第177話
翌日、俺は沼の傍で身体を起こす。
疲労はすっかり抜けている。
ニーナがハレナエで処刑されるまで、後三日の猶予しかない。
なんとか今日か明日の内に進化まで持っていきたい。
今日の目標は赤蟻である。
赤蟻は一体一体がCランクの上に数が多い。経験値の山だ。
経験値的な意味では大ムカデ以上のポテンシャルが期待できる。
つっても……大ムカデでも、集られて瀕死まで追い込まれてたみたいだからな。
無策で蟻の巣に飛び込んだらもみくちゃにされて殺されることは目に見えている。
昨日一気にレベルが上がったものの、まだ俺のステータスは大ムカデにすら遠く及ばない。
せいぜい一度に相手できる赤蟻の数は三体が限界だ。
四体だとどっちに転がるかはわからない。五体を相手にしたら多分、ほぼ確実に負ける。
大ムカデみたいに大群に囲まれたら逃げることすらままならず死ぬ。
あそこから逃げ切った大ムカデは凄い。素直に尊敬する。さすが砂漠の主。
いや、俺が倒したんだけど。
外に出ている赤蟻を倒してレベルを上げていくのが堅実か。
進化して大幅にステータスが上がれば、巣の中に突撃していくのもありかもしれないが。
でもそれで間に合うかなぁ……警戒されたらやり辛くなるかもしれねぇし。
結構あいつら、集団で動いてなかったか?
そうだ、そういえば、〖病魔の息〗吹きかけてたな。
あれで弱ってくれてねぇかな。
無理か、吹きかけてから距離を置いていたから、呪いの効力が発揮されていない可能性が高い。
でも、この考え方は案外悪くないのではないだろうか。
俺の前世では、蟻の駆除の方法として、毒餌を巣に持ち帰らせて一網打尽にするというものがあった。
蟻は巣に餌を持ち帰り、仲間内で分け合う習性がある。
この作戦を実行するには膨大な量の肉が必要だ。
ちょうど俺の倒した大ムカデがある。あれを使えばいい。
甲殻から中身を引き剥がして虫団子を作って、俺の〖毒牙〗で魔改造すれば毒餌のできあがりだ。
後はそれを蟻の巣の傍に置いてやればいい。
俺の〖毒牙〗はLv3だし、このくらいでは死なないだろうが、むしろそれはありがたい。
多分、離れた所から毒殺してもLvは上がらないだろう。
なんの経験も積んでいないし、経験値はもらえないのではないだろうか。
玉兎のレベル上げをしているときにも思ったより上手く上がらず、経験値貢献度分配制説が俺の中で上がっていたし。
毒で弱らせることができれば、その間に一網打尽にできるかもしれねぇ。
もっとも気長な作戦になるし、上手く行くという保障もない。
上手く毒が広がらない可能性もあるし、弱っている相手だと経験値が下がる可能性もある。
様子見が必要なため、無駄な時間を取られる結果になるかもしれない。
不確実性が高いため、時間の消耗はキツイ。リスクが大きい。
だが、その分嵌ればデカいはずだ。
元より安全な方法でレベル上げを急速に行う手段などない。
早速アドフと玉兎を連れ、大ムカデと決着をつけた場所へと戻った。
身体を半分砂に埋めている大ムカデの半身を見つける。
「ほ、本当にあの大ムカデを仕留めたのか! あの巨体が真っ二つに!」
アドフが興奮したように叫ぶ。
いや、あれ真っ二つにしたのは本人の出してたムカデビームなんですけどね。
俺が力技であんなんできるって期待されても困るぞ。
大ムカデの傍には、以前見たことのあるハイエナっぽい獣が集まっていた。
数は前と変わらず八体だ。
確か、種族名はイァンイァンだったか。
大きいのが二体、中ぐらいのが四体、小さいのが二体いる。
「アエッ!」「アヴェ?」
大ムカデを見てはしゃいでいるようだった。
アドフ同様、大ムカデが真っ二つになって死んでいるのが珍しいのか?
いや、そういう感じじゃねぇな。
どっちかというと、御馳走見つけましたって雰囲気だ。
イァンイァン、肉柔らかそうだし喰ったら結構美味そうなんだよな。
ただ、ああいう無邪気なのを見ちまうと襲う気力を削がれちまう。
家族っぽいし。
「あぇっ……」
子イァンイァン、結構可愛いんだよな。
つぶらな瞳で大ムカデを眺めながら、前足で額を掻いていた。
ヤベェ、あの仕草ツボだ。割とマジでペットに飼いたい。
俺もキッズドラゴン時分、手を振るのではなくしゃがんで手で目を擦っていたらドーズも笑顔で駆け寄ってきたかもしれない。
いや、今からでもチャンスあるか?
今度機会があったらやってみよう。
俺近づいたら逃げちまうだろうから、遠くからちょっと様子を見守ってみるかな。
ちょっと持ってかれたくらいじゃなくならないし、喰いたけりゃ喰えばいい。
俺はムカデ喰うのは遠慮したいしな。
芋虫はなんとかいけたが、あれは無理だわ。
足の数……のせいではないか。芋虫もいっぱい足あったしな。
「ぺふっぺふっ!」
背中から玉兎の抗議の声が聞こえてくる。
『ヤ! イヤ! 早ク散ラシテ! 食ベル分減ル!』
……お前、あれ食べたいのか?
多分、止めといた方がいいと思うぞ。
偏見だが、長靴味しそう。
玉兎の言い分を無視し、距離を縮めずにイァンイァン一家を見守る。
「あぇあ……」
子イァンイァンが前足で大ムカデの切断面を爪で抉り、すんすんと臭いを嗅ぐ。
おうおう、喰え喰え。
こっちの食欲ボールは俺が抑えておく。
特別だぜ。
「へぐちっ!」
子イァンイァンはくしゃみをしてから眉をひそめ、前足につけた大ムカデの一部を砂に擦り付ける。
親イァンイァンがゆっくりと首を振り、俺とは反対側へと歩き出した。
中イァンイァン達は諦めきれなかったのか大ムカデの断面に鼻を近づけるが、子イァンイァン同様激しく咽ていた。
それからペッペッと唾を吐きかけ、親イァンイァンの後を追う。
ああ、なんてことしやがる!
しかし、なんだ。
よっぽど酷い臭いでもするんだろうか、あれ。
そんなキツかったら近づいた時点でわかりそうなもんだが……。
ひょっとして腐ってたのか?
いや、多少腐ってるくらい野生なら許容範囲だろう。
なんにせよ、イァンイァン達の食欲をそそる臭いではなかったらしい。
大丈夫なのか?
あれで赤蟻釣れるのか?
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