間に、お前からの傷も癒えた」
ガーザンさんに頭部を破裂させられていた兵が、既に十全の状態で立ち上がっていた。
もう、怪我の様子が身体のどこにも一切見られない。
「受けたダメージは、きっちり返させてもらうぜ。人間のお前が耐えられるとは思わないが、まずは顔面ぐちゃぐちゃからだ」
異貌の兵士は、そのままガーザンさんを引き寄せて、逆の腕で伸縮する触手の殴打を顔面へと放つ。
一撃で血が飛び、後方へ大きく飛ばされそうになるのを、強引に逆の手で押さえ、固定する。
さらにそこへ、次の打撃が当てられる。
「どうしたぁ!? さっき頭部吹き飛ばされたのは死ぬほど痛かったぞ、なぁ!? 相手様にやるんだから、自分がやられたときのことくらいは覚悟しないとなぁ!? それが人間ってもんなんだろ!?」
触手を大きく振り、引き伸ばす。
ぎりぎりと、触手全体に張力が掛かる。
「や、やめて……」
私の口から無意識に懇願の声が漏れるが、当然化け物の耳には届かない。
触手が空間を裂いて宙を走り、凄まじい音が鳴って顔の肉が削ぎ飛んで血肉が舞う。
「勢い余って殺すところだったか。経験値は、王女様に献上しないといけないのによ」
ぐったりとしたガーザンさんが、床に横たわらせられる。
「……ミリア、私は置いていけ。これでは、逃げることも構わん」
「い、嫌です! 駄目ですそんなの! 元々、私のためにメルティアさんは、ここまで来てくれたのに……!」
「このままでは、二人とも死ぬだけだと言っている!」
「で、でも!」
私は周囲を見る。
各扉の前には、二体ずつ異貌の兵士が守っている。
完全に封鎖されていた。
やっぱり、全員殺して隠滅するつもりだ。
逃げるなら、ヴォルクさんが言っていた戦闘前のタイミングか、遅くても戦闘開始の初期の初期しかなかった。
どうにか、メルティアさんを連れて、ここから離脱する方法はないか。
私は必死に考えながら、周囲を見る。
幸い、私は戦闘能力が低いと見られたためか、兵士がなかなか襲い掛かって来ない。
外へ逃げようとしない限り、後回しでいいという判断なのだろう。
相手からしてみればどうでもいいことなのだろうが、冷静に考える時間と、メルティアさんを治癒する時間があることはありがたい。
広間の一角では、片眼鏡の男の人『心眼のベルナード』ことベルナードさんが魔法で援護しつつ、前衛には老剣士ロムロドンとその弟子らしき人が立ち、三体の異貌の兵達と戦っている。
だが、明らかに圧されている。
完全にロムロドンさんがカバーして、どうにか形を保っている状態だ。
全員傷だらけで、長く続くとは思わない。
ようやくわかった。
あの三人は……恐らく、最初からクリス王女が疑わしいと気が付き、わざと王女の目に留まる様に振る舞ってこの場に招かせ、調査に来ていたのだ。
ヴォルクさんが動き出した後、ベルナードさんが真っ先にロムロドンさんへと注意喚起をしたのにも、納得がいく。
恐らく、当初の予定では、王女の正体を暴くか、暗殺するつもりだったのだろう。
金髪の、ローブを深く被り顔を隠した女の人は、異貌の兵士と一対一で戦い、攻撃を必死に受けている。
伸縮する触手と、間合いの伸びる剣の猛攻を、紙一重で避け続けている。
ただ……なんだろう。
表情が、少しわざとらしい気がする。
わざと、苦戦を演じている? いや、そんな理由があるとは、私には思えないけれど……。
自分に戦力が割かれるのは回避できるが、それも他の冒険者が倒れては意味がない。
竜狩りことヴォルクさんは、十体の異貌の兵士から囲まれていた。
「近づきすぎるな! 腕の動きに目を見張れ! あの厄介な〖衝撃波〗の初動が見えるはずだ!」
「俺はレベルが低い! 無茶だ! 後方支援に徹する!」
「もうちょっと奴の速度は落とせないのか!」
「無理だ! これでも〖ハイスロウ〗と〖ポイズン〗で、限界まで身体能力を奪ってる! これで倒せ!」
他の冒険者へ差し向けられる戦力が最低限で済んでいるのは、ヴォルクさんが残る全員を一人で引き受けているためである。
敵に囲まれて全身に攻撃を受け、血塗れになりながらも、不敵に笑って獲物の位置を確認している。
しかしそれでも、老剣士の三人組、金髪の女剣士、竜狩りのヴォルクを除いた残る冒険者達は、すでに床の上に倒され、意識を失っている。
その中には身体の一部が溶かされ、無残な姿になっている者もいる。
生きているのか、死んでいるのかもわからない。
私とメルティアさんが無事でいるのは、弱さ故に後回しにされているだけだ。
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