第697話
骸骨を象る黒炎の巨人が、多方向からヨルネスへと伸し掛かるように倒れていく。
石像の身体が焼き尽くされていく。
俺は暴れるヨルネスの前脚をがっちりと牙で押さえ付け、爪でぶん殴った。
頭部の顎が砕け、石片が飛び散った。
俺も〖ヘルゲート〗の消耗のせいでもう限界が近い。
ここで簡単に引き剥がすわけには行かない。
ヨルネスが前脚の爪を至近距離から俺へ向ける。
爪先に怪しい光が宿っていた。
『〖エンパス〗』
身体の内側から焼け付くような痛みが走る。
〖エンパス〗で〖ヘルゲート〗のダメージを返して、俺の隙を作って拘束から逃れる狙いだったのだろう。
だが俺は牙を喰いしばって堪え、ヨルネスを睨み返した。
『残念だったな、ヨルネス』
〖ヘルゲート〗は俺のHPとMPを消耗させて発動するスキルだ。
〖エンパス〗は既にHPの減っている相手にはまともにダメージを与えられない。
通常の魔法スキルは、与えられるダメージと発動時に消耗するMPが概ね比例する。
だが、〖ヘルゲート〗はHPもコストにしている分、消耗MPに対して他のスキルよりも与えられるダメージが高いのだ。
別に通常であればだからどうしたという話なのだが……今回の戦いに限っていえば、この〖ヘルゲート〗の消耗コストは特別な意味を持つ。
〖ヘルゲート〗がHPをコストにしている以上、〖エンパス〗でダメージを返して俺の消耗を誘うことも、その衝撃で隙を作ることもできないのだ。
範囲攻撃でヨルネスの〖レジスト〗と〖ミラーカウンター〗を潰してくれていたことといい、奴の切り札だった〖グラビディメンション〗に対するカウンターになっていたことといい、〖ヘルゲート〗は綺麗にヨルネス対策となっていた。
俺は前脚で握り拳を作り、ヨルネスの頭部を真っ直ぐに撃ち抜いた。
ドラゴンの頭部が完全に砕け、ヨルネスの全身に亀裂が走る。
俺が牙で押さえていた前脚が捥げたことで、ヨルネスが俺の拘束から解放された。
首から上のない、四肢がバラバラになったアポカリプスの石像が宙へと投げ出される。
俺の〖ヘルゲート〗の維持が同時に途切れた。
俺は肩で息をしながら〖自己再生〗で回復する。
滞空を維持しつつヨルネスの残骸を睨む。
俺も〖ヘルゲート〗の反動と、ヨルネスの〖エンパス〗のせいで身体がほとんど限界だった。
だが、さすがのヨルネスもこれでもう限界のはずだ。
最後の〖グラビディメンション〗の時点でMPをかなり吐き出していた。
HPを回復するためのMPももはや怪しい。
ヨルネスの身体が光に包まれる。
大きな頭部に、片翼の翼、そして鏡、背負った大きな車輪。
アポカリプスを模した姿が、元のアバドンへと戻った。
〖天使の鏡〗による変身ももう維持できなくなったようだ。
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〖ヨルネス・リーアルム〗
種族:アバドン
状態:スピリット
Lv :150/150(MAX)
HP :1443/9802
MP :297/6253
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さすがのヨルネスも、こうなっちまったら何もできねぇだろう。
回復さえ充分にできないMPだ。
〖因果の鏡〗による完全物理耐性はあるが、アバドン状態は速度が致命的にない。
数発〖ルイン〗を放って、それで完全にお終いだ。
それとも悪足搔きの魔法カウンターに出てくるのか。
どちらにせよ、片方しかできない時点で簡単に詰ませることができる。
俺はしばらくヨルネスと睨み合ったが、動く気配がなかった。
後者を選んだようだ。
それとも或いは、俺に攻撃させつつその隙を窺うつもりなのか。
今更そんな、作戦ともいえない作戦に引っ掛かるわけもないが……。
『〖カースナイト〗!』
俺は呪いの騎士を生み出す。
騎士は宙を駆け、大きく円を描くような動きでヨルネスへと接近していく。
ヨルネスはまるで動きを見せない。
俺は〖カースナイト〗がヨルネスの死角へと回り込んでいる間に、次の魔法攻撃の準備をした。
〖グラビドン〗は必要ない。〖ホーリースフィア〗で充分だろう。
〖カースナイト〗と〖ホーリースフィア〗で挟み撃ちにして、確実にヨルネスのHPをゼロにする。
『〖ホーリースフィア〗!』
白い光球がヨルネスへと直進する。
大きく回り込む〖カースナイト〗と、正面から迫っていく〖ホーリースフィア〗。
片方を防いだとしてもこれで終わるはずだ。
ヨルネスはどちらも防がなかった。
〖カースナイト〗と〖ホーリースフィア〗が各々に爆ぜ、ヨルネスが双方の爆風に包まれる。
これでようやく終わったと俺は安堵したが、経験値取得メッセージは訪れなかった。
爆風の中から、原形を保ったままのヨルネスが滞空した状態で現れた。
……さすがにあの状態から魔法スキルの挟撃を受ければ、たかだか千程度のHPは確実に吹っ飛ぶはずだ。
ヨルネスは奇妙なスキルを大量に抱えていた。
どうやらその内の何かを発動したようだ。
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〖ヨルネス・リーアルム〗
種族:アバドン
状態:スピリット、不滅
Lv :150/150(MAX)
HP :1/9802
MP :272/6253
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状態は……不滅?
こんなものは初めて目にする。
だが、確かにヨルネスの特性スキルにそれらしいものはあった。
【特性スキル〖不滅の儀〗】
【HPがゼロになる攻撃を受けた際、1を残して不滅状態になる。】
【不滅状態は急激にMPを消耗する代わりに、あらゆる状態異常を受け付けず、また魔法攻撃によるダメージを無効化する。】
【発動間は一切の移動ができなくなり、MPが0になるまで解除することはできない。】
……致死ダメージに対してHPを1残しつつ、あらゆる魔法攻撃への完全耐性を得るスキル。
魔法攻撃の完全耐性というだけでかなり怪しいスキルではあるが、物理攻撃完全反射のヨルネスが使った場合、その意味は大きく変化する。
これで奴は、完全にあらゆる攻撃によるダメージを遮断したことになる。
だが、このスキルにさして意味があるとは思えねえ。
ただでさえMPは風前の灯火な上に、自身の移動を縛ることになる。
別のスキルは発動できるにしても、とても脅威には思えない。
俺は距離を置いて放置するだけでヨルネスを完全に無力化することができる。
文面通り受け取れば、数分も経たない内にヨルネスは【HP:1】、【MP:0】になるはずだ。
……まぁ、それだけで終わってくれるわけはねぇよな。
この手のスキルが、本当に無意味なものであった試しなんざ今まで一度だってなかった。
『……ただの悪足搔き……つうわけじゃ、ないみてぇだな』
ガタリ、とヨルネスから音が響いてきた。
何かと思えば、ヨルネスの背負う大きな車輪が、ぎこちない動きで回転を始めた。
それはすぐに滑らかな回転になり、速度が上昇していく。
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