第172話

「ギヂヂヂヂヂィッ!」


 体勢を整えたばかりの俺に、大ムカデが接近して来る。


 失敗したなら、やることは一つだ。

 俺は喉奥に魔力を溜め、大ムカデ目掛けて一気に吐き出す。


「グゥオオオオッ!」


 淀んだ瘴気の息吹が、大ムカデを襲う。

 〖病魔の息〗だ。

 効果が本格的に出るのは時間が掛かるからそっちの方面では期待できないが、目晦ましにはなる。


 スキルレベルが上がったら進化先が狂いそうで嫌だから〖灼熱の息〗を使いたいところだが、あれは若干向こう側が見えてしまう。

 実際、〖灼熱の息〗を足止め目的で使ったのに敵さんが迷わず突っ込んできた経験もある。


 大ムカデにはブレス攻撃程度じゃダメージ通りっこないだろうし、〖灼熱の息〗で止まってくれる線は薄い。

 その点こっちは端からダメージ目的ではないから、不気味に思って動きが数秒鈍ってくれることも考えられる。


 それに、スキルレベルなんてそう簡単にぽんぽん上がるもんでもないからな。


【通常スキル〖病魔の息〗のLvが3から4へと上がりました。】


 ……さすが神の声さんだよ、やってくれるぜ。

 お前のその、こっちが隙を見せたら確実に突きにきてくれる感じ、俺、本当に嫌い。

 教えてくれてるだけなのかもしれねぇけどさ。


 俺は瘴気の中、飛び上がる。

 大ムカデの頭を蹴りつけて翼を広げ、風に乗って距離を取る。

 瘴気を突っ切って顔を出した大ムカデに背を向け、また〖転がる〗で逃げ出した。


 〖くるみ割り〗による一撃KO作戦は失敗した。

 次からは向こうの対応も素早くなるだろう。

 そもそも、俺が宙に飛んだ時点から距離を取って着地を待たれたらお終いなのだ。

 この技は大ムカデが突っ込んでくることを前提にした、ある種、分の悪いカウンター技なのだ。

 向こうの行動に依存する。

 もう大ムカデ相手に〖くるみ割り〗作戦は使えねぇ。


 となると、他の作戦を使う他ない。

 まだ手はある。

 こっちも大ムカデの行動に依存するカウンターであり、〖くるみ割り〗作戦よりも不確定要素は大きい上に失敗したときの危険性も高いが、これしかもう手はない。


 逃げることを前提にしたときは、あの速度と攻撃力が問題になる。

 このとき重要なのは、自分がどれほど速く動けるかだ。

 だが倒すことを目的にしたときは、あの防御力が問題になる。

 重要なのは、あの大ムカデの甲殻をぶち破れるかどうかだ。自然と手段が限られてくる。


 次も破られたら打つ手がなくなるが、そのときどうするかは考える必要はないだろう。

 これが失敗したら、まず俺は死ぬ。殺される。

 今度こそあのムカデビームで打ち抜かれる。


「ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂィッ!」


 大ムカデの出す不快音は、卑怯者、ここまで来たら戦えと、そう罵っているように俺には感じた。

 勿論、正面から正々堂々と戦うなんてゴメンだ。そんなの絶対負けるもん。

 なぜ向こうが有利なように戦わねばならんのか。


 しかしこっちの疲弊のせいか、大ムカデがブチ切れたせいか、全然距離が開かねぇ。

 むしろどんどん狭まってきている。

 長くは持たない。

 モロに〖病魔の息〗を吸い込んだはずだし、このまま耐久レースを開催して丸一日逃げ仰せば〖呪い〗が進行して弱るのではとも考えたが、そんなことはできそうにない。


 追いかけっこが長引いたら、またムカデビームぶちかましてくるだろうしな。

 あれを避けきれるかどうかは、かなり分の悪い運ゲーだ。


 右側遠方に、大きめの丘が見えてきた。

 想定していた条件にぴったり合っている。

 うし、いける。今度こそ反撃に出てやる。


 俺は体力を使い切るつもりで、〖転がる〗の速度を一気に引き上げる。

 長々逃げる必要はない。

 ここで、もうちょっとだけ距離がほしい。


「グゥォォオオオッ!」


 無事に目的の丘の頂上を越える。

 うし、この位置関係なら一時的ながら、大ムカデから姿が隠れる。


 俺は一気に減速し、急カーブする。

 下りかけた坂を一気に駆け上がる。

 逃げていた方向から、正面衝突の方向へ。 


 このタイミングなら、あの大ムカデと丘の頂上でぶつかり合えるはずだ。

 かなり相手の行動に依存するが、勝算がないわけではない。

 いや、この手以外に、あの大ムカデを突破できる手段が思い浮かばない。


 だったら、やるしかねぇ。


 大ムカデの接近技には、二つの欠点がある。

 まず一つ目、大ムカデの接近技は、意外と隙が大きい。

 ビビりまくってた初回遭遇時にはほとんど気づけなかったが、モーションがかなりデカイ。

 もっとも、その分動きは速いが……それでも、しっかり見ていれば一発くらいなら躱せるはずだ。


 それから、二つ目の欠点。

 大ムカデはあれだけの巨体を持っていながら、攻撃パターンは口関係のスキルが主なのだ。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

通常スキル:

〖毒毒:Lv5〗〖穴を掘る:Lv6〗〖サンドブレス:Lv4〗

〖クレイウォール:Lv3〗〖麻痺噛み:Lv2〗〖酸の唾液:Lv4〗

〖熱光線:Lv4〗

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 毒を吐く、砂嵐の息吹を吐く、酸の唾を吐く、麻痺を付加する噛みつき攻撃、口を起点にぶちかますビーム。

 そう、アイツは、口からしかまともな攻撃を行うことができない。

 あれだけの巨体を持っていながら、だ。

 他のといえば、穴を掘るスキルと砂の壁を作る魔法くらいである。


 あの馬鹿デカイ身体の部分は、スキルと呼べるような攻撃手段を持っていない。

 身体を使ってできることといえば、せいぜい甲殻の硬さとスピードを活かして身体をぶつけるくらいだ。


 それだけでも脅威となり得るのがあの大ムカデの恐ろしいところだが、危険度は口から発せられるスキルに比べれば遥かに劣る。

 実際、側面から群がってきていた赤蟻にはほとんど無力なようであった。


 だから、行けるはずだ。

 丘の頂上で真正面からぶつかったとき、大ムカデを挑発しながらアイツの一撃を躱す。


 普通の衝突ならあっさりとあの大きな口に捕まってお終いだろうが、大ムカデはまだ俺が逆行していることに気がついていない。

 急に飛び出してきた俺に対して、ちょっとは反応が遅れるはずだ。

 命のやり取りにおいて、その『ちょっと』が大事なのだ。

 繰り出してくるスキルのキレも悪くなるだろう。

 不意打ちだからこそ、大ムカデの攻撃を往なす好機がある。


 頭の部分を凌げば、攻撃性能の薄い身体部分へと回り込むことができる。

 そっからが正念場だ。

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