第447話

「イルジヴァアアアアアアッ!」


 ルインが咆哮を上げる。

 俺は飛んで逃げながら、背後を確認する。

 ルインが俺へと大口を開け、接近してきている。

 さっきまで滞空していた座標へと、両腕を振り下ろしていた。


 速い、やはり、奴は速い。

 速度補正魔法を掛けておいてもらって、本当に良かった。


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種族:ルイン

状態:崩神

Lv :54/150

HP :1486/2089

MP :1044/2393

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 ……レベルは、変わってねぇな。

 こいつの経験値テーブルに見合う様な人間や生物は、ルインの魔法攻撃に引っ掛からなかったらしい。

 始めてやろうじゃねぇかスライム。

 命懸けの、鬼ごっこを。


 俺はとにかく、王都を脱する方向へと飛んだ。

 この街から奴を引き放す。最低でも、それだけは達成してやる。


 俺の代わりに背後を確認していた相方が、低く唸る。


『来ンゾ、奴ノ動キガ固マッタ!』


『目線の先は! 奴がどこに放つのかが問題だ!』


『オレラノ前方ダ!』


 俺は首を下げ、斜め下へと急降下する。

 俺の尻目に、後ろ上方に虹色の光が浮かんだのが見えた。

 息を止め、直進してその場から距離を取る。


 背後から破裂音が響き、視界が光に覆われた。

 直撃は避けられた。

 俺は〖ルイン〗に後押しされ、前へ前へと飛ぶ。


 し、凌げた……だが、一回凌いだだけで、なんて疲労感だ。

 とにかく、相方と役割分担で視界が補えることがわかった。

 その点は大きい。

 それに奴は〖ルイン〗を放つ際に、そちらに集中するためか本体の動きが、いくらか疎かになる。

 これもありがたいことだった。


「オォォオォオォオオオオオッ!」


『マタ前ダッ!』


 今回も俺は高度を下げつつ、速度を引き上げ、前へと飛ぶ。

 また、前回同様に避けられるはず……そう、油断してしまった。

 俺を挟み込む様に、左右に虹色の光の球が生じた。


『ワ、悪イ、相方ァッ! ヤラレタッ!』


 こ、こっちが目線で探ってるのを察知して、目でフェイントを掛けて来やがったのか!?

 ルインに、知性が戻りつつある。

 俺の名前を発せる様になった時点で、覚悟しておくべきことではあったが、如何せん余裕のない状態であったため、一度の成功に依存しきってしまっていた。


 どうする?

 止まって逆方向に飛ぶか?

 いや、そんなことをすれば、ルインに捕まっちまう。

 前に行くしかねぇ、突っ切れ、俺!


 俺は身体を側転させて横倒しにし、翼を上下へと伸ばしきった。


 左右から〖ルイン〗の魔弾が炸裂した、虹色の光の衝撃波が、俺の身体を挟み込む。

 俺は翼の表裏に凄まじい圧迫感を感じた。

 身体がねじ切られそうになる激痛と共に、俺は高速で回転しながら、前方へと放り出された。

 そのまま死に物狂いで体勢を整え、速度を殺さない様に前へと飛ぶ。


『ど、どうにか、抜けてやったぜ!』


『イ、今、何ガ……』


 二つの魔弾の破裂の衝撃波により、挟み込まれた空間に、急速に気流が生じたのだ。

 俺は身体を縦にし、翼に気流を受けたのだ。


 もっとも、身体も完全に無事なわけではない。

 〖ルイン〗の生み出した気流に弄ばれたため、無理な体勢を強いられて腕や背、そして何より翼の骨に、鈍痛が響いている。

 今一番重要なのは翼だ。

 俺は〖自己再生〗で、翼の骨を修復し、飛行を継続する。


 今はとにかく、身を切りながら逃げ続けるしかないのだ。

 だが、これで、王都内を越えた。


 まず第一関門は乗り越えた。

 次の目標は、奴の最大HPが、半分……1000を下回るまで、逃げ続けることだ。

 そこまで削れれば、最悪の場合でも、ルインが王都まで戻る力は消失する。


『アイツ、ナンカヤッテクンゾ! 溜メガ、妙ニ長イ!』


 相方が悩んでいるのを感じる。

 奴が今から、仕掛けて来る……?

 でもあいつには、ルインを撃つ、追いかける、その二つしか選択肢はないはずだ。


『止マレ、相方ァ! 何カ変ダ、前ハマズイ!』


 と、止まる……?

 んなことしたら、相手の直接攻撃圏内に入っちまう。

 いや、だが、これまで相方の竜の勘が、プラスに働いた経験は多い。


 ここは、相方の勘を呑む!

 俺はほとんど下へと急降下する。

 前には進まねぇ。だが、ルインとの距離は取りたい。

 下に進めば、同じ高度のルインとの直線距離が生じる。


 俺の遠く前方に、大きく間隔を開けて、六つの虹色の光の球が生じた。

 俺は目を疑った。

 あ、あいつ、こんなに連打できたのか。

 いや、さすがにルインとて、MP消耗が激しすぎて、気軽に使える技ではないはずだ。


 等間隔に並んだ球が弾け、光が繋がり、巨大な光の壁が現れた。

 前に出ていたら、間違いなく〖ルイン〗の直撃を受けていた。

 しかし俺は魔弾の衝撃波に押され、宙で体勢を崩した。

 視界が虹色の光に覆われ、何も見えなくなる。


『ツ、カ、マ、エ、タ』


 身体全身を圧迫感と、激痛に覆われる。

 何か、巨大な物体に拘束された。

 いや、これは、ルインの、前脚……!?

 後方へ弾かれ、体勢を崩した隙を突かれ、奴の腕に捕まったのだ。


 光が薄れ、状況が見えてきた。

 やや肥大化した奴の手が、俺の身体に爪を喰い込ませていた。


 もがく、が、駄目だ。全然、抜けられねぇ。

 ビクともしねぇ、ステータスの差を突きつけられる。


 お、終わり……なのか、ここで? こんなに、あっさりと?

 奴の攻撃一つまともにもらったら、俺は死んじまう。

 おまけに、ここまで接近されてから逃れる術が、どこにもない。


 身体が軽々振り上げられて空へと掲げられ、次に一気に振り下ろされた。


『〖ハイレスト〗!』


 相方が回復魔法を行使する。

 身体が光に覆われ、傷が癒える。


 だが、このくらいじゃ、意味がねぇ……いや、それでも、ちっとでも、逃れるために、もがくんだ。


 まだどうなるかなんてわからねぇ。

 それでも、俺が諦めたら、そこで本当に終わっちまうんだ。

 王都にこいつが戻ったら、何人も死ぬ、殺される。

 アロや、ミリア、ヴォルク、ナイトメア、マギアタイトも、〖ルイン〗の餌食になっちまう。


 もう終わり?

 いや、少なくとも、俺の相方はそうは思っちゃいねぇ、だから、〖ハイレスト〗を使ったんだ。

 悪足掻きだってことはわかってる。だが、それの何が悪いんだ?

 自分と仲間と、大勢の命が懸かってて、あっさり諦められる奴の方が、ずっと格好悪いだろうが!


 相方が諦める前に、俺が諦めるわけにはいかねぇよな。

 脳をフル回転させろ、本当に何も考えられなくなっちまうまでは!


 俺は〖人化の術〗を使った。

 完全に使ったわけじゃねぇ、スキルを応用し、身体を圧縮し、体積を縮めたのだ。

 少しでも身体が小さくなれば、隙間ができて、俺を握る力が弱まる。

 俺はルインの手からすっぽ抜け、宙を飛んだ。


 や、やった、やってやった!

 そのまま、潰れかけの翼を広げ、どうにか飛ぼうと試みる。

 だが、すぐに、ルインの腕が俺へと伸びて来る。

 俺は翼を畳み、身体を曲げてリーチから外れる。


 避けた、はずだった。

 ルインの腕が、伸びたのだ。


 こいつは魔力の塊だ。

 サイズを少し変える程度、容易いことだったのだ。

 現に俺を追い掛ける前に身体が膨れ上がったし、今だって俺を捕まえるために、腕を巨大化させたじゃねぇか!



 俺は尾を伸ばして重心を変え、身体を逸らす。

 ルインの腕が、俺を掠める。

 さ、避けきった!


『離レロ、ヤラレッゾ!』


 ルインの腕が、輝きを増している。

 まさか自分の腕で、〖ルイン〗の爆発を引き起こすつもりか!?

 読み負けた。

 こいつの狙いは、ハナから〖ルイン〗で爆弾状態になった腕を、俺へと少しでも近づけた状態で破裂させることだったのだ。


 奴の腕全体が強い光を放ち、視界が虹色に覆われる。

 これまでとは規模が違う。確実に当たるタイミングで、俺を殺すつもりだ。


「シ、ネ。イルジアァ……」


 殺意を感じ、俺はルインへと、我が身を守る様に、左前脚を前へと伸ばした。

 次の瞬間、強烈な衝撃を全身に叩き込まれた。

 膨大な熱量が我が身を包み込む。

 炭化した左前脚の膝から先が、ボロリと地に落ちていく。


 終わった、のか?

 そう考えてしまった。

 だが、俺の尾が、地に触れた感触を、微かながらに感じていた。


 ま、まだ、生きている……?

 確かに俺は、ほぼ中央で〖ルイン〗の直撃を叩き込まれたはずだ。


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〖イルシア〗

種族:ウロボロス

状態:クイック(小)、マナバリア(小)

Lv :109/125

HP :281/2816

MP :284/2718

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 い、意外と、残っている……?

 これは……まさか!?


【特性スキル〖英雄の意地〗】

【HPが半分以上残っている状態で致死量のダメージを受けた場合、必ずHPを一割残した状態で耐えることができる。】


 た、助かった。

 このスキルがなかったら、今ので死んでいたはずだ。


 とはいえ、ここからルインとの距離を作るのは、普通に逃げるだけでは不可能だ。

 使えるものは、何でも使え、俺!

 とにかく、奴の気を引く!


『相方、〖フェイクライフ〗だ! 手段は選んじゃいられねぇ!』


『ハ、ハァ!? 何ニ……』


『俺の前脚だ! 考える時間はねぇ、使え!』


 俺は言いながら、身体を丸め、〖転がる〗へと移行した。


『〖フェイクライフ〗!』


 相方が放った黒い光が、俺の焼け落ちた前脚へと向かう。

 俺の前脚が蠢き、変形し、不格好な、目のない黒く焦げた竜となった。


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種族:ウロボロス・ピース

状態:呪い、火傷

Lv :1/65

HP :25/155

MP :28/144

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 成功した。

 ルインも俺が生き残ったことが意外だった上に、突如魔物が現れたことに理解が追いつかないらしく、一瞬、動きが止まった。


「ギィィイイ!」


 ウロボロス・ピースがゴツゴツとした翼を広げ、ルインの背後に回り込む様に飛ぶ。

 ルインは対応に遅れたものの、大口を開け、ウロボロス・ピースへと喰らい付いた。

 黒い鱗と、蒼の血が舞う。


 こんな使い方をしちまって、すまねぇ。

 だが、お陰で、奴の気を一瞬引けた。

 使えるもんを全部使わねぇと、アイツには勝てない。


「オオオ、オォォオオオオオッ!」


 ルインが呻き声を上げる。

 爆弾にしてぶっ飛ばした、奴の脚が再生していく。

 あっさりと復活した。やはり性質が魔力の塊なので、こういった点には有利なのだろう。


 そして遠ざかっていく俺へと、怨恨の篭った目を向ける。

 俺は俺で〖自己再生〗により、失った前脚を復活させていく。

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