第349話

 俺はバジリスクの頭の横へと着地した。


 相方が周囲をキョロキョロと見回し、仰向けになっているナイトメアを見つけ、「ガァッ」と鳴き声を上げる。

 ナイトメアを〖ハイレスト〗の光が包んでいった。

 ナイトメアはもがかせていた足をぴたりと止め、数秒後にクルリと起き上がった。

 うし、これで大丈夫そうだな。


 バジリスクは地面に叩きつけられた姿勢のまま、口から毒を垂れ流しにしながら全身を痙攣させている。

 真っ赤な目玉だけがギョロリと動き、俺を睨んだ。


 さぁ、俺のトレントさんを元に戻してもらおうじゃねぇか。

 俺の前足は別にいいぞ。後で引き千切って生やせば済むからな。


 口の中で何かが蠢いているのを感じる。アロだ。

 念のため、もうちょっとだけ隠れててくれると助かるんだが……。


「もう……ダメ、げんかい……」


 アロの弱々しい声が聞こえてくる。

 そ、そうか……。まぁ、あのバジリスクには、もう何もできんだろう。


 俺は相方にバジリスクを見張らせながら、バジリスクとは反対の位置に首を下げ、口を開けて舌を伸ばした。

 唾液塗れのアロが転がり落ちて来た。アロが安堵した様に顔を緩め、起き上がる。


 アロが竜臭い。俺は顔を顰めた。


「竜神さまっ!?」


 俺は素早くバジリスクの方へと向き直った。

 さぁ、トレントさんを返してもらうぞ!

 あんなの焼いても煮ても食えないだろうが! 餌にするならもっとマシなのがいくらでもあるだろ!


 バジリスクはもう助からないと悟ったのか、覚悟を決めた様に首を起こして再度俺を睨んだ後、天へと顔を向ける。


「アァァアァッァァァァアァアァッ!」


 潰れた老翁の顔から、耳障りな声が広がる。

 思わずゾクッとするような、不気味な声だった。声に、魔力が込められている。

 ひょっとして、スキル〖不吉な声〗って奴か?


 ま、まさかまだ何かするもりなんじゃ……と、思ったが、別に身体に、状態異常の予兆はない。


 不審がる俺へと、バジリスクの顔が笑いかけてくる。

 露翁の顔は潰れてはいるものの、優し気な表情を浮かべていた。

 まさかと思い遠くへ目を向けると、トレントの身体が色を取り戻していく。

 それでもしばらく固まったままだったが、俺の目線に気が付くとトレントが目を動かし、気が付いたように枝を回し、それから幹をやや捻った。

 動けることに遅れて気が付いたらしい。


 バ、バジリスク……お前……!

 これはアレか、戦いの末に友情が生まれたという奴か。

 敗北して死を悟り、最期にトレントの治療に出るとは、敵ながら見上げた精神じゃねぇか。

 どうしよう。かなり危険な奴だから、絶対息の根を止めとくつもりだったが、なんか殺しづらくなっちまったな。


 これ、バジリスク先生仲間入りか?

 いや、でも一緒に冒険するにはちっとビジュアルがキツイっつうか……いや、見栄えで差別するつもりはねぇんだけど、ほら、限度があるっつうか……。


『オイ! アイツ、ナンカスッゾ!』


 気が付くと、バジリスクが歪な顔面に皺を寄せ、醜悪で邪悪な笑みを浮かべていた。

 急速にバジリスクの魔力が高まっていくのを感じる。

 俺は素早く、バジリスクの首を刎ねた。鮮血が舞い、バジリスクの頭部が地に落ちる。


 び、ビビった……思わず、反射的に思いっきり爪を振るっちまった。

 なんかされる前に潰せてよかった……。


「アヴァァァァァッ! ヴァヴァヴァ! ヴァ、ヴァアアァァァァァッ!」


 バジリスクの首が、奇怪な大声を上げる。

 叫んだ後は、満足したかのように強張った顔が弛緩し、力尽きたように黒ずんでべしゃんとへこんだ。

 脳を直接ぶっ叩かれたかのような、不快な声だった。



【経験値を3168得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を3168得ました。】

【〖ウロボロス〗のLvが96から97へと上がりました。】


 レ、レベルアップは嬉しいが……さっきの妙な叫び声のせいか、視界が揺れる。

 よくわからんが、なんだかムカムカしてくる。


「ガァァッ! アァァァッァッ!」


 相方が、狂ったように咆哮を上げる。

 い、いかんいかん、なんかバッドステータスもらったみたいだ。

 冷静になんねぇと。

 呼吸をし、心を落ち着ける。


「ガァァァァッ!」


 相方が俺へと牙を向けたので、とりあえず口に向かって頭突きをぶっ放した。


「オゴッ!」


 相方がまともに俺の頭突きを受けて、ぐったりと首を撓らせる。


『チ、チット……混乱シテタミテェダ』


 みたいだな……。

 俺も、今の頭突きでマシにはなったが……つつつ、ちっとふらつくわ。


 どうやら〖幻影〗、〖混乱〗、〖バーサーク〗のトリプルサービスだったみてぇだ。

 さっきのアレが、〖金切り声〗という奴だろう。刎ねた首が叫んだのは、〖断末魔〗の特性スキルか……死してなお嫌がらせに徹する、嫌らしいスキルだな。


 んな奴が、よくトレントさんを治療してくれたもんだな。

 トレントが、俺へと向かって移動してくるのが見える。

 何にせよ無事でよかったよトレントさ……あっ、これ、あいつもやられてるんじゃ……。


 トレントが枝を前に突き出しながら俺へと突進してくる。

 トレントの口の前が光ったかと思えば、赤い光の球体が俺へと跳んでくる。

 〖ファイアスフィア〗のスキルだ。


 か、完全に状態異常にやられてやがる……!


「〖ゲール〗!」


 アロの声が響く。

 吹き荒れた竜巻が火の玉を掻き消し、そのままトレントの身体を揺さぶり、葉を落とさせた。

 そこへ、土を纏わせて肥大化させた左手をアロが振るい、トレントの上部を殴り抜いた。

 トレントが前のめりに倒れる。


 ア、アロ……!

 アロには〖状態異常無効〗という神耐性が付いていた。

 あんな金切り声、なんともないのだろう。

 高位アンデッドさんは格が違った。


 ハッ、バジリスクめ。

 トレントさんくらいで俺を狩れると思ってたんなら、甘すぎるぜ。

 俺を倒したいのならトレントさんを五十本は用意するんだな。


「シーッ! シーッ!」


 ナイトメアが、興奮気味に俺へと駆けてくる。

 明らかに普段と様子が違う。奴もバジリスクの奇声にやられたらしい。

 俺……というより、その眼は相方の方に釘付けになっている。


 ついにこのクソ生意気なナイトメアを合法的に制裁できるときが来てしまったな。

 かる~く頭を小突いて、正気に戻してやるか。あくまで軽くな、軽く。力込めたら一撃で拉げかねねぇし。


 ……ナイトメアの背後から、ぞくぞくと新手の魔物がこちらへと向かってきた。

 大柄の二足歩行の牛に、三つ首亀の化け物……こ、こいつら、そういや、バジリスクに石化させられてたやつか。

 魔物の群れの中には、アダムの姿もあった。

 テメェ! なに格下のバジリスクにまんまと石化させられてやがる!

 Aランクの面汚しが!

 いや、アイツは洒落にならんよ!?


 一斉に戻した後に、広範囲型状態異常かまして殺し合いをさせるつもりだったらしい。

 なぜ石化を解くのが〖不吉な声〗のスキルなのか、名前と似つかわしくなくて首を傾げていたが、その意味がよくわかった。

 バジリスクがあの声を他の魔物に聞かせるときは、他の石化から戻した魔物で圧殺させるときなのだろう。

 とんでもねぇコンボだ。

 

 相方は迫り来るナイトメアを冷静に口に含み、俺へと目線で促した。

 俺も頷き返してアロを丸呑みにし、トレントさんを前足で掴んで持ち上げながら、地面を蹴って低空飛行を開始した。

 相方が物欲しそうに背後を見る。


『ト、トリニク…果物……』


 諦めろ! アレは喰えねぇし、壺も今から拾う余裕なんて……!


 ひょいと相方の口から頭を覗かせたナイトメアが、糸を壺とバジリスクへと吐きつけた。

 糸に引かれて、バジリスクの身体と壺がこちらへと引き摺られてくる。


 相変わらず器用な奴よ……。

 どうやら口の中に放り込まれて、混乱が解けたようだ。

 俺なら余計あらぶりそうだが、ナイトメアは相方がよっぽど好きらしいし、きっと口内が癒されるのだろう。

 アレ、アイツ変態なんじゃね?


 口から頭部を出したままのナイトメアが俺を睨んだ。

 俺は顔を前に向けた。


 とにかく、魔物を振り切ったら適当なところで体勢を整えねぇとな。

 アロもこれで進化圏内に入ったはずだ。

 壺の中身が全部出ちまうし、バジリスクの身体もボロボロになっちまう……いや、後者はどうでもいいか。

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