第72話

「その、イルシアって……どうでしょうか? 私の好きな、花の名前なんです」


「ガァッガァッ!」


 ミリアからの提案に、二度首を頷いて乗っかる。

 やっぱり人と関わってくのには名前とかは必須だよな。

 今度イルシアの花を探してみるとしよう。名前の元になった花は知っておきたい。


【名称を〖イルシア〗に決定しますか?】

【※一度決定すると、変更することはできません。】


 なんだ?

 〖神の声〗が反応したぞ?


 後半の文に引っ掛かるものを感じるが、問題はない……よな?


【名称を〖イルシア〗に決定しました。】


 ……〖神の声〗の性格の悪さは知っているが、ま、まぁ、さすがに問題ないだろう。

 俺は軽く自分の額を叩き、嫌な予感を掻き消す。


「ガァッ!」


 俺はミリアが乗り易いよう、改めて背を屈める。


「あ、ありがとうございます、イルシアさん」


 ミリアがぺこりと礼をし、俺の上に跨る。


 やっぱり名前はいい。

 こっちの世界に来てから長らくまともな会話などほとんどしたことがなかったせいか、名前を呼ばれただけで感慨深いというか、胸に来るものがある。

 思えば会話といっていいのは大猩々との念話くらいだ。


 〖神の声〗との掛け合いは会話に含めたくない。

 向こうが変に事務的だし、それがなくともどうにも好きになれない。

 役には立つし、当てにせざるを得ないんだけどもさ。

 なんかこう情報が偏ってるというか、たまに向こうの意図が垣間見えるというか。



 しかし、あっちこっち走り過ぎたせいで方向がわかんなくなっちまった。

 この辺りあんまし走ったことねぇしなぁ……大蜘蛛に追いかけ回されたときに見たような気もするんだけど……。

 えっと、向こうから走ってきて、そこで曲がって洞穴を見つけて……。 


「グルァァッ!」


 俺の思考を遮る咆哮。

 見れば、マハーウルフだった。

 青い体毛、薄紫の歯茎、そこから伸びる牙の狭間からダラダラと涎を垂らし、額にある第三の目で俺達を睨んでいる。

 

 ちょっとしつこ過ぎるだろ本当に……。

 今回は一匹だから対処は楽だが、経験値が入らない分、苛立ちが大きい。


 何がこいつらを突き動かしているんだ。

 部分的にでも視野共有できてるんなら、少なくともタイマンじゃ絶対勝てねぇってわかってそうなもんだが。


 ステータスを確認するが、そこまでLvも高くない。

 さっきの奴らと所持スキルも、状態異常が確認できないのも同じだ。


「グルァァァッ!」

「ひゃうっ!」


 マハーウルフの叫びに驚いたミリアが落ちそうになったので、体勢を変えて支える。

 その隙を突き、マハーウルフが距離を詰めてきた。


 こいつのスキルは……〖噛みつき:Lv2〗、〖眼光:Lv2〗、〖ファイアネイル:Lv1〗か。

 接近技より、〖眼光〗に気をつけるべきだな。

 名前から中身がわかるスキルはさして怖くない。


「ガァッ!」


 俺が鳴くと、ミリアの俺に捕まる力が増す。

 地を蹴って跳び上がり、向かってくるマハーウルフを回避する。

 マハーウルフの爪が炎を纏い、空を切る。

 あれが〖ファイアネイル〗か。

 ちょっとカッコイイけど、それだけだな。


 俺はそのまま空中からマハーウルフの顔面を蹴っ飛ばす。

 〖眼光〗のスキルは気になるが、だったら目の高さを合わせなきゃいい。


「ギャインッ!」


 尻尾で掬い上げるように追撃し、マハーウルフの身体を宙に浮かせる。

 そのまま上がってきた脳天目掛けて、拳を振り下ろす。

 ごきり、マハーウルフの首が折れる感触。

 身体が地面に叩き付けられてからは、マハーウルフはピクリとも動かなくなった。


 勝負あった。

 衝撃を殺すため、足を曲げながら着地する。


「す、すごい……」


 ミリアの感嘆を聞いて満更でもない気持ちだったが、表には出さないように努める。


 しかし……本当に、なんでこんなに狙われてるんだ?

 結局、ミリアもマハーウルフに関しては何も知らなさそうだし……俺が狙われてんのか?


 集団に襲われる危険性考えたら、別れた方が安心か?

 前は逃げ切れたし、今回は単体だったからいいものの、ミリアを乗せたまま囲まれたら、彼女に怪我をさせかねねぇ。


 とはいっても、マハーウルフじゃなくとも他の魔物に襲われかねない。

 ミリアは明らかに単独で安全に森を歩けるステータスじゃねぇ。

 結局、安全って言い切れる道はねぇか。



 俺は一旦崖の方に行ってから端に沿って動き、スタート地点に戻る。

 うし、ここからなら今度こそ村に行けるはずだ。

 道に迷うこともない。

 村だってそんなちっさいところでもないんだし、この位置からなら、ほとんど真っ直ぐでも見えてくるはずだ。



 しばらく走ったところで、大きな足音を耳が微かにキャッチした。

 かなり大型のモンスター、大猩々クラスか?

 いや、あいつよりも重量感がある。


 リトルロックドラゴン?

 ではないな、あれは元々そこまで動き回るタイプじゃねぇ。

 足が遅いから、範囲攻撃で足止めしてトドメを刺すのがパターンなはずだ。

 一旦逃げ切られたら追いかける力がねぇから、追いかけっこになりようがねぇ。


 俺達を追っているわけじゃあなさそうだし、そこまで気に掛ける必要もないか。

 それより今は、また新たに追ってきているマハーウルフをどうするかだな。

 また単体だ。



 マハーウルフはなるべく気配を殺し、姿を見せないようにしているようだ。

 仲間と合流してから攻撃を仕掛けてくるつもりか?

 俺の位置を中継してるんだろうし、今の間に片付けとくべきか。

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