第348話

 追いかけてくるバジリスクの足音の間隔が、嫌に短く感じる。

 石化し掛かっている前足のせいで、俺が思うように速度を出せねぇせいだろう。

 俺は半身で振り返り、バジリスクに〖鎌鼬〗をお見舞いしてやった。


 バジリスクは風の刃を背を屈めて悠々と回避し、潰れた老翁の顔面を歪ませて笑った。

 チッ! むしろ、距離を詰められちまったか!

 俺はナイトメアが潜んでいる木の近くを大回りして避け、追ってきたバジリスクがそこを通る様に誘導しつつ、速度を落とす。


 バジリスクが突っ込んできたとき、バジリスクの身体の周囲に、極細の赤い線が光を反射した。

 木々の間に、大量の蜘蛛の糸が張り巡らされていたのだ。


 だが、あのくらいの糸じゃ、振り切られちまうぞ……?

 いや、何か考えがあってのことのはずだ。

 俺の腕の石化範囲も、段々と広がってきている。時間はあんまりねぇ。

 俺は急カーブし、バジリスクへと突撃する。


「……アァァ?」


 バジリスクが不機嫌そうに漏らし、そのまま赤い糸を引き千切った。

 一瞬減速したが、その程度のものだった。


 バジリスクが、すぐ傍の木の上を睨む。

 視線の先から、木の上方に潜んでいたナイトメアが姿を現し、赤い糸のダマを吐きつけた。


「ベッ!」


 バジリスクの口先から黒い唾が跳んだ。

 俺に使ったときよりもかなり規模が小さいが、〖毒毒〗のスキルだろう。

 ナイトメアの毒気を帯びた赤糸ダマが、バジリスクの唾液の前にあっさりとぐずぐずに腐食し、地面へと落ちる。

 そしてそれに留まらず、飛沫がナイトメアを襲った。

 ナイトメアは背中側から地面に落ちて、苦し気に脚を蠢かせる。


 ナ、ナイトメア!?

 ナイトメアお得意の毒攻撃だったお陰でダメージは押さえられたようだが……それでも、格が違い過ぎる。

 ナイトメアは既に虫の息のようだった。

 バジリスクはナイトメアの生死も確認せずに、すぐ俺へと目線を戻す。

 既に興味はない様子だった。


「グゥオオオオオッ!」


 俺は〖鎌鼬〗を放とうとして……バジリスクの尾の蛇が、びたんびたんと身体を地面に叩きつけて、糸を振り解いているのが見えた。


 バジリスクの尾は、本体より遥かに細身だ。

 それに蛇には、糸を払うための手足がない。

 身体に纏わりつく糸に対処できずにいるようだった。


 今なら、蛇の方ならば攻撃が当たる!

 〖ハイクイック〗、〖ハイスロウ〗、〖ハイレスト〗……こいつの魔法は強力な物ばかりだが、すべて、あの蛇が使っていた。

 俺も同じだからわかる。あっちの先っぽしか、恐らく魔法スキルが使えねぇんだ。

 あれさえ切断すれば、バジリスクに俺へ対抗できる術はなくなる。

 奴の生命線である〖ハイクイック〗の掛け直しができなくなる上に、〖ハイレスト〗がなくなって今見えているHPがすべてになれば、捕獲するのも容易くなる。


「…………」


 ぴくり、バジリスクの瞼が動き、俺へと駆けてくる速度を落とす。

 真っ赤な目は俺の翼へと向けられている。

 バジリスクは尾の蛇を後ろに回し、俺から隠す。


 だ、駄目だ。警戒されてっか。

 命綱の尾が糸塗れなんだから警戒心も強まるわな。

 後一手、後一手が今すぐ欲しい。手数が、足りねぇ。今、バジリスクの意識を分散させられるものが、何かあれば……。


 ふと、舌の上に乗っている感触に意識が向いた。

 そう、最初に捕食したアロである。


「グオオッ!」


 口内のアロに呼び掛けながら、俺は口を開く。


「風魔法〖ゲール〗!」


 俺の口の中からアロが叫ぶ。

 バジリスクが、目を見開いた。

 さすがに予想外だったらしい。

 俺の口内の熱と同化してたアロの位置は、〖熱感知〗でも見抜けなかっただろう。


 竜巻が地面を削りながら進み、バジリスクの顔面へとまともにヒットした。

 竜巻はすぐに四散したが、ノーダメージというわけにはいかなかっただろう。

 アロのステータスは、HPが高めの火力頼み魔術師だ。

 そこへ重ねて、俺の魔力を吸っての威力ドーピングも重なる。

 今まで、格上相手のレベル上げを容易に行ってきた攻撃方法だ。


 バジリスクの足が止まり、顔が竜巻の威力に圧されて後ろを向き、俺から視界が外れた。

 自身が隙を見せてしまったことを悟ったバジリスクは、そのまま大急ぎで身を翻す。

 判断が速い。今の動きがなければ、バジリスクの身体を狙うこともできた。


 だが、悪手だったな。

 身体で怪我を負おうが、〖ハイレスト〗で回復できただろうに。


 俺はバジリスクが俺に背を向けたことで露になった、纏わりついた糸を解くのに必死な蛇の尾目掛けて、〖鎌鼬〗を放った。


「ッ!」


 蛇が、ぴくりと身体を震わせる。

 自身へ向けられた風の刃を感じ取ったらしい。

 身体をピンと伸ばし、刃を避けるための態勢を取る。


 だが、残念だったな。

 刃の延長線上は、バジリスク本体の背中だ。

 本体が背を屈め、風の刃を回避しようとした。

 そうして自然、蛇の尾っぽが持ち上げられる。


「シャアァァァッ!?」


 本体を非難する様に蛇が叫ぶ。

 風の刃は、蛇の頭部を綺麗に切り飛ばした。

 頭を失った蛇の身体が、がむしゃらに身を動かしたが、それも束の間の事だった。

 すぐさま切り口から赤紫の血をホースの様に噴出して、勢いを失ったと同時に地面に垂れて、動かなくなる。


 切断された蛇の頭も、黒ずんで動かなくなった。


「アァァッ!」


 バジリスクが翼を広げて地面を蹴って、跳び上がった。

 そのまま飛んで逃げるつもりだろう。だが、その速度は、急落していた。

 ようやく〖ハイクイック〗の効果が解けたらしい。

 俺はすぐさま翼を広げて宙を舞い、バジリスクの前方へと回り込む。

 そして石化した腕を、ハンマーの如くバジリスクの頭へと打ち下ろした。


 頭の骨が、折れたかのような手ごたえがあった。

 や、やりすぎたか……?

 この腕、思ったより威力出ちまうな。


【耐性スキル〖石化耐性:Lv1〗を得ました。】


 お、スキル入った。

 そういや、この状態異常もらったの初めてだったな。


 バジリスクはまっすぐ地面へと落ちて行き、顎から地面に落下した。

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