第409話

「さて、どうしたものかの。儂は、この様な狭いところは、あまり好きではないのだが……お主も、そうなのではないか? イルシアとやらよ」


 ローグハイルが、俺を挑発する様に言う。


 ローグハイルの言葉を信じるのなら、本来の体形はもう少し大きいところを、無理に圧縮して今の姿を保っているらしかった。

 もっとも、俺の〖人化の術〗とは違い、スライムの変形はステータスの値に変化はないらしいので、人型時のデメリットも可愛いものだろうが。


 場所を移してくれるというのなら、こっちとしてもありがたい。

 負傷したミリアを連れるアロとナイトメアは、少しでもローグハイルから離さなければならない。

 俺は顔をアロ達へと向け、「グォッ」と軽く吠える。


 アロが頷き、ミリアを乗せたナイトメアと共に、俺が来た道を駆けていく。


「ま、待ってください! イルシアさんなんですか!? イルシアさんなんですよね!?」


 ミリアが必死に俺へと呼びかけを行う。

 が、俺はあくまでも答えなかった。

 俺はこれからどうなる身なのか、自分でもわからないところだ。


 リリクシーラは魔王討伐が終われば俺が人里に受け入れられるように努力するとは言ってくれたが、それがどの程度の時間を要するのかは、俺も想像だに出来ない。

 それに、今回の戦いで魔王を仕留めきれるのかどうかどころか、接触する機会があるのかさえわからない。

 少なくとも魔王騒動に片がつくまでは、下手に近づけば、今回の様にミリアを巻き込むことに繋がっちまうだろう。


「茶番は終わったかの、イルシア」


 ローグハイルを挟み込む様に、二つの青い光が生じる。

 その光が質量を持った形へと変わり、青い金属柱へと変わった。


「〖聖柱〗」


 二つの青の金属柱が、俺目掛けて一直線に飛来してくる。

 俺の前足を不意打ちで貫いたスキルだ。

 俺はやや背後に下がりながら、爪で軌道を逸らし、金属柱を床へと落とす。

 金属柱は、床を貫いて大穴を開ける。


 続けてローグハイルの周囲に光が生まれ、次は四本の柱が生まれた。

 あいつ、ここまで連打できんのか。

 このスキルは、俺の巨体だと、この狭い通路で回避するのは至難の業だ。

 軌道を逸らすしかない。


 俺は背後に下がり、金属柱へと備える。

 放たれた四本の金属柱が、超スピードで俺へと迫る。

 背後へ下がりつつ、再び爪で捌く。

 ギリギリだが、対応できない速さじゃねぇ。


 が、俺が聖柱とローグハイルに気を取られている間に、サーマルが、俺を避けてアロ達の後を追おうとする。

 俺は体勢を崩し、せいいっぱい爪を伸ばし、横を駆け抜けようとするサーマルの身体を狙った。

 取った、と思った。

 だが、サーマルの身体が不意に崩れた。

 俺の爪が空振る。緑の水溜りのような姿になったサーマルが、俺から距離を取ったところで再び人の姿を取り戻す。


 俺は翼に意識を向ける。


 ここでちっとでも時間を稼いでおけば、アロ達が逃げられる可能性も上がる。

 アロに、サーマルの相手はまだ早すぎる。

 ランクは同じB+だが、レベルの開きが大きすぎる。

 アロの攻撃でサーマルにまともなダメージを与えることは難しく、逆にサーマルの攻撃の全てがアロにとっては致命打になる。


「ガァッ!」

『相方ァ! アノヤベェ棒、来テンゾ!』


 サーマルに向いていた俺とは違い、ローグハイルへと意識を向けていた相方が、俺へと思念を送ってくる。

 〖鎌鼬〗を紡ごうとしていた俺の翼の先を、ローグハイルの金属柱が貫いた。


「グゥッ……!」


 翼に溜めていた魔力が分散する。

 やっぱし、A級下位のローグハイルを相手にしながら、俺から逃げようとするサーマルへと意識を向けるのは無理があった。


『アイツ来テンゾ!』


 俺はローグハイルへと向き直る。

 ローグハイルは、老人の外見からは想像もつかない身体能力で跳び上がり、俺に迫る。

 ローグハイルが俺へと手を伸ばす。

 その腕の形がぶれて、絡み合う触手へと姿を変え、そのリーチを引き上げた。


 ……ミリアのことは、もうアロ達を信じるしかねぇ。

 とにかく俺は、この老人をぶっ倒す。恐らくこいつが、魔王の配下のナンバーワンだ。

 魔王以外の唯一のAランク級モンスターのはずだ。

 こいつを倒せば、魔王勢の戦力がかなり削ぎ落せる。


 ローグハイルが、自在に身体の形状を変える不気味な体術を操ろうとも、力は俺の方が上だ。

 近接戦闘なら望むところ……むしろ引き付けて、超至近距離の間合いで、さっさと殴り勝ってやる――そう考えていたのだが、迫ってくるローグハイルは、不気味な笑みを浮かべていた。

 悪寒を覚える。


 俺は引き付けるのを止め、間合いのすぐ外の範囲から、牽制する様に前足を振るった。

 ローグハイルの触手腕を、俺の前足の爪が引き裂いた。

 ローグハイルは早々に腕を引き、収縮させ、元の普通の腕へと戻った。


「ふむ、残念……」


 無表情にローグハイルは言った。

 奴の狙いが、薄っすらと分かった。

 あいつには、〖スキルクラッシュ〗というスキルがあった。


【通常スキル〖スキルクラッシュ〗】

【自身の粘液に相手を取り込み、特性スキル、耐性スキル、通常スキルより、スキルを消去することができる。】


 ……スキルの、デリート。

 他のスキルとは一線を画す、不気味なスキルだ。

 恐らくローグハイルは、 超至近距離での殴り合いへと縺れ込ませ、多少のダメージ覚悟で、俺のスキルを引き抜く算段だったのだろう。


 しかし……こうなると、ますますあのスライムの陰を感じる。


 俺はちらりと、背後を確認する。

 サーマルが、ボロボロの通路を駆けていくところだった。


 アロ達は、どのくらい逃げられただろうか……そんなことを考えていると、アロが曲がり角から唐突に飛びだした。

 手には、黒い球状の光が、脈打っている。

 これは〖ダークスフィア〗か?

 アロが使っているのは、初めて目にする。


 アロの手から放たれた黒い光が、螺旋軌道を描きながら、サーマルへと飛び込んでいく。

 サーマルの身体が吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 腕が抉れ、肘から先が落ちる。


「がぁっ! こ、この……」


 どうやらアロは、逃げる振りをして、ここで一撃入れておく算段だったらしい。

 アロが隠れて最大まで溜めた〖ダークスフィア〗の威力は、さすがにこのレベル差があっても、そう何度も軽々しく受けられる技ではないようだ。

 今回の奇策は見事にヒットした。


 アロはサーマルを一瞥し、素早く逃げていく。

 サーマルの新しい腕が伸びて、握力を確かめるように開閉する。

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