第113話

「う、うう……にゃぁ……」


 獣人の少女、ニーナが小さな声で呻く。

 自分の身体を強張らせ、砂地の上で身体を丸める。


 彼女は、まだ起きてはいない。

 起きてはいないが、起きるのは時間の問題だった。


 やべぇって、どうするよ、どうするよ俺。

 結局どうするのか、何も考えてねぇぞ。

 俺が出てったら、多分この娘、恐怖で卒倒するよな。

 俺、隠れといた方がいいのか? 玉兎に任せちまうか?


 つっても状況をしっかり理解した上で、あの娘をどこに連れて行くか決めなきゃいけないわけで……そう考えれば、いつまでも俺が隠れてるってわけにもいかねぇ。

 意識が戻ったからって砂漠にほっぽりだしたら、モンスターの餌になるのは目に見えている。


 やっぱり、俺がなんとかしなくては。

 敵意がないことを全力でアピールするんだ。

 なるべくアホっぽいことをしよう。こんな奴が人間襲うはずがないって、そう思わせたら俺の勝ちだ。そうだ。

 どうする?

 玉兎に穴を掘ってもらって、そこに頭だけ埋めてニーナが目を覚ますのを待つか?


「ん、あぁ、にゃぁ……」


 ニーナがまた口から言葉を発し、腕を持ち上げ、手の甲で前髪を左右に避ける。

 あ、もうこれ、起きる奴だ。

 何か、何か……そ、そうだ、俺には〖人化の術〗があるじゃねぇか!

 進化のおかげでスキルLv3にまで上がっている。これはそこそこの質が期待できる。


 深呼吸をして、心を落ち着ける。

 あれ、結構しんどいんだよな。

 身体が無理に圧縮されて、HPと攻撃力と防御力が大幅に減少するし。

 後、MPの消費が一秒に1だったか。


 えっと今、俺のステータスは……と。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖イルシア〗

種族:厄病竜

状態:通常

Lv :22/75

HP :260/260

MP :199/199

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……199秒、持つのか。

 199秒、三分と十九秒。

 や、やっぱりこれ、きつくないか?

 いや、いけるはずだ。カップ麺作っても十九秒お釣りが来るぞ。


 この199秒で俺が無害であることをアピールし、ニーナの事情を聞けばいい。

 俺ならできる、俺ならできるはずだ。


 ニーナの目が開くのが見えた。

 悩んでる時間はねぇ、〖人化の術〗だ。


 強烈な熱が、俺の身体を襲う。身体の中身が、熱で溶かされ萎んで行くようだ。

 この感覚も三度目になる。最初はビビったが、今ではそれほど忌避感もねぇ。

 熱いし、痛いことには変わりねぇが。


 どんどん俺の身体は小さくなり、5メートル近い全長が2メートルちょっとにまで圧縮された。


 俺は目を開き、自分の腕を見る。黒い鱗に覆われた、屈強な腕だ。鋭い爪も健在である。

 強そうなのはいいんだけど……これ、ただの人型の魔物だよな。

 多分俺、すっげー悪そうな面してるんだろうな。

 自分で見れないのが余計に不安だ。


 つっても完全に人間になっちゃったら、今は服がないからそれはそれで見苦しい感じになっちまうんだろうけど。

 いや、多分今の悪魔みたいな姿よりはそっちの方がまだ好印象だとは思うんだけどな。


「ぺふぅっ!?」


 玉兎が大声で鳴き、耳をピンと垂直に立て、さっと俺から距離を取る。

 めっちゃ警戒されてんじゃねぇか。

 やめろよ、そういう反応。この姿でニーナから信頼を勝ち取らなきゃいけねぇのに、自信失くしちゃうから。


 やっぱりこれ、ドラゴンより迫力のある面構えになってるんじゃねぇのか。

 人型にしては口デカいし、牙もあるからな。


 ええい、尻込みしてる場合じゃねぇ。

 この姿でいられるのは三分ぽっちなんだ。

 今の内にニーナから信頼を勝ち取らねばならない。


 俺がニーナの方を見ると、彼女は目を閉じ、砂の上に横たわっていた。

 え、なんで目、閉じてるの?

 ひょっとして、あの後また意識を失ったのか。

 かなり衰弱しているようだったし、まだ身体が疲れているだろう。あり得ないことではない。


 でも、それ、俺が困るんだけど!

 こんな人化しては元に戻ってを繰り返してたら、MPどんどん減ってくぞ。

 肝心なときに枯渇してましたじゃ話にならない。

 彼女には悪いが、一旦起きてもらうことにしよう。


 俺は爪を立てないよう気をつけながら肩に手を回して抱き起し、身体をゆっくりと揺らす。

 そうだ、今なら、声出るんじゃねぇのか?


「グァ、ア”、ア”ア……アア、イ”、イイイィ……ヴ! ヴ! ウ!」


 いける。

 人間そのものとはいかねぇが、ドラゴンのときよりも声帯が人間に近いようだ。

 これなら会話も成立するはずだ。


 でも、何を言えばいいんだ?

 話す内容とか、ぜんっぜん纏まってないぞ。

 某RPGみたいに『ぼくはわるいドラゴンじゃないよ』的な感じでいけばいいのか?


「オ、オ、ギ、オ、オギ、ヴェ。ヴェ、ヴェ、エ、オキ、ヴェ、ウ、レ」


 起きてくれっていうだけで一苦労だな。

 でも、段々コツは掴んできたぞ。


「う、うう、にゃ……」


 ぱちり、ニーナが目を開いた。

 俺の顔を見て、顔を青く染める。


「あ、ああ、あ……」


 恐怖のあまり、声も出ないらしい。

 ニーナは丸い猫目を見開き、パクパクと口を動かす。

 ……これじゃあやっぱし、ドラゴンと変わんなかったんじゃねぇのか。

 いや、いける。まだ逆転はある。


「た、食べにゃいで……。ニ、ニーナ、おいしくない!」


 やっぱりこれ、ドラゴンと変わんなかったな。


 ニーナは俺の腕から逃れようと、弱々しくながらにもがく。

 俺は彼女からそっと手を放し、一歩距離を取る。


 えっと、残り何秒だ。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖イルシア〗

種族:厄病竜

状態:人化Lv3

Lv :22/75

HP :130/260

MP :97/199

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 もう半分切ってるじゃねぇか!

 後、97秒……一分、三十七秒。


 もう彼女の事情を聞き出すことは諦めて、とにかく信頼を得ることに専念しよう。

 あ、そうだ。食べ物とか準備しておいたらかなり印象違ったんじゃねぇのか。


 痩せ細っている身体を見るに、腹を空かしていることは間違いない。

 馬車から蹴飛ばされていたあの扱いを見るに、砂漠では貴重な水分をしっかりもらえていたかどうかも怪しい。

 喉も渇いていることだろう。

 あのサボテン、食べやすいように準備しておくべきだった。俺の馬鹿!

 どうするよ。ここにはもう、玉兎の喰い散らかしていた残骸しかねぇぞ。


 玉兎の肉とか柔らかくて美味しそうだけど、あいつを調理するのはさすがに嫌だぞ。

 美味しそうだけど。


 ああ、もう、そういうこと考えてる場合じゃねぇ!

 とにかく今は、敵意がないことのアピールだ。

 食糧調達は、〖人化の術〗が解けてからでもできる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る