第112話

 俺は口内に先ほど助けた獣人を入れたまま〖転がる〗で移動し、玉兎を捜す。

 かなり走りはしたものの、玉兎と別れた場所はだいたい覚えている。

 寝る前に玉兎と二体掛かりで喰い潰したサボテンが目印になってくれるはずだ。


 早く玉兎を見つけなくてはいけない。

 向こうが大きく移動してたら見失ってそのままはぐれることになっちまうかもしれねぇし、目を離している間に他のモンスターの餌になっている可能性もあり得る。


 それに俺がさっき助けた獣人は巨大ムカデの攻撃を直接は受けてはいないものの、走っている馬車から突き飛ばされたせいで怪我を負っている。

 先に落とされた人がクッションになっていたようで見かけ上は軽傷のようだったが、HPの減少は大きい。

 元々、あまりいい生活は送っていなかったようだし、身体が脆いということもあるのだろう。

 おまけに状態異常〖昏睡・流血〗になっており、HPが減りつつある。


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〖ニーナ・ニーファ〗

種族:フェリス・ヒューマ

状態:昏睡・流血

Lv :7/60

HP :8/25

MP :22/22

攻撃力:21

防御力:18

魔法力:17

素早さ:25


特性スキル:

〖気配感知:Lv1〗〖暗視:Lv1〗

〖動体視力:Lv2〗〖グリシャ言語:Lv3〗


耐性スキル:

〖飢餓耐性:Lv3〗〖毒耐性:Lv1〗

〖物理耐性:Lv2〗


通常スキル:

〖噛みつく:Lv1〗〖引っ掻く:Lv1〗

〖鳴き真似:Lv2〗〖バインド:Lv1〗


称号スキル:

〖獣人:Lv--〗〖狩人:Lv2〗

〖曲芸:Lv2〗〖スレイブ:Lv--〗

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 この獣人は、名前をニーナというらしい。種族、〖フェリス・ヒューマ〗か……。

 獣人の種族なんだろうが、洞穴で出くわした女剣士の横にいた奴とはまた違うようだ。

 あのハンマーを持った女の子は確か〖カニス・ヒューマ〗だったか。

 同じ獣耳ではあったが、あっちは犬耳っぽかったように思う。

 それに対し、ニーナの頭についているのは猫耳のようだ。


 ……つーか、称号スキルの〖スレイブ〗って、奴隷のことだよな。

 身に纏っているものもボロボロの布だし、真っ当な生活送れてる身分じゃねぇってことは想像ついてたけど、こうしてはっきりと思い知らされるとなんだかショックだ。

 馬車に詰められていた他の獣人達も、全員奴隷だったんだろうな。

 生活苦で親に売られたのだろうか。


 見覚えのある形の丘を見つけ、俺は〖転がる〗を解除する。

 少し離れたところにサボテンの残骸の山が見える。


 間違いない、ここが玉兎と別れたところだ。

 まだ眠っていてくれると助かったんだが、さすがにそういうわけにはいかなかった。

 玉兎が埋まっていたはずのところに小さな穴ができている。すでに目を覚まし、這い出てきた後なのだろう。


 砂嵐に消されたのか、玉兎が身体を引き摺って移動した跡も見当たらない。

 参った。これじゃあまったく足取りが掴めねぇ。


 俺は近くにいることを祈りつつ、〖気配感知〗で周囲を探る。

 サボテンの残骸の方から、ちょうど小動物くらいの気配があった。

 ……近くにいてくれたことは嬉しいけど、あいつ、何やってるんだ。


 俺は玉兎の気配を探りつつ、サボテンの残骸を漁る。

 棘で引っ掻き傷だらけになりながらも、サボテンの皮の裏側を懸命に齧っている玉兎の姿があった。

 本当に何やってるんだこいつ。


 玉兎は物音に気付くと、ぴんと耳を垂直に立て、俺を振り返る。


「ぺふっ? ぺふぅっ!」


 玉兎は齧りついていた皮を吐き捨て、俺へと真っ直ぐに向かってきた。

 それからまたペチペチと俺の足へ耳で攻撃を仕掛けてくる。

 置き去りにされたと思い、怒っているのかもしれない。


 俺はサボテンの残骸から離れ、口の中に入れていた獣人を砂と共に吐き出す。

 首を逸らして咳き込み、喉に入った砂を追い出す。


「ぺふぅ?」


 玉兎はニーナを見てから、俺へと視線を移す。

 それからまたニーナへと視線を戻し、ぺろりと舌舐めずりをする。

 俺は指で、軽く玉兎を小突く。


「べふっ!」


 こいつ……人間食べるのか?

 豹とラクダ喰って、同種でもなんでもない人間を喰わねぇ理由はねぇのかもしれねぇが、この玉兎には控えてほしい。

 一度でもこいつが人間ばりばり捕食してるとこ見ちまったら、もう頭に乗せて歩ける気がしねぇぞ。


 とりあえず身振り手振りで必死に玉兎に状況を伝える。

 獣人の出血を指差し、困っているように俺は手を左右に振るう。


 玉兎はラクダの経験値を得て〖レスト〗を覚えたはずだ。

 あれがあれば、ニーナの出血を止められる。出血さえ止まれば、とりあえず命の危機はないはずだ。


 玉兎はニーナをじっと見た後、サボテンの皮の断片を耳で持ち上げる。

 そしてサボテンの皮をチョークのように扱い、砂の上に絵を描き始める。描き終えてからサボテンの皮を遠くへと放り投げ、何事もなかったかのように耳を地面に垂らす。

 玉兎……お前、そんなことできたのか。


 拙いものではあったが、何の絵かはすぐにわかった。

 間違いなく肉の絵だ。


 俺は了承の意を示すため、頷く。

 わかったわかった、また肉取ってきてやっから! 塩つけて焼いてやるから!


 玉兎は俺の様子を見ると嬉しそうにニーナの真横まで移動し、「ぺふっ」と鳴いた。

 小さな光が玉兎の頭からすっと飛び出てきて、ニーナの身体へと入り込んで行く。

 見る見るうちに傷口が塞がっていき、青白かった肌が生気を取り戻していく。


 ステータスを確認すると〖流血〗の状態異常が消えており、HPも完全にではないにせよ回復していた。

 俺がほっと一息吐いたところで、〖昏睡〗が〖昏睡(小)〗へと変化した。


 安心が、一転して焦りに変わる。

 ……これ、ニーナが目を覚ましたらどうすりゃいいんだ。

 俺見たら絶叫して逃げ出すこと間違いなしだし、かといってこんな砂漠の中で一人で歩かせたら間違いなく死ぬだろうし……。


 目を覚ますより先に、あの高い壁に囲まれた街に送り届けるべきか?

 いや、そんな時間は多分ねぇぞ。もう、すぐにでも起きちまいそうだ。


 そもそも本当にあそこに連れて行っていいのか?

 方向から考え、元々あの馬車が向かっていた先はあの街のはずではあるが、ニーナの主人は奴隷を片っ端から蹴落として巨大ムカデの餌にしようとしたあのデブヤローだ。

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