第179話

 俺は赤蟻の巣周辺を駆け回り、赤蟻を探すことにした。

 アドフと玉兎は例によって遠くに待機してもらっている。


 とにかく奴らにムカデ団子を掴ませなければ何も始まらねぇ。


 あの団子を今から赤蟻の巣にまで運ぶのは不可能だ。

 量が多すぎて運び辛い。巣の近くで作るのはさすがに疑われそうだしな。


 赤蟻を捕まえ、無理矢理ムカデ団子を押し付ける。

 手に取ってもらえるかどうかは祈るばかりだ。


 正直、あのイァンイァン達みたいにムカデ団子に唾を吐きかけて去って行く可能性も十分ある。

 というか、そっちの確率が遥かに高い。

 俺が赤蟻なら、女王蟻様の元へこの汚らしい団子を運ぼうとは思えない。

 こんなん持ってったら不敬罪で打ち首待ったなしだろ。

 巣がムカデ臭くなるし。


 でも元の世界でも、蟻がバッタとか運んでるのは何度か見たことあるしな。

 俺はダークワームは喰えるが、バッタとかは今でも喰う気になれない。

 だからひょっとしたらムカデ団子でもワンチャンあるぞと思ってしまう。縋ってしまう。

 元より、今更このムカデ団子の山を捨てることなどできない。

 引き返すのならもっと早くにそうするべきだった。


 さすが大ムカデだ。

 死してなお俺の精神に大ダメージを与えるとは。

 しばらくは何喰ってもムカデの味になりそうだ。

 いや、俺のせいなんだけど。わかってるけども。


 辺りを見回しながら走っていると、三メートルくらいのサソリが赤蟻に囲まれているのが見えた。

 俺はさっと岩陰に隠れる。


 サソリは灰色をしている。

 二つの強靭な鋏が特徴的だった。


 対する赤蟻は、五体いる。

 俺が二体相手に苦戦させられた赤蟻が、五体だ。

 しかもあの陣形になっちまったらもうお終いだ。

 なにあっさりと囲まれてるんだよ。囲まれないように立ち回れよ。

 ああ、死んだなあのサソリ。


 サソリの前方に立つ二体の赤蟻が代わる代わるにフェイントを仕掛け、意識を自分達に向けさせる。

 その隙に死角に回り込んでいる赤蟻がサソリの尾や足を噛む。

 サソリが後ろの赤蟻に抵抗しようと意識を割いたところで、残りの赤蟻が全員サソリへと飛び掛かる。


 やらしい戦い方だが、有効だ。

 被害も最小限に抑えられる。

 

 あっという間にサソリはひっくり返された。

 赤蟻にあっちこっちを噛み千切られ、すぐに動かなくなった。

 これが弱肉強食。数は力だ。


 どれ、ちょっと見てみるか。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:ビッグシザー

状態:死亡

Lv :28/50

HP :0/228

MP :154/162

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 げ、Cランクモンスターが瞬殺かよ。

 おっかねぇ。

 俺、本当にあんな奴ら相手に喧嘩売っていいのか?

 一歩間違えたら俺もああなるぞ。

 はっきり言って大ムカデ以上の強敵だ。


 五体の赤蟻はサソリを持ち上げ、運んでいく。


 五体かぁ……あの数相手だと、無策で突っかかったら返り討ちに遭うかもしれねぇな。

 今もCランクモンスターが何もできずに瞬殺されるところを見ちまったわけだし。

 ビッグシザー先輩の二の舞になるのはゴメンだ。


 いや、でも、囲まれなければ大丈夫、か?

 大ムカデを倒したときのレベルアップのおかげで、俺の素早さは赤蟻を大きく上回っている。

 いざとなれば飛んだり〖転がる〗で逃げることもできる。

 上手く立ち回れば、ビッグシザー先輩のように四方から囲まれてリンチなんて真似は避けられる。


 赤蟻の遠距離スキルは〖クレイガン〗程度だ。

 距離を取って逃げながら〖鎌鼬〗でカタがつけられるかもしれない。

 赤蟻の〖自己再生〗のせいで長引くだろうが、二、三体落とせればそこから殴り合いに持ち込むのもアリだ。

 うし、やってやろうじゃねぇか。


 俺はサソリを運ぶ赤蟻達の前に飛び出て、〖鎌鼬〗を乱射する。

 戦闘態勢に入る前の今でどれだけ赤蟻のHPを削れるかが重要になる。

 できればここで一体は落としてしまいたい。


「クチャ!」「クチャッ!」「クチャッ!」

「クチャァッ!」「クチャァッ!」


 赤蟻達は大パニックになっていた。

 そりゃそうだ。

 俺だって運搬中に襲撃なんてことはしたくなかったが、自然界ではそんな甘えたことはいっていられないのだ。

 隙だらけのところ狙えてラッキーくらいの強い神経を持たねばならない。

 許せ、赤蟻達よ。


 四体の赤蟻が、一斉にサソリを放棄した。

 逃げ遅れた一体の上にサソリが伸し掛かる。


「グヂャッ!」


 あんなので死ぬようなタマではないだろうが、一体動けなくなったというのは大きい。

 四体の内、一番前に出ている赤蟻を狙って〖鎌鼬〗をぶっ放す。

 クソ、思ったよりいい動きしやがる。

 二発連続で避けられた。


 ええい、翼を止めるな。

 次の〖鎌鼬〗を送りだせ。

 一気に距離を詰められるぞ。


「クチャァッ!」「クチャァッ!」


 先頭の二体が鳴くと同時に、真っ赤な砂の弾丸が俺へと飛んでくる。

 来た、〖クレイガン〗のスキル。

 俺は後ろに大きく飛び、それを回避する。

 赤蟻の巣で戦ったときと違って横や縦に動き放題だと、やっぱり回避するのも楽だ。

 これは向こうにもいえることのようだが……。


 先頭の二体が撃つと、それに続いて更に後ろの二体もバンバン〖クレイガン〗を撃ってくる。

 更に後ろへ飛ぶが、着地地点にも撃ち込んで来やがった。

 やむを得ず、俺は翼でガードする。


 ヤベェ、この撃ち合い、俺の方がちょっと不利かもしれねぇ。

 しかし赤蟻のMPはそう多くない。

 このタフさ、〖自己再生〗での回復も行っているはずだ。

 撃ち合いを持ち堪えれば、アイツらは回復手段も攻撃手段も失う。

 窮地だが、好機でもある。

 距離を取るよりこのまま〖クレイガン〗を使わせ続けた方がいい。


 俺は〖クレイガン〗を避けることに意識を割き、〖鎌鼬〗の頻度を下げる。

 それがいけなかった。


「クチャァッ!」


 一体が、猛ダッシュで俺への距離を詰めてくる。

 しまった。


「グゥォッ!」


 俺は吠えながら、その赤蟻へと〖鎌鼬〗を三発撃ち込む。

 赤蟻は一発目は避けたが、二発目で崩れた地に足を取られて動きが鈍る。

 三発目をまともに受けて前のめりに倒れる。

 うし、計画通り。


 ただ俺がその一体に意識を向けた間に、残り三体が大きく広がっていた。

 コイツら、回り込んでくるつもりか?

 隙を補うための動作で隙を生んじまう。悪循環だ。

 本当に嫌な敵だ。

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