第616話

『任せてくだされ主殿っ! レベルアップした私の力を見守っていてくだされ!』


 トレントが息巻き、木霊状態のままバンシーへと突っ込んでいった。


「わっ、私も!」


 アロもトレントに遅れて続く。


『気をつけろ! 一体じゃねぇ、何体か潜んでるぞ! こいつら、姿を消してフラフラと移動しやがるんだ!』


 アロ達よりランクは下とはいえ、バンシーのレベルは高い。

 それに、単体じゃねぇ。


 俺は背後から前脚を構える。


 今回、俺はなるべくMPを消耗したくはない。

 アロとトレントのレベルアップをしつつ、MPが戻るのを待つのが目的である。

 アロ達の補佐として、最低限の手出しで抑えるつもりだ。


『行きますぞっ! 〖クレイスフィア〗!』


 トレントの頭上に土塊の球体が浮かび、バンシーへと飛んで行った。


 バンシーはそれをひらりと回避した。

 バンシーのステータスはバランス型だが、魔法と速度に若干寄っている。

 動きが速いから、トレントが魔法攻撃で捉えるのは厳しそうだ。


「〖暗闇万華鏡〗!」


 アロが黒い光に包まれて輪郭が朧気になり、三人の姿に分かれた。

 三人が各々の方向に飛び、バンシーを中央に捉える。

 三人同時に腕を掲げ、手中に黒い光を溜める。


「〖ダークスフィア〗!」


 三連打の闇球がバンシーへ襲い掛かる。

 アロも速さがある方じゃないが、手数で補った。


 避け損なったバンシーは空中で一発の〖ダークスフィア〗を受けた。

 バンシーの泣き叫ぶような声が響いた。

 黒い光が爆ぜる。


 光が収まると、バンシーの姿はなかった。

 だが、アロは高火力魔法攻撃を有しているとはいえ、相手もまたA級のモンスターだ。

 一発で消し飛んでくれるとは思えねぇ。


『アロ! 気をつけろ、気配を消して潜伏してるはずだ!』


 三体のアロが、きょろきょろと周囲へ目を走らせる。


「アァァアアアアアアッ!」


 バンシーが突然空中より現れ、アロの一人を押し倒した。


「きゃあっ!」


 バンシーには〖ダークスフィア〗のダメージが残っており、左肩が吹き飛んでおり、頭巾も剥がれていた。

 身体に溝色の体液が流れている。


 バンシーの姿は、頭巾を被った少女のようだったが、隠れている顔は明らかに人外のものだった。

 口が異様に大きく、目には瞼がない。肌は腐った樹皮のようだった。


 振るう腕の先には、毒々しい色の、長い爪がついていた。


『アロッ!』


「アアアアアアアアアッ!」


 バンシーはそのままアロの胸部を、爪でぶっ刺した。


 クソッ! バンシーの透明化は危険だ。

 レベルが上がったので任せたかったが、A級高レベルはやはり危険だ。

 俺の上で戦わせておくべきだったか。


 分身体か本体かはわからないが、とにかく助けなければいけない。

 俺は〖次元爪〗を放とうとした。


 そのとき、アロの輪郭が崩れて膨張し、バンシーを覆うように動いた。

 空中に大きな牙が並び、巨大な口としか形容できないものが生じた。


「アッ」


 呆気に取られたバンシーが動きを止めた、その直後。

 巨大な口が閉じて、バンシーに喰らいついた。

 バンシーの身体が拉げ、体液が辺りに撒き散らされた。


 バンシーが腕を伸ばし、逃れようとする。

 口は、もう一度素早く開閉を行った。

 今度こそ完全に身体が崩れたバンシーの腕が、地面へと垂れた。


 つ、つええ……。

 拘束力がある上に、身体が変形するので素早く反撃に出られる。

 このスキルは、アロがワルプルギスに進化した際に得たものだ。


【通常スキル〖暴食の毒牙〗】

【身体全身を開いて巨大な口となり、目前の相手へと喰らいつく。】

【噛みついた対象からHPとMPを奪い、多種の状態異常を付与する。】


 ……見たときからなんだこれはと思っていたが、想像以上にえげつないスキルだった。


 巨大な口の輪郭が崩れ、再びアロの姿に戻っていく。

 

「りゅっ、竜神さま、見ましたか……?」


 アロが恥ずかしそうに口にする。

 ……俺はそっと、顔を地面へ逸らした。


『……た、たまたま下向いてたから、なにも見てねぇぞ』


 アロが疑わしげな目で俺をじっと見つめる。


『う、うう……またまともに経験値を得ることができませんでしたぞ……』


 トレントががっくりと膝を突く。


 そのとき、周囲一帯から泣き声のようなものが響いてきた。


『おい油断するな、まだ後何体か潜んでる……!』


 周囲に、一気に十数体のバンシーが現れた。

 木の枝に座っている奴や、地面を這っている奴もいる。


 そ、想定していた四倍の数のバンシーがいやがった!

 ここは撤退するか、俺も手出しするべきか。

 アロやトレントは突出したステータスを持つ代わりに、速度が極端に遅いのが弱点でもある。

 高レベルバランス型のバンシーに速度で劣っているため、一方的に攻撃を受けかねない。


『一度撤退……』


「任せてください竜神さま! あまり時間を浪費するわけにもいきませんし、やってみせます!」


 アロの一人がそう口にし、残りの二人もぎゅっと拳を固め、戦いの意志を見せた。

 ア、アロが男前だ……。


 確かにアロの能力なら、燃費の悪さと引き換えにA+級三人分になれる。

 そこまで戦力不利なわけでもない……か?


『よし、戦闘継続だ!』


 そのときトレントが、バンシーの一体に殴り飛ばされていた。

 〖幽歩〗で接近してきたバンシーに反応が遅れたようだ。

 吹っ飛ばされて地面を転がり、起き上がったところで三体のバンシーに囲まれ、おろおろとしていた。


『トレント!』


『あっ、主殿……』


『アレを使っちまっていいぞ! ユミルが来たら、そんときゃ引き上げて逃げればいいだけだ』


 トレントは何のことかと首を傾けたが、すぐに察したようだった。

 

『よっ、よろしいですか! では、お言葉に甘えて!』


 トレントの姿が一気に膨張していき、ワールドトレントの大樹の姿になった。

 複数のバンシーがトレントに集まっていき、爪攻撃や蹴りを繰り出す。

 トレントの身体が、打撃を受けて激しく揺れる。


「りゅっ、竜神さま、あれだと、トレントさんが的に……!」


『その程度、効きませんぞっ! 〖ウッドカウンター〗!』


 トレントが巨大な枝を振るい、集まってきたバンシーを弾き飛ばした。


 ワールドトレント以前は本当にしょっぱい性能だったが……ワールドトレントは、普通に強い。

 高レベルとはいえ、ランク下で、かつ素早さ寄りでバランス型のバンシーでは、トレントに纏まったダメージを与えることは困難だ。


「トレントさん、強い……」


 アロが呆気に取られたように口にする。


『敵を引き付けるのはお任せくだされ、アロ殿』


 トレントが幹を張り、得意げにそう言った。

 こ、心強く見える……!

 トレントがこんなに頼もしく見えたのは、初めてかもしれねぇ。


 というより、まともに耐久力を活かした戦い方を見せられたのが、今回初なのではなかろうか。

 ……何はともあれ、これまで中途半端にステータスが低いだけで耐久型とはいったい何だったのか状態のトレントが、初めて陽の目を浴びた。

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