第410話

 俺は前足を振り回し、ローグハイルへと殴りかかる。

 ローグハイルは片足の先を触手に変えて跳び上がり、俺の攻撃を回避する。

 俺がサーマルの逃走妨害のために崩した壁を透過して中へと逃げて行ったので、力いっぱい叩き壊し、瓦礫を床ごと落としてやった。

 ローグハイルは落ちた床の先で笑い、俺へと腕を向ける。


「〖聖柱〗!」


 飛来してくる三本の青色の柱を、俺は〖鎌鼬〗で風の刃を送り込んで軌道を曲げて、床に突き立てさせる。

 床を蹴とばして翼を広げる。

 左右の壁が崩れていく。

 ローグハイルの傍へと着地したとき、両腕を掲げていた。

 老人の身体が透け、緑に近い色になり、輪郭が溶ける。


「ほほほほ、隙を見せたな? これでもくらえい! 〖ウーズマシンガン〗!」


 ローグハイルの身体に凹凸が生じ、粘体の無数の弾丸が、身体の至るところから放たれる。

 チッ! 嫌なタイミングで使ってきやがった!


 だが、舐めんじゃねぇぞ!

 ずっといいようにやられてばっかだと思うなよ!


 俺は急いで息を吸い、ローグハイル目掛けて吐き出した。

 炎の防壁が俺とローグハイルの前に生じ、弾丸諸共、そのまま粘体の老人の身体を覆いつくしていく。

 〖灼熱の息〗のスキルである。


「ぐっ!」


 間に合わなかった粘体球が、俺の足や身体に付着する。

 皮膚を鋭い痛みが襲う。見れば、鱗が溶けて身体にまで侵食している。


 強酸性溶解液の弾丸だ。

 あの量を滅多打ちにできるなら、とんでもなく汎用性の高い、厄介なスキルだ。


「フフフ、足手纏いがおらんくなって、判断が早くなったな? そうでなくてはつまら……」


 炎から脱しようとするローグハイルの身体を、俺は思いっきり尾で打ちのめした。

 ローグハイルの体液が飛び散る。ローグハイルは後方の壁に身体を叩きつけ、呻き声を上げた。


「き、貴様……!」


 目を見開き、俺を睨む。

 その顔面目掛け、俺は天井と壁ごとウロボロスの凶爪を振るい、削り取る。

 ローグハイルの身体が大きく抉れ、後方に飛ぶ。


「やってくれるではないか……」


 ローグハイルの身体が、見る見るうちに再生していく。

 〖自己再生〗のスキルだ。フルに使い、全力で回復を行っているようだ。

 とんでもねぇ速さだ。


 だがそれは、MPを消耗して全力で回復に充てなければ、ダメージに対して追いつけないという窮地の証明でもあるはずだ。


 手を休めるな!

 このまま、速度と膂力で押し切る! こいつに手番を与えるな!


 俺は周囲の破壊を意識から外し、身体ごと大きく捻じりながら、再度大爪を叩きつけるべく振り下ろした。


「ぐ……こ、この……! 〖聖柱〗!」


 ローグハイルの前に、図太い青い柱が突き立つ。

 俺との間に壁を作り、攻撃を遮って体勢を整える算段だろう。


「フ、フ、これで……」


「グゥオオオオオオオオオオオッ!」


 俺は〖咆哮〗を上げながら腕を振り上げた状態で制止し、力いっぱい腕を振り下ろした。

 聖柱が砕け散り、床に叩きつけた罅が、波紋状に広がっていく。


 まだ、経験値取得が発生しない。

 タフな野郎だ。

 俺はすぐさま飛び降り、瓦礫から這い出てもがいているローグハイルを発見し、腕を振り上げる。

 さすがのこいつも、ここ止まり……!


 ふと、違和感を覚えた。

 なぜこいつは、すぐに顔を出して、俺に発見される様な真似をしている?

 わざと、俺に見つかった?


 心当たりがあった。

 こいつのスキル、〖ドッペルゲンガー〗……。


【通常スキル〖ドッペルゲンガー〗】

【HPを削り、粘体の分身を作り出す。】

【分身は、定量ダメージを受けると、自壊する。】

【その際に経験値の取得は発生しない。】


 相方ァ! そっちは見張っといてくれ!

 こいつ、分身体だ!


 俺は身を翻し、陰から接近を目論んでいた本物のローグハイルを前脚で払う。

 ローグハイルが大きく後方へ跳ぶ。

 粘体の触手を伸ばし、天井へ腹這いの姿勢で貼り付いた。


『身体、チット退イテクレ!』


 俺は相方から言われるがまま、身体を逸らす。

 横目で背後を見れば、相方がローグハイルの分身体の触手腕に喰らいつき、勢いよく引き抜いたところだった。

 分身体の身体が崩れ、消滅する。


「……ふむ、通らんかったか。やはり、地力では儂より一段勝るか」


 俺は天井からぶら下がるローグハイルへと〖鎌鼬〗を放つ。

 ローグハイルが、触手の腕を伸ばして部屋内を跳び回り攻撃を回避。

 そのまま後方へと離れていき、階段を降りて行った。

 ここから先は、地下階層になるはずだ。


 間違いなく、奥へと誘導している。

 アロ達から離れるのは好都合なのでされるようにしているが、敵の意図通りに動くと言うのはどうにも気味が悪い。


 ローグハイルを追って地下へと続く階段を抜けた先で、これまでの城の内装とは違い、金属に覆われた巨大なホールの様な場所へと抜けた。


 ……ここなら、向こうも全力を出せるってところか。

 こっちも、これまでとは違って自在に動ける。

 上等だ、とっとと終わらせてやる。


「イルシアとやらよ、三騎士の条件を教えてやろう。それは、ある程度の知性を有した魔物の中で、上から順番に強い者を選んだにすぎぬ。我々の中には、人に化ける術をついに会得できなかったものもおってな? そういう魔物は、大抵の場合は下級で進化の上限を迎えるのだが……そうでない奴もおった」


 なんだ? こいつは、何が言いたいんだ?


 突然、地下階層奥にある巨大な扉が倒れた。

 見た瞬間、そのおぞましさのあまり、息ができなくなった。


 奥から現れたのは、俺と同程度の体格を持つ、巨大なスライム。

 スライムの身体の中には、大量の消化されていっている人間が浮かんでいた。

 大半は骨だが、腐肉を纏った状態で、中に浮かんでいる亡骸もある。


「ブルウワァァァアアァアァアアアアッ!」


 粘体の塊が、悍ましい雄たけびを上げる。


「聖女を倒すための、最後の保険だったのだがの。本人の動向も掴めぬ内から、ここで動かすことになるとはな。更に……〖ワイドサモン〗!」


 ローグハイルを中心に、巨大な魔法陣が展開され、眩い光が走る。

 ローグハイルを囲む様に、全長三メートルはあろうという、緑の体表を持つ巨人が、五体現れた。

 全員、拉げた様な不気味な顔をしており、手には巨大な棍棒を握りしめている。

 生気のない目で辺りを見回した後、俺へと視線を向ける。


 な、なんだ、この不気味な連中は……?

 こいつ、俺一人討つためだけに、どれだけ戦力を投下しやがるつもりだ。


「儂も、本気を出すとしようかの。人型は、打たれ弱くて敵わん」


 ローグハイルの身体が色を失い、輪郭が崩れて膨張していく。

 あっという間にローグハイルの面影がなくなる。

 全長四メートルまで膨張したところで、身体の色が再び現れ、グロテスクなまでに濃いドブの様な緑色へと変色した。

 大量の触手がローグハイルから伸びる。

 身体や触手の至るところに目玉が並ぶ。合計で、百は超えているんじゃなかろうかという、異形だった。


『ヒョーヒョヒョヒョ! ひょっとして、儂に勝てると、さっきまで思うとったのかの? 確実に勝てるところまで敵を追い込むまでは、爪を隠すのが能ある者の戦術なのだよ! 更にぃ〖ドッペルゲンガー〗!』


 ローグハイルの不気味な身体が分かたれ、二体、三体……いや、五体にまで、一気に増殖した。

 一体一体が瞬時に膨らんでいく。


『もう逃げられんぞお、イルシアァ? 貴殿の記憶を、しゃぶりつくしてくれるわ! この街の者共に、そうしてやったようになぁ! ヒョーッヒョッヒョッ!』


 ローグハイルの身体が開き、巨大な口が現れ、四本の舌の様な何かが垂れる。


 一見落ち着いた風の老人気質だと思っていたが、とんでもねぇ。

 完全にガワだけだった。

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