第189話

 背後は、さっき崩れたせいで塞がれてしまっている。

 目前には、リトルロックドラゴン相当の赤蟻二十体。

 森で悪戦苦闘していた頃の俺が知ったら発狂しかねない事態だ。


 だが、ここさえ切り抜ければ、無事に経験値を溜めて赤蟻の巣を脱出することができる。


 さっきの通路は左右の壁を赤蟻自身が崩していた分広くなっていたため、こっちの通路の方が若干狭めとなっていた。

 ここなら、同時に掛かって来れる数は五体程度といったところか。


「グゥ……」


 俺は口を閉じたまま低く唸り、赤蟻達を牽制する。


「クチャァッ!」


 先頭の赤蟻が鳴いたのを合図に、一気に前面に立っていた赤蟻が〖クレイガン〗を飛ばしてくる。

 石礫の嵐だ。

 さっきの場所では仲間を撃つ恐れがあったからか〖クレイガン〗の乱射はなかったが、ここではその危険性はないからか、容赦なくぶっ放してくる。

 躱せるスペースはないし、〖鎌鼬〗で撃ち落とすのもキリがない。無理矢理突っ込むしかない。


 俺は我武者羅に腕を振り乱し、石礫を叩き落としながら赤蟻達へと接近する。

 顔、腕、胸、往なし切れなかった〖クレイガン〗が俺の身体を破壊していく。

 玉兎の乗っている頭は、なんとしても庇わねばならない。

 レベルのお蔭か前よりは痛くないが、それでもこの数は大分キツイ。


 強引に距離を詰め、前面に立っていた赤蟻達を爪で攻撃する。

 アドフが口の中にいるのでブレス技も使えない。

 力技で叩き伏せるしかない。


「ぺふっ!」


 玉兎が鳴くと、身体の傷が少しだけ和らいだ。

 〖レスト〗を使ってくれたらしい。

 かなり助かる。


 赤蟻は、毒で身体能力が落ちている。

 俺は巣に入ってからLvが7上がっている。

 この差があるのだから、二十体くらいどうにかなるはずだ。


 俺は大振りに腕を持ち上げる。

 好機と見た赤蟻が、俺の身体に喰らい付いてくる。

 俺はそいつらへ向け、力いっぱい横薙ぎに腕を振るう。


 二体の赤蟻が、サンドイッチになった。

 身体や手足の破片が辺りに飛び散る。


【経験値を806得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を806得ました。】

【〖厄病竜〗のLvが70から72へと上がりました。】


 ……やっぱ、大振りはやめた方がいいか。

 一気に仕留められるが、その間に受けたダメージを考えると割りに合わない。


 身体を後ろに逸らして攻撃を避ける、爪を叩き付ける。

 翼で攻撃を受け流す、爪を叩き付ける。〖鎌鼬〗で石礫を撃ち落とす。


 〖自己再生〗を使うために下がった赤蟻は無視した。

 循環されたらしんどいが、迎撃している余裕はない。

 MPは確実に減っているのだから、ちょっとずつ向こうは消耗しているはずだ。


 爪を叩きつけ、また一体赤蟻を仕留める。

 経験値の獲得を神の声が告げてくれた直後、潰れた赤蟻を踏みつけて後列の赤蟻が飛び出してくる。

 間髪いれず次が来るのは、やっぱりしんどい。


 いや、この相手の陣形、上手く行けば利用できるかもしれない。


 俺は一歩踏み込んで、近すぎる間合いで近接戦を行った。

 腕が振るいにくく、攻撃が仕掛け辛い。だが、これでいい。


「ぺふ……」


 俺の思考を読んだらしい玉兎が、弱々しく鳴いた。

 伝わっているのなら、話は早い。


 俺は赤蟻達の攻撃の合間を狙い、頭を前に振った。

 落ちてきた玉兎が耳を伸ばし、俺の牙に絡めつけて口の中に飛び込んでくる。

 俺は赤蟻達への間合いを更に詰め、ゼロ距離から〖転がる〗を使った。


「クチャッ!?」


 赤蟻を巻き込みながら、俺の身体は前進する。

 よし、行ける。

 赤蟻達は傷ついた赤蟻を回復のため後ろに回す戦法を取っていた。

 上手くダメージを負っていた赤蟻を巻き込めれば、一網打尽にできる。


 赤蟻達が俺の〖転がる〗を止めるには、何体かが協力して〖クレイ〗で壁を作るしかない。

 だが赤蟻がずらりと並んでいる今なら、下手に〖クレイ〗を使えば仲間を巻き込んで事態を悪化させるだけだ。

 MPも底を尽きかけている赤蟻ばかりだろうし、息を揃えて協力するなんて真似、そうそう簡単にはできないはずだ。


「クチャァッ!」「クチャァッ!」


 赤蟻の悲鳴が響く。

 赤蟻を踏み潰したり撥ねたりしている感覚が、体表越しに伝わってくる。



【経験値を392得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を392得ました。】


【経験値を376得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を376得ました。】

【〖厄病竜〗のLvが72から73へと上がりました。】


【経験値を403得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を403得ました。】


【経験値を415得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を415得ました。】

【〖厄病竜〗のLvが73から74へと上がりました。】


 頭の中で、神の声の通知が鳴り止まない。

 神の声酔いしそう。もうちょっと纏めてほしい。


【称号スキル〖災害〗のLvが5から6へと上がりました。】


 ……ああ、災害上がっちまったか。

 進化前にやめてほしいのだが、赤蟻の巣を半滅させたのだから仕方ないか。


「クチャァッ!」「クチャァッ!」「クチャァッ!」


 最後列の赤蟻三体が、俺に向けて鳴き声を上げる。

 赤蟻の前に、赤い壁がせり上がってくる。


 即席だからかMP不足だからか、通路の壁に比べれば脆そうだ。

 俺は回転数を引き上げ、壁へと飛びかかる。

 出来立ての土の壁が、四散した。


 俺はその後ろに控えていた赤蟻を踏み潰した。


【経験値を392得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を392得ました。】

【〖厄病竜〗のLvが74から75へと上がりました。】

【〖厄病竜〗のLvがMAXになりました。】

【進化条件を満たしました。】


 ついに、LvMAXになった。

 俺はそのまま転がり続け、赤蟻の巣の外を目指す。


 背後から生き残りの赤蟻が追い掛けてきたが、途中で諦めたように足を止めた。

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