第698話

 アバドンの背負う巨大な車輪の回転。

 そのスキルの正体はすぐに見つかった。


【通常スキル〖因果車〗】

【因果を司り、人の業を裁く奈落の王の権能。】

【二十四時間以内に自身へダメージを与えた対象へと、そのダメージの合計分の値のダメージを与える。】

【〖因果車〗によるダメージは軽減することができない。】

【発動には長い時間を要する。】


 同時に〖不滅の儀〗の意図もわかった。

 〖因果車〗の発動を確実に通すためのスキルだったのだ。


 ヨルネスの最大HPは一万近くある。

 〖因果車〗の発動を許せば最後、最低でも三万……最悪五万近いダメージが飛んでくることになる。


 今まで俺は色んな魔物を見てきたが、それでも俺のHP最大値が最高値である。

 それでもせいぜい一万と少しだ。

 耐えられる魔物がこの世界にいるとは思えない。


 徹底して陰湿な戦法を取って来るヨルネスだったが、まさか切り札にこんな爆弾まで抱えていやがったとは。

 

 物理反射スキルと魔法反射スキルに加えて、ダメージ共有スキル。

 耐性貫通の状態異常付与。

 強化された避けにくい遠・中両用の魔法スキル。

 ほぼ不可避の行動阻害スキル。

 弱点を補うステータスコピー。

 挙げ句の果てに数で攻められても〖エンパス〗での露払いができる。


 これだけでもこれまで見た中で最悪のスキルの持ち主だったのに、ダメージ軽減無効の完全不可避の致死ダメージ付与スキルまで持っていやがった。

 どう考えても、普通に戦ったら絶対ヨルネスには勝てないようになっている。


 なんて底意地の悪いステータスだ。

 もしゲームでこんな敵が出てきたら、間違いなく能力の全貌を把握する前に匙を投げている。

 ヨルネスは以前アイテム説明で目にしたときからあまり印象がよくなかったのだが、やっていたことの善悪はさておき、相当捻くれた性格をしていやがったんじゃなかろうか。


 車輪の速度が増していく。

 青白かったヨルネスの全身が、発熱するように真っ赤に染まっていく。


 何をどう攻撃しても無駄だ。

 MPが尽きるまではヨルネスの不滅状態は解除されない。

 ダメージを与える術はない。


 そして恐らく、不滅状態が解除される前に〖因果車〗が炸裂する。

 ヨルネスには絶対に勝てないようになっているのだ。


 俺は前脚を伸ばし、その先を〖竜の鏡〗で手の形へと変える。


『〖アイディアルウェポン〗』


 俺の手中に光が集まって来る。

 一本の、赤黒い巨大な刃が現れた。


【〖黙示録の大剣〗:価値L+(伝説級上位)】

【〖攻撃力:+666〗】

【世界を終わらせる竜の体表と牙を用いて作られた大剣。】

【その悪しき魂が封じられており、斬られた者は地獄の炎に包まれる。】


 盾と同様に、柄に禍々しい悪魔の姿が彫られていた。

 刃にも血管のような不気味な模様が施されている。


 〖不滅の儀〗と〖因果車〗のコンボは凶悪だ。

 抜け道がなくはないだろうが、討伐難易度は一気に引き上がる。

 恐らくひたすら与ダメージを抑えてMPを消耗させることに集中しつつ、どうにか複数体で挑んで〖因果車〗のダメージを頭数で割るのが現実的な戦法になるだろう。


 だが、あるスキルを使えば、〖不滅の儀〗と〖因果車〗のコンボは簡単に崩せる。


【通常スキル〖闇払う一閃〗】

【剣に聖なる光を込め、敵を斬る。】

【この一閃の前では、あらゆるまやかしは意味をなさない。】

【耐性スキル・特性スキル・通常スキル・特殊状態によるダメージ軽減・無効を無視した大ダメージを与える。】


 俺は〖黙示録の大剣〗に魔力を込める。

 刃に光が宿っていく。


 ヨルネスの車輪がどんどん加速し、全体が真っ赤な光を帯びていく。

 俺はヨルネスの目前まで飛び、大剣を静かに構えた。


 〖闇払う一閃〗は剣が込められた魔力で重くなるためどうしても大振りになるのだが、ヨルネスは〖不滅の儀〗と〖因果車〗のために全く動けなくなっている。


『今度こそ……これで終わりだ、ヨルネス』


 刃を振るう。

 ヨルネスは俺の〖闇払う一閃〗を正面から受けた。


 岩の身体の全身に細かい罅が走る。


【経験値を118500得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を118500得ました。】

【〖アポカリプス〗のLvが105から131へと上がりました。】


 ヨルネスの身体が砕け散った。

 アバドンの人頭部分の顔が崩れる。

 ヨルネスの残骸が宙に舞い、それは光の粒となって、空気に溶けるように消えていった。


 この都市を包んでいた巨大な結界がぐわんと歪んで、薄れて消えていく。

 ようやくヨルネスを倒すことができた。


 あんな厄介なステータスだったんだ。

 きっと何千年と誰にも討伐されずに残っていたことだろう。


 〖闇払う一閃〗は、称号スキル〖勇者〗のレベル最大で得ることができたスキルだ。

 そして恐らく、そこ以外では入手する術はない。


 俺は〖魔王〗の称号スキルも持っているが、こちらはまともにスキルレベルが伸びていない。

 恐らく人間か魔物のどちらかに肩入れするか、意図的に伸ばそうと尽力しなければ最大まで伸びないスキルなのだ。

 俺は〖聖女〗と〖魔獣王〗は持っていないが、リリクシーラはどちらも有していた。


 この称号スキルは恐らく神聖スキルに付随するが、最初の二つまでしか得られないのかもしれない。

 奇妙で不自然なルールに思えるが、何かしら意味のあるものなのだろうか?


 ただ、これで何となくわかったことがある。

 ヨルネスは彼女の啓示石によれば、当時から自分がいずれ神の操り人形にされることをわかっていたようだった。


 ヨルネスのステータスは、これまでのどの魔物と比べても異質なものだった。

 あそこまで徹底して偏ったステータスには、何か意図のようなものを俺は感じてしまう。


 ……もしかしたら彼女は、対応力があって、かつ〖勇者〗のスキルレベルが最大の相手に自分を倒してもらいたかったんじゃなかろうか。

 〖勇者〗のスキルレベルが最大ならば、人間に肩入れしている存在である可能性が高くなる。

 そして戦いの対応力があって、〖闇払う一閃〗のスキルがあれば、アバドンのような特殊なスキルで勝ちの目を完全に握り潰されるようなことはなくなる。


 神の声が半端なステータスをしているとは思えない。

 行動を制限してくるようなスキルや、万が一の際にダメージを帳消しにできるようなスキルを持っていてもおかしくはない。


 ヨルネスはせめて自分にできるせいいっぱいの抵抗として、神の声に対して勝ち筋のある魔物に後を託せるように、アバドンへと進化したのではなかろうか。

 あながちただの考え過ぎだとは思えない。

 啓示石を見るに、ヨルネスは相当な切れ者で、かつ神の声を討伐する方法を本気で模索しているようだった。


『お前の想いと覚悟は俺が引き継ぐぜ、ヨルネス。だから、安心して眠っててくれ』


 俺はアバドンの残骸に対して、小さく頭を下げた。

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