第487話
進化したばかりのトレントのレベル上げも完了した。
アロ達だけでもB+複数をどうにか相手取れることもわかった。
そろそろ……初期からの目標でもあった、この最東の異境地の山頂へとこのまま目指してもいい頃合いかもしれない。
元々、あまり猶予があるわけではない。
不確定要素を残したままリリクシーラとの交戦に入りたくはないのだ。
だが、その前に、一度相手取っておきたい敵がいた。
俺がレベリング中に顔を合わせ、一度逃走を選んだ相手である。
幸い、以前に遭遇した方面を歩いていると、そう時間が掛かることもなく、奴と再会することができた。
【〖キラークイーン〗:A-ランクモンスター】
【視野に入ったもの全てを分解するという、強い意志に駆られている。】
【その性質により、〖ブギードール〗の多くは連戦を挑む間に体力が尽き、いずれ返り討ちに遭うのが常である。】
【だが、〖キラークイーン〗にまで至った〖ブギードール〗は、その存在こそが、疲労と敗北を知らない最悪の殺戮人形であることの証明となる。】
【通常〖ブギードール〗がここまで生き続けることは、確率的にはほぼあり得ない。】
そう、キラークイーンである。
キラークイーンはシンと同じランクであり、純アタッカータイプのパラメーターに自己強化スキル、そして変則攻撃スキルを合わせ持つ、この上なく恵まれたスキル構成を有する強敵である。
アロ達を山頂へ連れて行くべきか、滝の洞窟に残留させるべきか、別の場所でまだレベリングを行うのか、奴との一戦で決めることにしたのだ。
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種族:キラークイーン
状態:バーサーク
Lv :94/100
HP :822/1025
MP :488/511
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少女人形の隻眼が、周囲を取り囲むアロ、ヴォルク、人化ナイトメアと黒蜥蜴、木霊トレントをぎょろりと見回す。
長い関節の二つある四本の腕が伸び、口が大きく開く。
「ア、ア、アァアアアアアッ!」
奴はヴォルクより速く、アロより高い火力を持ち、トレントより硬く、ナイトメア以上のトリッキーさを持つ。
意味のある区分なのかどうかは置いておいて、恐らく世界最強の人形である。
ナイトメアとアロのスフィア系魔法スキルを左右の横跳びで回避し、アロの放った〖ゲール〗を突っ切って接近していく。
ダメージは二割強入っているが、まったく止まる気配がない。
本体の打たれ強さと〖バーサーク〗の興奮によるものだろう。
アロが事前に自身の目前に用意していた〖クレイ〗の塊を操り、自らを守る盾とする。
速度が桁外れな敵から身を守るには、他の支援を期待するか、事前に準備しておく他ない。
キラークイーンの三本の腕が、手にしたナイフをアロへと素早く振り下ろす。
「キャハハハハハハハハハ!」
呆気なく土の壁が破壊され、アロの身体の断片が辺りに舞った。
いや、後方から見ている俺には、すぐに違うと気が付ける。
アレは土を肉体に近づけて似せた、ただの囮だ。
本体は更に後ろへと下がっており、キラークイーンのナイフより逃れていた。
当然キラークイーンにもすぐ気づかれるが、ほんの一瞬でも勘違いさせることができれば、即座の追撃だけは避けられる。
俺達の目標は、ただの聖女打倒ではない。
一体も欠けることなく、奴を倒す事である。
アロ達には、上位の敵と戦うことになっても、とにかく生き延びることができる術を身に着けてもらう必要があった。
アロは土の塊を用意しているだけでなく、近接戦で盾とするため、片腕を土を纏わせて肥大化させていた。
「はぁぁあっ!」
ナイトメアの首根っこを掴みながらキラークイーンへと強襲したヴォルクが、後方へとナイトメアを放りながら剣を横に一閃した。
ナイトメアは敵に糸をつけておけば、相手の動きを利用し、格上相手に劣らない瞬間速度を出して追いかけることができる。
ただ通常状態のナイトメアはそれなりに重量があるために活かし辛く、存分に効果を発揮するため、ナイトメアには一時的に〖人化の術〗を使わせていたのだ。
キラークイーンの最後の腕が背後のヴォルクを向き、指先から極細のワイヤーを射出した。
あれはナイトメアにはなかったが、カオス・ウーズが持っていた〖断糸〗のスキルだ。
見え辛く、速く、おまけに威力まで高いという超便利スキルである。
四本の腕から自在にあの糸を繰り出せるからキラークイーンは厄介なのだ。
「ぐっ……!」
ヴォルクが身体を横に倒して〖断糸〗を避ける。
致命傷は避けられたが、腹を浅く抉られ、血が噴き出す。
続けて別の腕がヴォルクを延長線上に捉えた。
……そろそろ厳しいか、サポートに入るべきかもしれない。
そのとき、ヴォルクの剣が変異し、先端がやや膨れ上がった。
『〖ファイアボール〗!』
マギアタイトが、咄嗟にヴォルクの隙を補うために攻撃に出たのだ。
キラークイーンが〖断糸〗を諦め、腕で〖ファイアボール〗を掻き消す。
背後に投げ出されていたナイトメアが、ヴォルクの身体を糸で引き戻して間合いを取らせた。
ヴォルクと入れ替わりに、黒蜥蜴が〖転がる〗で加速した状態で、地上に円を描きながらキラークイーンへと突進していく。
格上相手に戦うには、保険を掛けつつ積極的に攻撃し、手数の差で相手の隙を作っていくしかない。
キラークイーンが、背後のアロと前方の黒蜥蜴へと二本ずつ腕を向ける。
そのとき、キラークイーンの頭上でトレントが〖タイラント・ガーディアン〗の姿を晒した。
ナイトメアから引き戻された際に、ヴォルクが木霊トレントを宙へと蹴り上げていたのだ。
『行きますぞ!』
トレントの身体が炎上し、炎を残したまま鋼鉄へと変わる。
黒い光が身体を纏い、一気に落下した。
猪突猛進型のキラークイーンもさすがにあれはまずいと察したのか、足を大きく曲げる。
……〖メテオスタンプ〗は、狙いがつけにくく、事前準備も時間が掛かる。
キラークイーンは的となる身体が特別大きいわけでもない。
奴の素早さならば、あの位置からでも逃れられる。
が、キラークイーンの足の二つの関節に、土の腕が絡みついて動きを封じていた。
最初にキラークイーンが突撃して粉砕したアロの〖クレイ〗の盾が変形したものである。
キラークイーンの足の一本が、関節部で破裂した。
強引に力押しでの突破を優先したようだが、代償に失敗した足の一本を失っていた。
おまけに本来の瞬発力を発揮することもできなかったらしい。
「キャハッ……」
『〖メテオスタンプ〗!』
トレントさんの高温超質量の落下体当たりを受けたキラークイーンが弾き飛ばされる。
頭部が半壊し、足と腕の数が一つずつ減っていた。
これで二本足三本腕になったので、元よりは人間的な外見になった気がしなくもない。
キラークイーンの着地と同時に、黒蜥蜴の〖転がる〗がヒットした。
キラークイーンは地面に身体を打ち付けながら、転がっていく。
撥ね飛ばされたキラークイーンの身体が人形的な動きで再び持ち上がるも、身体中に罅が入って砕け散り、地面に崩れ落ちた。
キラークイーンの目がゆっくりと閉じられる。
その場の空気が和らいだ。
……が、まだ奴のHPは残っている。
「まだ気を抜くな!」
警戒を促そうとしたが、先にヴォルクが声を発した。
キラークイーンの目が見開き、口から〖断糸〗が放たれた。
今までの中でも更に一段速い。
離れた位置におり、警戒して下がっていたアロの肩を貫通していた。
「キャハハハハハハハハハ!」
キラークイーンの頭部が外れ、糸を辿って一直線にアロへと突撃していく。
アロは肥大化させている片腕を振るい、キラークイーンへのカウンターに合わせる。
衝突した際に、アロの肥大化させた腕が爆ぜ、本人も大きく弾き飛ばされた。
だが、身体を引き摺りながら起き上がり、遠くに転がるキラークイーンの頭部を見て、安堵したように笑った。
キラークイーンの額から顎に掛けて、亀裂が入る。
「ア……ア、ア、アアァァァアアアアッ!」
キラークイーンが粉々になり、後に塵が残った。
今回、俺は最初に意識を引いて陣形ができるのを待っただけで、完全にノータッチだった。
ついに、ほとんどアロ達だけでA級下位を仕留められたのだ。
……これなら、山頂付近へ連れて行っても大丈夫かもしれない。
ただ、あそこへ向かうのならば、万全の状態で連れて行きたい。
ちらりと、ナイトメアとマギアタイト爺のレベルを確認する。
ナイトメアは【Lv:64/70】……そして、マギアタイト爺は【Lv:65/70】まで伸びている。
進化が近い。
今日は手頃な狩りに徹し、明日、この地の山頂を目指すことにしよう。
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