第516話 side:ヴォルク
我はレチェルタの背に跨った。
我はレチェルタ、マギアタイトと共に、空から聖騎士達を攻撃する。
そしてアロ、アトラナート、トレントは、地上にて接近してきた聖騎士を攻撃する。
そういう算段になっている。
これで敵方に空の利を十全に活かされ、一方的に攻撃を仕掛けられることは避けられる。
この場に聖女や蠅王ベルゼバブが乗り出して来れば対処は困難であるが、敵側は主戦力をイルシアに固めてぶつけたがるはずだ。
本陣を向かわせてくるような真似はできないだろう。
「……ソロソロ、来ル」
アトラナートが呟く。
言葉に続き、空の霧に無数の影が浮かんだ。
……聖騎士の竜騎兵が、二十、いや、二十五といったところか。
レチェルタが頭を下げ、我へと確認する様に目を向ける。
「うむ、飛んでくれ! これより、聖女の雑兵共を迎撃する!」
「キシィッ!」
レチェルタが蝙蝠に似た暗色の翼を広げ、地面を蹴って宙へと飛翔する。
我はマギアタイトの化けている〖黄金魔鋼の霊剣〗を手に構える。
二人の竜騎兵が、先陣を切って我の前へと現れる。
左右に分かれ、挟み込む様に我へと飛来してくる。
レチェルタの頬が、膨らんだのが見えた。
「何を……」
「キシィッ!」
レチェルタが口より、勢いよく毒霧を噴出する。
我へと向かってきていた騎竜が目を瞑り、進路を崩す。
「クッ! 一度間合いから逃れ、仕切り直すぞ!」
竜騎兵の片割れが叫ぶ。
左右に広がり、我から離れていく。
「マギアタイトよ、頼んだぞ」
我はそう言って剣を掲げ、腕を伸ばして横に一閃した。
剣が変形して刀身を伸ばす。
「なっ……!」
マギアタイトの刃は、確かに間合いから逃れていたはずの竜騎兵の片割れの腹部の装甲と、騎竜の翼を斬った。
騎竜が激痛に雄叫びを上げて身を捩る。
だが……どちらも、致命傷に至る深さではなかったか。
一人は血の溢れる鎧の割れ目に手を当てて歯を食い縛りながら、大きく迂回して上空へと戻っていく。
もう一人は騎竜に〖レスト〗を使いながら、不安定な軌道で地上へと落ちていった。
「確実に一人を狙った方がよかったかもしれぬな。この数の差は、地道に埋めていくしかあるまい」
我は上空を睨む。
空に舞う竜騎兵達が、額に皺を寄せ我を睨んでいた。
「なんて出鱈目な奴だ……」
「騎竜や剣もそうだが、本体も化け物ではないか。所詮、野良の冒険者ではなかったのか。一振りでゼフィールを打ち落とし、我ら聖騎士の鎧を砕くなど、想定以上の剛力であるぞ」
「近接だけで落とすのは不可能だ! 囲んで魔法を放つぞ!」
数名の竜騎兵達が我へと目を向ける。
「面白い、やってみせるがいい。十でも二十でも構わぬぞ、腑抜け共」
「貴様……!」
剣を構えた竜騎兵が飛び出しそうになったとき、背後に控えていた男が前に出て、剣でそれを制した。
「お前達は下の魔物共をやれ。少し、興味が出て来た。あの男は、余が引き受けよう」
「ア、アレクシオ様……! はっ! 承知致しました!」
前に出たのは、金髪碧眼の長身の男だった。
真面目振った、いかにも騎士らしい顔つきの連中が多い中、そいつの目は、狩りを楽しむ獣のそれであった。
乗っている騎竜の翼が、周囲の騎竜に比べて大きい。
恐らく、一級品の騎竜なのだろう。
アレクシオの名は聞いたことがある。
リーアルム聖国最強の剣士にして、聖騎士団の団長、アレクシオ・オズロードに間違いない。
「竜狩りヴォルクよ、その命、余がもらい受けるぞ」
アレクシオが剣を構える。
薄く、長い。
実戦での破損を恐れていないからこそできる形状……特殊な魔金属を用いているのだろう。
銀鏡の刃が、陽の光を反射していた。
美しい。
「なるほど、いい剣だ。……少し、厄介な相手が出て来たな」
「少し、とは随分と言ってくれる」
我は尻目にアロ達を見る。
既に向こうにも騎竜共が向かっている。
……今回の我の戦いの目的は、アロ達が空中より一方的に攻撃されぬよう、滞空している連中を散らすところにある。
アレクシオにばかり注意を払うのは本来の作戦からは外れてしまうのだが、意識を逸らしたまま戦ってよい相手ではない。
「強者と剣を交えるのは嫌いではないが、今はあまり余裕がないのでな。すぐに終わらせてもらう」
「ほざけ、竜狩り!」
言葉とは裏腹に、アレクシオは楽し気に笑う。
アレクシオの騎竜が嘶き、我へと向かって来る。
「魔法は苦手と聞くが、どうだ?」
アレクシオの剣先に光が宿る。
振るわれた刃より、業火の球が放たれた。
「〖ファイアスフィア〗!」
レチェルタが軌道を変えようとする。
だが、心配は無用だ。
「我に任せよ!」
業火の球を、剣の腹で受ける。
業火の球は腹を滑り、軌道を変えて我の横を抜けて行った。
〖黄金魔鋼の霊剣〗には高い魔法耐性があるため、魔弾を受け止め、弾くことができるのだ。
〖破魔の刃〗で魔弾を断った方が確実性は高いが、あれは魔力を消耗するために回数が限られる。
「面白くなってきたぞ、竜狩り! これはどうだ? 〖ルナ・ルーチェン〗!」
奴の剣が弾く陽の光が、指向性を持った無数の熱の塊となって我へと向かって来る。
レチェルタが高度を下げて回避する。
避け切れなかった光を、我が剣を振り回して弾く。
アレクシオが一直線に向かって来る。
我は剣を大きく振った。
「〖衝撃波〗ァ!」
「〖衝撃波〗!」
我とアレクシオが、ほぼ同時に剣を振った。
丁度中間の辺りで剣撃が衝突して爆ぜる。
「キシッ!」
レチェルタが口から毒霧を噴出してアレクシオを牽制する。
「構うな! 突っ込めゼフィール!」
アレクシオが叫ぶ。
毒霧へとアレクシオが飛び込むのがわかった。
「キシィッ!?」
レチェルタが困惑の声を上げる。
……視界が潰れたこの状況では、剣の動きを読むのは困難だ。
我も、まさか奴がこう出て来るとは思わなかった。
これは技量よりも、勘と剣の速さの戦いになる。
「はぁあああっ!」
「もらったぞ竜狩りィ!」
剣が、交差する。
手が痺れる。なんという、力の持ち主だ。
これほど剛力の人間と剣を交えたことはない。
我は、ほとんど魔法を使えない。
だが、代わりに剣に天賦の才があったと、己のことながらに我はそう考えていた。
人には割り振られる才能の値があり、我はそれが剣に傾いていたのだと。
そして、それはきっと、イルシアの時折口にするステータスというものと同じものなのだろう、と。
しかし、この男は違う。
魔法を戦闘に取り入れられるほど自在に扱え、同時に我以上の膂力を有している。
こんな男が、聖国にはいたのか。
「だが、ここで押し切られるわけには……!」
「なるほど、この余と張り合えるとは、大した力の持ち主よ!」
アレクシオが剣を浮かせ、即座に別方向から打ち込んでくる。
辛うじて剣を持ち替えて防いだが、速く、重い一撃であった。
アレクシオが我が剣を弾き、横を通り抜けていく。
大きく旋回し、再び我へと剣を向ける。
「本当に久々だ、余とまともに打ち合える人間はな。惜しいものだ……聖女様の命でなければ、少しばかり遊ばせてもらいたいものなのだが。次で、終わりにさせてもらうぞ」
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