第176話
俺は〖気配感知〗を意識しながら、今まで大ムカデと追いかけっこを続けて来た道を引き返す。
多分、玉兎もアドフも元の位置からそこまで動いてないはずだ。
一面何も見えなかったら〖転がる〗を使ってみたり、空を飛んで遠くまで見回してみたりを繰り返しながら砂漠の地を進む。
その途中で、サボテンの近くで休んでいた三つ首ラクダを見つけた。
水分も肉も揃っている。
まさに鴨が葱背負ってやってきたようなもんだった。
容赦なく〖鎌鼬〗で襲撃し、玉兎とアドフへの手土産にする。
悪いな、三つ首ラクダ。
ここは弱肉強食なんだ。
三回目に飛んだとき、遠くに汚らしいドブ沼が見えた。
あのナメクジのテリトリーだ。
とはいえ、来るときに見たときは綺麗な湖だったように思う。
ということは俺が大ムカデと戦っている間に〖蜃気楼〗が解かれたということになる。
ひょっとして、あそこに玉兎とアドフがいるのだろうか。
いい目印になった。ナメクジもたまには役に立つ。
これを見越してナメクジを倒したんだろうか。玉兎ならあり得る。
ドブ沼に近づいてみると、玉兎とアドフがいるのが見えてきた。
一部分を〖クリーン〗で浄化し、水分を補給しているらしかった。
アドフは俺の足音を聞き、こちらを振り返った。
「戻ったか。どうやら、レベル上げを行っていたようだな」
おおう、人の口からレベルって聞くとなんかビビる。
あの勇者も〖ステータス閲覧〗を持っていたし、意外と浸透しているんだろうか。
「はっきり言うが、無理だ。たったの数日で越えられるような差ではない。イルシアは、強い。俺もかなり手加減されていたが、あの様だった。確かに卑怯な手も使われたが、あれがなくてもどの道勝つことはできなかっただろう」
普通ならそうだろうが、俺には〖歩く卵〗の経験値二倍チートがある。
命を賭して蟻の巣を滅ぼすくらいの勢いでいけば、追いつくのは難しくとも……油断しているところを一気に崩すくらいのことはできるはずだ。
ただ、これはアドフには説明し辛いなぁ……。
玉兎も経由しなきゃいけないし。
レベルが伝わっているのなら、スキルも浸透していると考えていいんだろうか。
どうにも、この辺りの感覚が分からない。
ひょっとしたら人間ならば〖神の声〗の正体も知っているんだろうか。
落ち着いたらその辺りも調べて行きたいところだ。
「だから、俺に任せてくれ。あの獣人族の少女を助けたいのだろう?
イルシアは俺が死んだと思い込んでいる。広場に人が大勢集まったところで、イルシアの言い分を突き崩してやればいい。成功すれば、教会とてアイツを庇いきれなくなるはずだ」
……名前が被ってるんだろうが、イルシアイルシアと連呼するのをやめてほしい。
正直、アイツと一緒にされるとあまり気分が良くない。
「竜よ、お前は砂漠で待っておいてくれればいい。必ずや、連れ帰って見せよう」
それで上手く収まるのならそうしたいところなんだが……あの勇者が、あっさりとそれで退場してくれるとはどうにも思えない。
アドフだって、単独でハレナエに乗り込んでも、犯罪者がのこのこと帰ってきたとみなされ、言い分も聞き入れてもらえずに牢戻り……なんてことも十分考えられる。
アドフは、俺がハレナエに入った場合の勝算の方が遥かに低いとみているのだろうか。
そのときは国が大混乱に陥るだろうし、それにアドフからしてみれば俺に対して負い目を感じているのかもしれない。
別にアドフがいようがいまいが、あの勇者は俺のところに来ていただろうが……。
しかし気を遣って大役を引き受けてくれたとしても、それが上手くいかなくてはどうしようもない。
俺としても人が大勢いるところに飛び込んで行くのはゴメンだが、今の状況ではそうせざるを得ない。
「グゥワッ」
俺は吠えながら、口の中にあるサボテンとラクダを吐き出した。
スピードを重視したため、四足歩行と〖転がる〗を切り替えながら移動していた。
手が使えなかったのだ。まぁ、火を通せば大丈夫だろう。
「これは……」
「グゥォッ」
「食べて、いいのか……あ、ああ、どうも……」
「ぺふぅ……」
玉兎もアドフも、あまり反応がよろしくない。
な、なんだよ、腹減ってるだろ?
焼くぞ? 焼いちまうぞ?
〖灼熱の息〗で焼けば、唾液は蒸発した。
玉兎は諦めたように食べていた。
アドフも一口食べた後は吹っ切れたように食べていた。
「グゥォッ」
俺は玉兎へと声を掛ける。
おい、ちょっとアドフに訊いてほしいことがあるんだ。
どこか、獣人の奴隷を安心して置いておける場所がないかどうか。
玉兎は噛みつきかけたラクダの頭部から口を離し、アドフの方を向く。
「ぺふっ」
『ニーナ、安心シテ、暮ラセル場所、ドコ?』
「にーな?」
アドフはそう言って首を傾げた後、「ああ、あの娘か」と小さく頷いた。
「……ない」
……やっぱり、そう都合いい場所なんてあるはずがないか。
無事に助けられたとしても、そこからが大変になりそうだ。
進化先で〖竜鱗粉〗を消せたらいいんだが。
「……ことも、ない」
あるのかよ。
変に勿体ぶった言い方しやがって。冷や冷やしたぞ。
ただ、アドフは言い辛そうだった。
何か問題があるのだろうか。
「だが、竜は入ることができないだろう」
ああ、そのことか。
残念ではあるが……そのことはとっくに覚悟済みだ。
アドフは俺の反応を見てから、言葉を続ける。
「ハレナエの近くには、アーデジアという国がある。最近アーデジアが獣人の多く住む国と条約を結びたいらしく、国間の仲を円滑にするため、ハレナエに対して獣人の奴隷を扱うな、解放しろと働きかけているのだ。アーデジアならば、ハレナエから逃げてきた奴隷だと聞けば喜んで手厚く保護してくれるだろう」
なるほど、そこならばニーナを連れて行くことも可能そうだ。
アドフに、砂へ地図を描いてもらうことにした。
アーデジアの位置は、丁度ここからハレナエを通過し、そのまま一直線に進んで行ったところになるようだ。
そりゃ反対側を進んでいても見つからないはずだ。
「グゥォッ」
ついでに、俺の移住先も考えてくれ。
ハレナエへ顔見せしちまったら、砂漠で暮らしていくのも難しくなりそうだからな。
人があまりいなくて、自然がそこそこあるところがいい。砂漠ではそれに結構苦労したからな。
「ぺふっ」
『俺達ノ、移住先モ考エロッテ。人、少ナイ。食ベ物、美味シイ』
まぁ食べ物大事だよな。
玉兎の翻訳を聞き、アドフは砂にまた地図を描き足していく。
「アーデジアから東に進んだところに大きな川があるのだが、この先を進んで行けば巨大な森がある。多くの英雄達が足を運んでは散っていった危険な地だと言われているが……この近辺で、その条件を満たすのはここだけだろう。この付近は、砂漠を囲むようにして国が密集している」
川沿いの森……?
もしかして、黒蜥蜴達のいる森のことなのだろうか。
巨大な森だというし、繋がっている可能性は高い。
「ただ人はまずいないだろうが……リトヴェアル族という、魔族に分類される危険な民族が住んでいるそうだ。俺も詳しくは知らないし、数は少ないと聞くので、あの大きな森なら会わない可能性の方が高いだろうが」
ええ……じゃあそれ、ダメなんじゃないのか……。
でも他は、人が行き来するような場所ばっかりなのか。
またすぐに兵隊さんが派遣されてくるのは目に見えている。
そこがやっぱし第一候補かなぁ……。
敵が強い方が、経験値も溜めやすいだろうし。
「他となると逆に進んだ方になるな。こっちの方が安全かもしれない。一度内乱中の国の上を越えることになるのだが、この……」
そっちの方が俺的には遠慮したいかな……。
この世界、危ない所しかねぇのか。
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