第320話 side:トールマン
「…………」
第四大部隊の面子を引き連れながらの逃走中、吾輩はずっと不安であった。
本当にアザレアがウロボロスを討伐することができるのかどうか。
アザレアが敗れれば、吾輩はただ徒らに私兵を壊滅させた愚か者として周囲からの失笑を買うことであろう。
強い者が正義――吾輩はその信念に基づき、決して少なくない額を『飢えた狩人』へ投資してきた。
金にものを言わせ、アーデジアだけではなく周辺の国から強い者へ徹底的に呼びかけてきた。
この戦力、王国騎士団にも一切引けを取らんであろうという自負があった。
『飢えた狩人』は吾輩の半生であり、生き甲斐でもある。一番の財産と言えよう。
貴族の社交場でも何度も自慢したことがある。
その『飢えた狩人』がドラゴンに横槍を入れられ、たかが蛮族共に成すすべもなく敗退した。
目的のものも手に入らなかった。
とんでもない笑いものである。
国王の座が空いたこの時期でそんなことになれば、吾輩は我が家の恥として永遠に後ろ指をさされることとなろう。
それが今、すべてアザレアの手に委ねられている。
勝てるのならよい。
よい。だが、我が『飢えた狩人』の兵を一蹴したあのドラゴンを前に、今更アザレアがたった数名の兵を連れて、どうにかなるものなのか。
吾輩もあのドラゴンの前に怖気付き、アザレアの都合のいい言葉を信じて逃げ出してしまったが……本当に、これでよかったのか。
第一、アザレア自身が細い綱であると言っておったのだ。
その細い綱に、吾輩のすべてが掛かっている。とんでもないことである。
冷静になった今、その不安が何度も吾輩の頭の中を行き来していた。
吾輩が悩んでいると、グローデルが馬の速度を上げて吾輩へと近づいてきた。
「どうしたグローデル?」
「……トールマン様ァ、やっぱりアザレアの奴だけには任せておけませんぜ。そう思いませんか?」
「まぁ……そうではあるが……どの道今の戦力だけでは、もう何も……」
「忘れましたかい? 既にオレは、カーバンクルに関する情報をあの蛮族のガキから引き出してるんですぜ」
「……申してみよ」
吾輩は少し悩んでから、グローデルへとそう返した。
カーバンクルの情報については、一度アザレアに邪魔をされて聞き逃しておった。
しかし正直、あまり成功率の高い道だとは思えんかった。
今は第四大部隊を引き連れているとはいえ、大部隊長であるノーウェルを筆頭に、高い戦力を持つ者はほとんどアザレアに引き抜かれておる。
蛮族共と戦っても、数と地の利でこちらが押し切られかねん。
「前にこの森に『輝く獣』が現れたのは、大きな火災が起こったときだったそうです。だからこの辺に火を放ってやれば、向こうから出向いてくるかもしれませんぜ。伝説の幻獣カーバンクルさえ手に入れば、これまでの負け分は全部ひっくり返るってもんでしょう」
「大きな火災さえ起こせば、向こうからやってくるのか? なぜだ?」
「さぁ……? カーバンクルの目撃情報は極端に少ないですからね。一般には知られていない習性でもあるのかもしれませんぜ。どうします? トールマン様?」
「ふむ…………やってみる価値はあるかもしれんな。何もなければ、火をつけて逃げればそれでよい」
吾輩が答えると、グローデルはにやりと笑った。
「さっすがトールマン様。へっへ、やっぱ逃げて終わりなんてつまんねぇわ。オレ達はこうじゃねぇと」
吾輩は他の者達を止めて火魔法の扱える者を集め、森に一気に火を放つことにした。
火から逃れる手順や水魔法の扱える者での逃走ルート確保についてグローデルと話し合い、詳しい手順について詰めて行った。
「では、こういった部隊に編成し直すとするかの。どうだ、アザレ……」
そこまで言ってアザレアがおらんことを思い出し、溜め息を吐いた。
奴は頭が回るのでいつもこういう最終チェックは任せておったのだが、それがないというのは何とももどかしい。
いつも吾輩の意図を汲み取って絶賛しながらも、意外なところに視野を当てて細部の修正や万が一の保険を立ててくれていたのだが……。
アザレアのチェックがないと、本当にこれでいいのかどうにも不安である。
「グローデル、どうだ?」
「え? ああ、まぁ、いいんじゃないですかね」
「…………」
今おらん者は仕方ない。
吾輩は再び溜め息を吐いた。
ふと顔を上げると、ぽわっと光る、小さな小人のようなものが遠くの枝にずらりと並んでいるのが視界に入った。
服は着ておらず、顔も体も粘土でガキが捏ねて作ったかのように不格好である。
「不気味な奴らだな……なんだあれは」
「ラランでしたっけ? 道中でも見ましたよ」
「なんだそれは?」
「え? ま、害はないでしょう。この森はちょっとばかし数が多いみたいですが」
アザレアならばもっと知っておったであろうに……。
仕方がない。
害がないのならいいが、見ていて不快である。
「おい、誰かあれを追い払え。気色が悪いわ」
「はっ!」
しかし兵が剣を持って近づけばふっと姿が消え、また遠くへと移動する。
魔法を撃てどもなかなか当たりはせず、姿が消えてはまた移動する。
おまけになぜだかその度にラランの数は増えていくようであった。
最初はせいぜい十体ほどであったはずのラランは今や五十近い数になっており、吾輩達を監視するかのように四方の枝の上へと散らばっておる。
「何をしておる! とっとと追い払わんか!」
「申し訳ございませんトールマン様! 今すぐどうにかいたしますので!」
「まったく……」
数分の後、ようやく一体のラランへと矢が当たった。
ぱちゅんと身体が弾け、緑の液体が飛び散った。
続々と他のラランも消えていく。
これでようやく解放されるかと思いきや、目を逸らした隙に再びラランがどんどんと増えていく。
百近い二つの目が、辺りの枝の上から非難がましく吾輩達を見下しておった。
「殺せ! 矢を撃ちまくらんか! あれだけ集まっておれば、目を瞑っておっても当たるであろう!」
相変わらずほとんど躱されておったが、矢がラランへとどんどん当たるようになっていく。
しかし十近い数のラランを仕留めたときには、ラランの数は五百近くにもなっておった。
「な、なんだ!? あいつらはなんなのだ!」
「だ、大丈夫です。無害なはずですし……」
「明らかに吾輩達に敵意剥き出しではないか!」
「……場所を変えましょう。オレもちょっと、見てて気分が悪くなってきました」
それから場所を移したが……相変わらずラランは、どんどんと数を増やしながら吾輩の周囲へと集まっていく。
こんなに森の中にいっぱいおったとは思いもせんかった。
もう数えるのも面倒である。
どこを向こうが、少し離れた枝の上に、ラランがびっしりと並んでおる。
もはや百体やそこら殺したところで、何も変わりはなさそうであった。
「よ、よし、三体当たったか。でもこれ、いくら殺しても意味ねぇんじゃ……」
矢を射ておった兵が泣き言を漏らした。
と、そのとき、その兵を円状に囲むように、ずらりと百体ほどのラランが現れた。
「え……? え……?」
ラランがどんどん兵へと飛びついていった。
その兵が悲鳴を上げると、周囲の兵達も阿鼻叫喚。
悲鳴を上げてそちらへと杖やら弓を向けた。
「う、撃たないでっ! やめっ!」
周囲から魔法と矢の一斉射撃である。
ラランは一部はその場に弾けたが、大半は消えて逃げて行った。
中にいた兵は矢だらけになって息絶えておったが、身体が痩せ細り、わずかに縮んでおるようだった。
またラランが、他の兵を囲むようにずらりと現れる。
叫びながら逃れようとするも、重なって四方八方から飛び掛かってくるラランの前にあっという間に崩れ落ちていった。
一斉射撃でまたかなりの数のラランを仕留めたものの、真ん中にいた兵は惨死体へと変わり果てた。
次は吾輩の許へ来るのではないかと思うと、気が気ではなかった。
「どど、どういうことだグローデル! 無害ではなかったのか!」
「わ、わかりませんけど、なんでこんな……」
「も、森を焼けぇっ! 早く始めろっ! 火があれば奴らも近づけんはずだ!」
「は、はいっ!」「わかりました!」
結局隊を整える前に、魔術師による木々への火魔法の連打が始まった。
慌てて皆、逃走ルートの確保や水魔法の使える魔術師の確保に当たる。
吾輩もその場からひとまず去ることにした。
逃げる際中、更に辺りにラランがどんどんと増えていくのを感じていた。
重ねて不気味に思っておると、周囲の木々に茂っていた葉が、急激に変色して色褪せて行った。
そのままやがて茶色の枯れ葉となって落ちてくる。
それだけに留まらず、枯れた木が倒れて吾輩達の道を塞いだ。
馬が慌てて足を止める。
「止めるなっ! 跳び越えん……か?」
馬の足に、びっちりと大量のラランが張り付いていた。
「うおおおおっ!」
吾輩は慌てて馬から飛び降り、距離を取ってから剣を構えた。
辺りのラランが枝から降り始めた。
ラランが歩いた道の草木や花が枯れ、その分ラランが輝きを増していく。
あまりにおぞましい光景であり、ラランを無害な森の小人と評する気にはまったくなれんかった。
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