第178話
イァンイァン達が去ってからムカデの半身へと近づく。
切断面に鼻先をつけ、臭いを嗅いでみた。
なんというか……こう、生臭かった。
強烈というほどではないんだが、生臭かった。
多分、喰ったら吐きそうだ。
ドブ沼のアマガラシの臭いに似ている。
確かにこれは喰う気にはならねぇな。イァンイァンも唾を吐いて逃げるわけだわ。
玉兎も切断面を軽く舐めてから、顔色を変えて砂を喰っていた。
そうか、そんなにまずかったか。
大ムカデの半身を引き摺り、赤蟻の巣の近辺にまで戻る。
爪で中身をくり抜いて丸め、ムカデ団子を作っていく。
普通にグロテスクだった。もっとましなもんがなかったんだろうかと今更に後悔した。
滅茶苦茶生臭い。
なんかもう、臭いが目につく。涙が出てきた。
玉兎も物凄く嫌がってはいたが、ニーナのためだと思ってか団子作りを手伝ってくれた。
両耳で捏ね、素早くムカデ団子を量産していってくれている。
あの耳、本当に器用だな。俺より生産スピード速いぞ。
しかし、何個くらい作ればいいんだろうか。
巣単位の蟻の数は、種によって数十匹から百万匹にまで渡るといわれている。
赤蟻が一万匹もいたら、俺如きがどれだけ頑張っても対抗できる気がしない。
基本的に強い蟻ほど巣単位の蟻の数は少ない傾向があるという話だが、現実での常識がどれだけ通用するかなんてわかったもんじゃねぇ。
そもそもの話、蟻の強さと数が比例するなら赤蟻の巣は女王蟻一体じゃねぇと絶対おかしいからな。
俺が赤蟻の巣に入り込んだ時、俺に襲いかかって来たのが二十体くらいだったか。
大ムカデに集ってたのは三十体越えてたな。
見えてる分だけで五十体か。
でも最初偵察にきたのが二体だから……ひょっとしたら、五十体で全戦力なんじゃないのか?
つーか、あれで全部だと思いたい。
あんな赤蟻ぽんぽん産んでたら女王蟻も身体が持たないだろ。
巣以外で見たことはないから、千近くいるってことはあり得ない。
……まぁ楽観視はできねぇから、百くらいみといた方がいいな。
でっかいムカデ団子を百個作ろう。
ああ……爪の隙間にムカデ入った……。
クソッ! 取れねぇ、クソ!
ヤダ、もう、生臭い。これ進化したらなくなんのかな?
あ、ひょっとしたら玉兎の〖クリーン〗で消し飛ばせるかも。
アドフは俺達が何をしているのかわからないらしく、ぽかんと口を開けてこちらを見ていた。
「な、何をしているんだ? それを食べるつもりなのか?」
んなわけあるか、と言ってやりたいところだが、ここだけ見たらそう誤解されても仕方ないか。
玉兎、説明してやれ。
「ぺふっ」
『毒団子、作ル。手伝エ』
「む、むぅ……」
アドフも物凄く嫌そうな顔をしていたが、団子作りに加担し始めた。
ニーナとすぐ仲良くなってたし、アドフを顎で使えるし、玉兎本当にコミュ力高いな。
あと、邪竜に取り入って保護してもらってたしな。
客観的に見ると最後のが一番すごい。
人の心ぽんぽん読めるだけはあるわ。
作業を始めて一時間後、ついにムカデ団子が百個完成した。
アドフも玉兎も死んだような目をしている。
多分、俺もそんな目をしている。
だが、俺達はやりきった。作り終えたのだ。
後はこれを赤蟻に運ばせるだけだ。
……つーか、すげー生臭いけど、これ本当に赤蟻共喰うのかな。
見かけも恐ろしくグロテスクだし。
こんなもん舐めただけで吐くわ。
これだけ時間掛けて大ムカデ運んで、三体がかりで団子制作して何にもなりませんでしたとか今の状況だとシャレになんねぇぞ。
……ん?
そういや、団子作るだけじゃダメなんだよな。
一個一個、俺が〖毒牙〗で毒を付加しねぇと駄目なわけで……。
大ムカデの固い身体を強引に捏ねて作った、腐臭漂うムカデ団子。
正直、大ムカデの身体が固すぎてかなり歪な形になっている。
こ、これ全部、一個ずつ俺が噛んでいくのか。そういや、そういう作戦だった。
毒が染み渡るよう、しっかり噛みしめていくんだよな。
な、なんかすでに毒々しいし、このままでも大丈夫な気もするんだけどな。
いや、絶対こんなの喰ったら苦しむだろ。俺が噛むまでもないって。
……一個、試しに喰ってみるか。
これで俺に状態異常が入ったら、他のはもう噛まなくてもいいわけだし。
俺は目を瞑り、右の手で鼻を摘まむ。
そして左の手でムカデ団子を摘まみ上げ、口許へと放り込んだ。
「ぺ、ぺふぅっ!?」
『ド、ドウシタノ!? ナンデ!?』
男にはやらねばならんときがあるのだ玉兎よ。
ムカデ団子の味は、はっきりって最悪だった。
鼻は摘まんでいたが、むしろそのせいで生臭い独特の風味が行き場を失い、俺の口内を蹂躙した。
俺にはそんなふうに思えた。
思い返せば、ドラゴンになってから色んなものを喰ってきた。
その中でももう、ダントツのエグ味だった。
ゲテモノ中のゲテモノ、キングオブゲテモノ。
謎の渋みがあり、舌が縮むのを感じた。
やっぱし毒あるってこれ絶対。
胃の奥から、何かがせり上がってくる。
俺は口許を押さえ、必死に堪える。
もうこれ吐いちゃっていいか。
いや、喰わねば毒性はわからない。
ごくりと丸呑みし、自身のステータスを確認する。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
〖イルシア〗
種族:厄病竜
状態:通常
Lv :57/75
HP :365/365
MP :256/256
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完全に通常状態だった。
やっぱし〖毒牙〗しなきゃ駄目ですかそうですか。
俺は心を無にし、ムカデ団子ひとつひとつに噛みついていくことにした。
十個目くらいで挫けそうになった。
二十個目くらいでなんか一周回って美味しくなってきた気がした。
三十個目くらいでそれが気のせいだったと気付いた。
【通常スキル〖毒牙〗のLvが3から4へと上がりました。】
四十個目くらいで悟りが開けそうな気がしてきた。
五十個目くらいで意識が持っていかれそうになった。
六十個目くらいであの世が見えたような気がした。
【称号スキル〖ド根性〗のLvが2から3へと上がりました。】
七十個目くらいで臥薪嘗胆という言葉をなんとなく思い出した。
八十個目くらいで味がわからなくなってきた。
九十個目くらいでなんかもう癖になってきた。
全部を噛み終わった瞬間、目から涙が零れ出てきた。
【通常スキル〖毒牙〗のLvが4から5へと上がりました。】
【称号スキル〖ド根性〗のLvが3から4へと上がりました。】
やった……やりきったぞ、俺は。
後はこれを……赤蟻の巣に運ばせれば……。
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