第446話

 俺は空を舞い、ルインの魔法によって崩壊していている、城の上階層へと着地する。

 目線の先には、ルインが街並みへと〖ルイン〗をぶっ放しながら、大声で鳴いていた。


「オォォオオ、オォォオォオオォオオオオオオ!」


 ルインに近づいただけで、圧迫感を覚える。

 破壊衝動の化身そのもの。

 虹色に輝く、竜を象った光の塊。


 本当に、まったく攻略の隙が見えねぇ。


 ルインと同じ高さに立ったせいで、魔法に壊されていく街が、目にはっきりと見えちまった。

 遠くの方で、虹色の光に包まれた建物が、次々に崩れていく。

 その様子を、ルインの形を象っただけらしい空虚な目が、ぼうっと眺めていた。


「グゥルォオオオオオオオオッ!」


 俺は〖咆哮〗を上げた。

 ルインはこちらを振り返りはしなかった。

 だが、俺が鳴いた次の瞬間、尾が持ち上がり、その延長線上に俺を捉えた。

 尾は俺から大きく離れていたが、ルインが俺へと意識を向けたことの証明だった。

 来るっ!


 俺は床を尾で叩くと同時に、後ろ脚で床を蹴とばし、背後へと跳んだ。

 さっきまで俺が立っていた場所に虹色の光の球が浮かび、それが一気に爆ぜて光が広がった。


 爆風が俺を襲う。

 俺は大きく翼を広げ、翼で〖ルイン〗の衝撃を受け止め、それに押し出される様に後方へと飛んだ。

 そのまま滞空しながら、さっきまで俺が立っていた床を見る。

 ぽっかりと、綺麗な球状に大穴が開いていた。まるで、空間ごと抉られたようだ。


 襲い掛かってくるかと思いきや、ルインは相変わらず、街を眺めたまま動かない。

 クソ、本当に記憶、全部飛んじまってるのか!?

 俺のことなんか、まるで眼中にないらしい。


『ナンカ、ブッ放シテヤルカ?』


 相方からの提案が来る。


 だが、不用意にスキルで攻撃し、MPを捨てるような真似はしたくない。

 奴の回復能力の前には、地道に遠距離スキルで削ったところで意味がないのだ。

 俺が狙うのは、ルインの特性スキル、〖崩神〗による自滅だ。


 それに、自我の有無さえ怪しい今の奴へ攻撃したとしても、本当に攻撃対象がこっちに向いてくれるかどうか、怪しいところだ。

 あいつは恐らく、破壊衝動のままに、最も被害の出る方へとスキルを放っているだけだ。

 そうでもなければ、すぐ足許の俺達を無視して、街を攻撃し始めるような真似はしないだろう。


『おい、スライム、俺だ! こっちを向きやがれ!』


 ルインの頭部がピクリと揺れ、動きが止まる。

 さっきまで一定間隔で発動していた〖ルイン〗の魔法攻撃が止まった。

 俺は〖念話〗で、奴の心の内を探る。


『壊ス、壊ス……、……? 壊ス、コワ……ス……』


 相変わらず、どす黒い破壊衝動だけが、ぐるぐると渦を巻いていやがる。

 だが、その中に、困惑の様なものが見られた。

 行ける。きっと自我の片鱗が、あいつの中にも残っていやがったんだ。


 ルインの頭部が、戸惑う様に、何かを捜す様に揺れた。

 後、一押しだ。

 だが、これを押せば、奴の殺意が、俺に向く。

 そうなれば、俺は……いや、ここまで来て、躊躇うんじゃねぇ!


『俺だ、イルシアだ! 今度こそ決着付けてやる、来い、スライム! もうお前も疲れただろ? 神の声のところに、キッチリ送ってやるよ!』


 ルインの戸惑う様な動きが、ぴたりと止まった。

 虹色に輝く巨体が、床を踏み鳴らして破壊しながら、ゆっくりと俺を振り返る。


「……ヴィル、ジア……?」


 俺は唾を呑み込む。

 ルインと目が合う。奴の窪みの様な両の瞳が、赤々と輝いた様な気がした。

 恐らく流動的に七色に変化するルインの光がそう見せていただけなのだろうが、俺はそのときの奴の目に、背筋が冷たくなるような恐怖を覚えた。

 無機質な破壊衝動そのものだったルインに、今、再び悪意が宿った。

 戦いは、もう、避けられねぇ。


【称号スキル〖勇者〗のLvが8から9へと上がりました。】

【特性スキル〖英雄の意地:Lv--〗を得ました。】


 頭に告げるメッセージは、確かにルインが、俺に攻撃対象を定めたことを示していた。

 格好悪い話だが、後悔がないって言えば嘘になる。

 未だに俺は、こいつと対峙して無事でいられている明確なビジョンが、全然浮かんでこねぇんだから。


「オ、オォオオ、オオオオ……イルジァアァアアアァァアァァアアッ!」


 ルインが咆哮を上げる。

 奴が身体に纏う光が強まり、拡散していく。奴の立っていた床が崩れた。

 光が収まったとき、奴は、四枚の虹色の翼を広げて宙に浮かんでいた。

 明らかに、大きさが一回り膨れ上がっていた。

 翼で飛んでいるわけではないらしく、特に翼を動かしている様子はない。


 俺は身体を翻して正反対を向くと、前傾姿勢になり、一気に滑空する。


 啖呵切っておいて悪いが、俺に、まともにルインと戦える力はない。

 奴のステータスは、俺を大きく凌いでいる。

 おまけに魔力の塊である奴の身体に殴り掛かれば、それだけで俺は致命的なダメージを負う。

 種族名とまったく同じ名前のスキル〖ルイン〗も、広範囲殲滅魔法だ。

 正々堂々と挑めば、避ける余裕もなく瞬殺されちまう。


 俺が王都アルバンを守るためにできるのは、ルインを引き付け、この地から引き放すことだけだ。

 奴に付いた謎のスキル〖崩神〗によって、ルインの最大HPが完全に尽き果てるまで、逃げ遂せる。

 情けないが、俺にできることはそれだけだ。


 ……とはいったものの、俺は、今の不完全なステータスで、格上のルインから逃げ切れる自信は、あまりない。

 だが、この作戦の肝は、完全に逃げきれなくてもいいところにある。

 俺が奴を人里離れたところへまで誘導することができれば、そこで俺が倒れたとしても、奴は戻る途中に力尽きる。

 最悪、奴のHPの半分だけでも持ち堪えることができれば、これ以上、ルインによる被害を出さずに済むのだ。


 俺だって、取りたい手段じゃねぇ。

 だが、奴を相手取るには、最悪の事態を覚悟しなければならない。

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