第188話
俺は落ちてくる石の塊をなるべく避けながら、一直線に走る。
とはいえ狭い通路なので、あまり左右へ大きく動くことはできない。
速度に緩急をつけ、回避するしかない。
避けられない分は尾で弾いた。
〖転がる〗を使うことも考えたのだが、そうすると玉兎の〖灯火〗がなくなる。
この落下物注意な狭い通路の中で灯りを捨てるのは自殺行為である。
それに赤蟻が〖クレイ〗の重ねがけで足止めをしてきたら、単純な動きしかできないあの形態では詰みかねない。
赤蟻を追い抜くとき、余裕があれば前足で踏みつけ、鉤爪で背をかち割ってやった。
「グチャッ!」
【経験値を448得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を448得ました。】
【〖厄病竜〗のLvが65から66へと上がりました。】
倒壊から逃げるのに精一杯な赤蟻は無防備なため、簡単に攻撃を当てることができた。
この通路が倒壊しているゾーンを抜ければ、また赤蟻との集団戦が始まることはわかっている。
多少無理をしてでも、ここで赤蟻の数を減らしておかなければならない。
「クチャァッ!」「クヂャッ!」
鉤爪を振るい、一体一体と赤蟻を仕留めていく。
Lv66からLv67へ、Lv68へ、Lv69へと、ガンガン上がっていく。
あまり赤蟻退治に気を取られていたら生き埋めになりかねないので危険は大きいが、経験値が入れ食いである。
進化も近づいてくるが、これだけ一気にLvが上がればステータスもかなり上がっている。
アドフの助太刀がない分辛い戦いになるのではと思ったが、これならかなり善戦できるかもしれない。
それに通路の崩壊が始まったとき、半数以上の赤蟻は俺と逆方向に逃げていた。
逃げそびれて土の下敷きになっている赤蟻もいるため、俺が撒かなければいけない赤蟻の数も大幅に減っているはずだ。
曲り角の手前に、大きめの赤蟻が立っている。
逃げる仲間に目をやることもなく、まっすぐに俺を見ている。
あの角を越えれば、崩壊ゾーンからは外れるはずだ。
そこからはまた赤蟻との戦いが始まるので、気を抜いている余裕はないが。
と、大きな赤蟻の前に、一体の赤蟻が足を止める。
「クチャ……」
足を止めた赤蟻が、声を掛ける。
逃げなければ埋もれてしまうと、そういうかのように。
大きな赤蟻は、それでもなお動かなかった。
声を掛けた方の赤蟻は説得を諦めたらしく小さく首を振り、大きな赤蟻の傍で足を止め、俺の方へと方向転換した。
「……クチャ」
今度は、大きめの赤蟻が鳴き声を出す番だった。
声を掛けられた赤蟻は、先ほどの大きめの赤蟻同様、鳴き声に反応を見せない。
ふっと、大きめの赤蟻が笑ったような気がした。
……あの、そういうのやられると、凄くやりづらいんだけど。
「ぺふ?」
『翻訳、イル?』
いえ、結構です。
しかし二体並んで道を妨げてこられると、少し手間取りそうだ。
逆にいえば、大赤蟻に感化されて立ち止まったのが一体でよかった。
五体くらいが足止めにかかってきていたら、全員仲良く生き埋め待ったなしだっただろう。
まだ二体ならば、突破できる余地はある。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族:ビッグ・レッドオーガアント
状態:通常
Lv :34/55
HP :264/277
MP :84/102
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族:レッドオーガアント
状態:毒
Lv :19/55
HP :131/205
MP :32/71
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
……ステータスからして、新人兵と隊長兵といったところか。
いや、余計なことを考えるのはよそう。
気持ちが揺らげば、命取りになる。
奴らは、この崩れる通路で相討ちを狙っている。
その点で向こうに大きな分があるといっていい。
「クチャッ!」「クチャァッ!」
新人兵蟻、隊長蟻が、〖クレイガン〗を飛ばしてくる。
翼でガードすれば、視界が塞がる。かといって、尻尾を前まで回せば体勢が崩れ、大きく減速することになる。
身体で受けるか?
いや、仰け反ればそこを突かれる。
新人蟻はともかく、隊長蟻の〖クレイガン〗はゴツい。
あれをくらって涼しい顔でいるのは無理だ。
「ぺふっ!」
『翼デ防イデ!』
マ、マジですか?
視界塞がったら、その隙に飛びかかってくるぞ。
隊長蟻はそこそこ素早さがある。不完全な状態で、対処しきれるか?
いや、ここは玉兎を信じよう。
玉兎は、俺の思考をある程度読み取っている。
読み取った上で、翼でガードするべきだといっているのだ。
俺は翼で前方を覆い、クレイガンを弾いた。
かなり重い、貫通するかと思った。結構なダメージをもらった。
これちょっと、飛ぶときに支障が出るぞ。進化したら治るんだろうから、ある意味丁度いいけども。
「ぺふっ!」
『大キイノ、飛ンダ! 翼ガ退イタ、右肩狙イ! モウ一体、左足狙イ!』
おお、ありがたい。
〖念話〗で赤蟻の思考を掠め取ったらしい。
これならフェイントを疑う必要さえない。
新人蟻の方の位置は、音でわかっていた。
いや、わざと音を立てながら走っていた。
隊長蟻の動きを、俺に少しでも勘付かせにくくするためだろう。
要するに、囮役だ。
新人蟻の方は、最悪攻撃をもらっちまってもいいだろう。
俺は左足で地を蹴って飛び上がった。
俺の足下を、新人蟻の牙が掠める。やり過ごせたか。
頭を下げて前傾になり、天井に打ち付けるのを回避する。
そしてそのまま右肩を大きく引きながら翼を後ろに回す。
「クチャッ!?」
隊長蟻の攻撃が、空振った。
俺は引いた腕を前に突き出し、隊長蟻の首許を爪で貫く。
そのまま曲り角の壁に叩き付け、全体重を掛けてタックルする。
俺が爪を引き抜くと、隊長蟻は仰向けに地面へと落ちた。
【経験値を544得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を544得ました。】
【〖厄病竜〗のLvが69から70へと上がりました。】
……あと、五つか。
「クチャァァァァッ!」
新人蟻が大きく鳴き、俺の背を追い掛けてくる。
俺は〖鎌鼬〗で、新人蟻の天井を穿った。
赤い砂の塊が落ちてきて、俺と新人蟻の間を遮った。
プチッと、反対側から聞こえてきたような気がした。
そしてそれを最後に、通路の揺れは収まった。
【経験値を273得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を273得ました。】
……なんとなく後味は悪いが、ひとまずの窮地は脱せた。
複雑な思いの中、俺は前を向き直す。
「クチャァッ!」「クチャァッ!」
「クチャッ!」「クチャッ!」「クチャッ!」
……こっち側に来て無事通路の崩壊から逃げ切れた赤蟻は、二十体程度というところか。
この数なら、十分進化まで持っていけるはずだ。ようやくゴールが見えてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます