第271話

 突っ込んで来るグラファントに対し、俺は地面を蹴って翼を広げて飛び上がった。

 そのままグラファントの真上を位置取り、翼をはためかせ、真下に向かって四発の〖鎌鼬〗を放つ。


 狙うのは、グラファントの後ろ脚と尻だ。

 後ろ脚を動かなくすれば、死角から攻撃するアロ達が蹴り殺されるリスクを抑えられる。

 尻の体表を削いでおくことで、格下であるアロ達の攻撃も多少は通りやすくなるはずだ。


 最初の二発が、グラファントの巨体を支える図太い両後ろ脚から肉を削ぎ落とした。

 分断された血肉が舞い、鮮血が噴き出す。

 グラファントは身体のバランスが崩れるのを補おうと、前脚を屈ませる。


「――――!」


 そして悲鳴を上げるよりも早く、残りの二発の〖鎌鼬〗がグラファントの尻の皮を削る。

 怒りの形相を一層と深め、天に舞う俺を睨む。


「ブゥモォォオオオォォォオッ!!」


 グラファントが猛る。

 俺はその鳴き声を聞きながら、少し間合いを置いたところへ後ろ脚から着地する。

 俺の体重で土が沈み、砂が飛び交った。


 これくらいでいい。

 本当は四つ足全部落として猿轡噛ますくらいやってやりたいところだが、そうすれば恐らく纏まった経験値は入らないだろう。


 玉兎の育成であったり、赤蟻を毒団子で弱らせたときであったりで学んだことがある。

 戦闘として成立していなければ、それ相応の経験値しか得られないということだ。

 なるべくギリギリのラインを見極めて弱らせなければいけない。


 機動力は削いだ。

 死角に弱点も作った。

 気は引きつけているし、危なくなれば俺も横槍を入れられる。

 この辺りがDランク、Eランクモンスターであるアロ達が、Cランクモンスターであるグラファントを相手に安全に立ち回ることのできるラインだろう。


「ブゥモッ! ブゥモオオオッ!」


 グラファントが後ろ脚を引き摺りながらも、俺へと迫ってくる。

 さすがの力自慢も、かなりスピードが落ちているようだ。

 グラファントの背後にはアロ、レッサートレント、子蜘蛛達が控えている。


「つぢ、ま、ほう……〖クレイ〗」


 アロが唱えると、土が盛り上がり、先端を鋭利に象った。

 土の針は、グラファントの露出した肉を穿った。


 さすがのグラファントも苛立ったのか、下半身を引き摺りながら方向転換を行う。

 一番手前にいたアロへと向き直り、大きく顎を引く。

 グラファントの凶悪な角が、アロを照準に捉えた。


 手助けするべきかと思ったが、アロの足許の土が変形するのを見て、俺は翼を動かすのを止めた。


「ブモォッ!」


 グラファントが吠えたのとほぼ同時に、アロが後方へと飛び上がった。

 アロは足許の土を〖クレイ〗で弾き、その衝撃を移動に利用したのだ。

 恐らくグラファントがアロへと身体を向けたときには、既に準備していたのだろう。


 アロは素早さよりも魔法力の方が遥かに高い。

 普通に避けるよりも、魔法で自分を動かした方が確かに速いだろう。


 アロは後方にいたレッサートレントの枝へと乗る。

 子蜘蛛達はグラファントを前にして恐怖したのか、ワァッと四方に散った。

 ……子蜘蛛は俺が作った魔物じゃないからそんなに言うこと聞かねぇし、Eランクだから進化させるのも簡単だっただろうし、もうちょっと手頃な魔物から入らせるべきだったかな。


 アロを捉えそこなったグラファントの角は、そのまま地面へ深々と突き刺さった。

 グラファントの前脚に力が込められ、筋肉が浮き出す。


 アロがグラファントの角へと手を向ける。

 〖クレイ〗のスキルで操られた土が変形し、グラファントの角をすっかりと覆い尽くし、固まって行く。


「ブゥッ!?」


 そのまま、グラファントの口にまで土が伸びて行く。

 あのまま窒息死させるつもりか。

 結構えげつねぇことすんじゃん。


 グラファントが、前脚を高く持ち上げる。

 レッサートレントは危険を察知したのか、枝にアロを乗せたままグラファントから距離を取った。

 アロは土を操るのを一度止め、グラファントの顔へと手を向ける。


「……ぜ、マほう、〖ゲイル〗」


 一陣の風が、グラファントの見開かれた瞼の奥にある感覚器官、眼球へと飛び込んだ。

 ザシュッ!

 線の入った目が、真っ赤に充血していく。

 しかし眼球はその機能を失うことなく、アロを睨んでいた。


 グラファントは、持ち上げた前脚を地面へと叩き付ける。

 辺り一帯が揺れ、グラファントの巨体が高く跳ね上がった。

 出たな、〖ハイジャンプ〗。

 後ろ脚潰したから、てっきり使えなくなったもんだと思ったぜ。


 レッサートレントは根を這わせてグラファントから距離を取る。

 途中で身体を軋ませ、木に空いた目のような窪みを宙のグラファントへと向ける。


「つ……ほう、〖クレイ〗」


 アロが唱えた瞬間、アロの身体から生気がやや失われる。

 肌がカサつき、土に近い質へと変化する。

 残り魔力の大半をこの〖クレイ〗に注ぎ込んでいるようだ。


 雑草を押し上げ、特大の土の針が地面から現れた。

 二メートル近く伸びたそれは、落下して来るグラファントの腹部へと向けられている。

 グラファントのハイジャンプの落下による重力加速を利用し、ダメージを与えるつもりなのだろう。


 行けるか……と思ったが、グラファントは身体を前傾させ、アロの進行方向へと軌道を修正する。

 アロの表情が曇ったのを感じ取り、ここは手を貸すべきだと判断した。


 グラファントの巨体が仄かに光り、一瞬宙で動きが止まった。

 その後、グラファントの身体を炎が包み、一気に速度を引き上げて落下して来る。


 〖ハイジャンプ〗とセットのスキル、〖メテオダイブ〗だろう。

 身体を燃やしながら猛スピードで相手へ落下するスキルだったらしい。


 俺は〖鎌鼬〗を二発放った。

 真っ直ぐに飛んだ真空の刃が、炎の鎧を貫通する。グラファントの顔面と腹へ襲いかかった。

 一発目でグラファントの顔が拉げ、前傾だった姿勢が崩れる。

 二発目の〖鎌鼬〗はグラファントの腹の肉を抉った。


「ブモォォオオオオッ!」


 落下するグラファントの抉れた腹部へ、巨大な土の針が突き刺さる。

 しかし土の針は途中で衝撃に耐え切れず、折れて砕け散った。

 グラファントの落下衝撃が辺りを揺らす。


 つっ、……思ったより威力あんな、あれ。

 厄病子竜時代にあれくらってたら死を覚悟しただろうよ。

 しかし自分のスキルの勢いで鋭利な土の柱に飛び込んだから、さすがに大ダメージ入っただろ、これ。


「ブ……」


 グラファントは腹這いになっていたが、前脚でどうにか体勢を立て直す。

 浮いた腹部の中央には、〖クレイ〗の大針の先端や破片が突き刺さっていた。

 血がどくどくと流れ出ている。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:グラファント

状態:憤怒(大)、流血

Lv :27/55

HP :208/361

MP :95/153

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……ま、まだ半分以上余裕で残ってんのかよ。

 どっちかというと、体力と防御特化の魔物みたいだったし、仕方ねぇか。


 レッサートレントの枝に乗っていたアロが、ふらりと背から地へと落ちる。

 すぐにレッサートレントが拾い上げ、グラファントから逃げて行く。

 アロは、MPがもう限界か。

 最後の〖クレイ〗、結構魔力を込めてたみたいだしな。


 後は、俺がパパッと片付けるとしますかな……ん?

 俺が〖鎌鼬〗で抉ったグラファントの尻の傷口へと、子蜘蛛達が近寄って行くのが目に見えた。


「ブモッ! ブモォッ!」


 子蜘蛛達が、傷口に張りついて糸を吐き散らしている。

 グラファントが抵抗して身体を振るも、落下の衝撃で足がボロボロのせいか、力が入っていない。

 攻撃しようにも、尻なので何も届かない。


 俺は〖鎌鼬〗で、グラファントの前脚を潰した。

 どさりと、グラファントが腹這いになる。

 それと同時に、子蜘蛛達が傷口に噛みつき始めた。


「ブモォッ! ブモォオオオッ!」


 ……このまましばらく放っておいて、グラファントが力尽きるのを待つかな。

 ちっと可哀相だが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る