第617話
大木トレントを中心に、バンシー集団との戦いが続いていた。
トレントは見事なものだった。
襲い来るバンシーの攻撃を受け止め、〖ウッドカウンター〗で薙ぎ払って飛ばす。
〖ウッドカウンター〗は決定打にはやや及ばない威力のようだったが、相手を吹き飛ばして隙を作れるのは大きかった。
〖暗闇万華鏡〗で三人になったアロが、トレントが吹っ飛ばしたバンシーに〖ダークスフィア〗をぶつけて数を減らしていく。
トレントの作ってくれた隙を活用すれば、速度で劣るアロでも、バンシーに確実に攻撃を叩き込むことができる。
アロ達は数の不利をものともしていなかった。
トレントのHPが削れてきたときには、俺が〖ハイレスト〗で回復してやった。
バンシーが俺の元に来たときは、さっと退避して大回りし、トレントの方へ向かうように誘導した。
A級の群れを相手に、完全に制している。
アロ達は本当に強くなった。
戦いの中、まだ五体残っていたはずのバンシーが、全員姿を消した。
逃げたのか……?
狂神状態の魔物が、敵を前に逃走するのはあまり考えられねぇんだが……。
次の瞬間、耳を劈くような泣き叫ぶ声が響いた。
今までの泣き声とは違う。
脳を揺さぶられるような、強い不快感があった。
こっ、これはバンシーのスキル、〖呪歌〗か。
相手のステータスを一時的に減少させる効果があったはずだ。
次の瞬間、トレントを囲むような配置でバンシーが現れた。
全員腕の先に黒い光を溜めている。
バンシーが頭を使ってきやがった。
カウンターで吹っ飛ばされるとわかって、トレントの防御力を〖呪歌〗で下げて、魔法攻撃の連打でトレントを沈めるつもりらしい。
『トレントッ! さすがにこれはまずいぞ!』
『任せてくだされ……耐えてみせますぞ!』
トレントの樹皮が厚くなっていく。
ワールドトレントは魔法攻撃を分解し、ダメージを軽減する力があったはずだ。
だが、それでもダメージを殺しきれるとは思えない。
俺は不安半分で見守っていた。
五発の〖ダークスフィア〗が、トレントの樹皮を削り飛ばしていく。
『うぐぐぐぐぐぐっ!』
身体が削れ、罅が入っていく。
『トレントォッ!』
や、やっぱり、かなりダメージが通っている。
『纏めてお返ししますぞ!』
トレントの周囲に、トレントの受けた数と同数……五つの黒い光の球が浮かび上がる。
それぞれが円軌道を描くように、バンシー達へと的確に向かっていく。
バンシー達が黒い光に包まれ、その身体を焦がしていく。
トレントは〖ダークスフィア〗なんて覚えてはいないはずだ。
今のは〖妖精の呪言〗か。
【特性スキル〖妖精の呪言〗】
【魔法攻撃の直撃を受けた際、木の中に住まう妖精達が同じ魔法を放って反撃する。】
【スキルの所有者の魔法力に拘わらず、受けた魔法攻撃と同じ威力で魔法は発動する。】
【このスキルによって発動された魔法は高い指向性を持ち、攻撃してきたもののみを対象とする。】
明らかにトレントの魔法力以上のダメージが出ていたようだった。
こうして見ると、使えるタイミングこそ限定的だが凶悪なスキルだ。
『み、見ましたか主殿、こんなものですぞ……』
トレントが苦しげに口にする。
か、格好よかったのに、締まらねぇな……。
……俺はトレントへ〖ハイレスト〗を掛けてやった。
その後、弱ったバンシー達を、アロの〖ダークスフィア〗、トレントの〖熱光線〗で仕留めていった。
戦いが終わり、トレントが木霊状態へと戻った。
アロも〖暗闇万華鏡〗を解除して一人に戻る。
『今回はっ! 今回は私も活躍できましたぞ、主殿!』
トレントが翼をぱたぱたと動かし、そう嬉しそうに主張する。
『アロもトレントも、よくやってくれた。これでかなりレベルが上がったはずだ』
A級高レベルの群れを相手に、ほとんど俺の補佐なしで、ここまで一方的に戦えるとは思っていなかった。
アロが目を細め、不安げに周囲を見ていた。
『どうした、アロ?』
「今、泣き声みたいなのが……」
その直後、近くの木の上から、突然バンシーがトレント目掛けて落下してきた。
大きく口を開けて爪を伸ばし、トレントを狙っている。
いっ、一体、まだ息を潜めてやがったのか!
俺は慌てて〖次元爪〗で撃ち落とそうとしたが、その前にバンシーの身体全身が裂けて体液が舞い、中から木の根のようなものが伸びた。
バンシーは地面を転がり、少し痙攣していたが、すぐに動かなくなった。
最後に、バンシーの頭に綺麗な花が咲いた。
『びっ、びっくりしましたぞ……。〖死神の種〗を使っておいてよかったです』
トレントはバンシーの惨死体を振り返り、ぶるりと身体を震わせる。
〖死神の種〗は、植え付けた相手から魔力を吸い上げ続けるトレントのスキルだ。
魔力がなくなった相手を絶命させるのは知っていたが、こ、こんな悍ましい形で発揮されるのか……。
改めて落ち着いてから、アロとトレントのレベルを確認する。
バンシーの群れとの戦いによって、トレントは【Lv:69/130】から【Lv:91/130】へと上がっていた。
アロは【Lv:76/130】から【Lv:94/130】へと上がっていた。
上がり幅が厳しくなってくるレベル七十台で、あっさり二十以上上げちまった。
このままレベル最大まで見えてきそうな程だった。
レベル100越えのA級の群れの経験値は美味しかった。
俺がほぼ手を出さずに討伐できたのも大きいだろう。
「トレントさん、凄かった!」
『ほっ、本当でございますか、アロ殿!』
トレントとアロがきゃっきゃと燥いでいる。
微笑ましい。
『……あ、主殿、どうでしたか?』
トレントがチラチラと俺を見ながら、そう尋ねてくる。
『凄かったぜ。今の戦いを見て再認識したが、やっぱりトレントは、あの巨像の番人攻略の大きなキーになるはずだ』
『ほっ、褒めすぎですぞ、主殿!』
トレントが身体をくねくねさせる。
俺はふと、遠くの空を見上げた。
『どうしましたか、主殿? 何か気になることが?』
『いや、トレントを褒めたらユミルが突撃してくるんじゃねぇかと思ってな』
前回、丁度そんなことがあった。
今もワールドトレントを晒した後なので、突撃して来てもおかしくない。
俺の中で、トレントの調子がいいときには何か災いが起きるというジンクスが芽生えつつあった。
トレントがどさりとその場ですっ転んだ。
『主殿、私を何だと思っているのですか……。冗談にしても縁起が悪いですぞ』
『わ、悪い。ここは、ユミルが出てきたところとも離れてるからな……』
俺は前脚で頭を掻きながらそう返した。
ひとまず準備は整った。
これからは休息をとってコンディションを万全にし、オリジンマターへ挑む。
そこで何か進展が得られると、俺はそう信じている。
「……竜神さま、何か聞こえませんか?」
『何? バンシーの生き残りか?』
俺は周囲へ目を走らせる。
ドシンドシン、ドシンドシンドシンと、遠くから聞き覚えのある轟音が聞こえてきた。
音の正体は確認するまでもなかった。
『やっぱりユミルじゃねぇか!』
俺はアロとトレントを勢いよく頬張り、地面を蹴って身体を丸め、〖転がる〗で音とは反対の向きにダッシュした。
俺の中で、トレントの調子がいいときには災いが起きるというジンクスが強化された。
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