第615話

 俺達はオリジンマターへ挑むべく、来た道を引き返していた。


 今まではオリジンマターから目を付けられたくなかったために地上を移動していた。

 だからオリジンマターに会いに行くことになった今、飛んで戻って見つかったらそのときは捜す手間が省けるという選択もあったのだが、何せ俺のMPの回復量がまだ充分ではない。


 そのため歩いて引き返し、〖気配感知〗でアロやトレントのレベル上げを行えそうな、魔物の群れを探していた。


 何せ、ヘカトンケイル戦はアロとトレントの力を借りなければどうにもなりそうにない。

 そしてそのための前準備として、アロとトレントにもオリジンマターへ共に挑んでもらう予定なのだ。


 危険な道だが、俺達に手段を選んでいる余裕はねぇ。

 ただでさえ、オリジンマター戦の前とヘカトンケイル戦の前に休息を挟みたいため、かなりのタイムロスが想定されているのだ。


 あの天にまで到達しそうな塔に、何かがあることは間違いないのだ。

 ヘカトンケイルに足止めされていれば、表の世界は神の声が呼び出した〖スピリット・サーヴァント〗にぶっ壊されちまうし、俺達だって〖狂神〗化のリスクがある。


「竜神さま……今、泣き声が聞こえた気がします」


 道中、俺の背に乗るアロが、そんなことを口にした。


『泣き声……?』


「はい、その、女の子の泣き声のような……」


 ここに人間がいるとは思えない。

 女の子となれば尚更だ。

 それに、俺の〖気配感知〗には、そのようなものは引っ掛かってはいなかった。

 正直、勘違いじゃねぇかと思うんだが……。


『方向はわかるか?』


「あっちの方からです」


 俺は背を見て、アロが指を差す方向を確認した。

 相変わらず何も感じなかったが、せっかくなのでアロの示す方へと向かってみることにした。

 仮に何か手掛かりのようなものが見つかればありがたい。


 何もなくても、そこまで大きなマイナスではない。

 一応オリジンマターの方へは向かっているが、飛んで探せばすぐに見つけられるはずだ。

 今はアロ達のレベル上げのため、ほとんど指標もなく歩き回っているようなものなのだ。


「あっ、今、聞こえましたか?」


 途中でアロが声を上げた。

 だが、俺には何も聞こえていなかった。

 

『トレント、聞こえたか?』


『いえ……』


 ……さすがに嫌な予感がしてきた。

 これ、アロ、なんだか聞こえちゃいけないものが聞こえてるんじゃなかろうか。


「ほ、本当に聞こえなかったのですか? 今、三人くらいの泣き声が、確かに聞こえたのですが」


 やっぱり〖気配感知〗には何も引っかからない。


『はは、アロ殿、怖がらせないでください……』


 トレントの〖念話〗がちょっと強張っていた。


「私もアンデッドなのに……」


 アロの複雑そうな声がする。

 ワルプルギスの区分がよくわからないので、正確には元アンデッドなのかもしれない。

 何ならトレントも木霊状態の間はペンギンお化けみたいな外観なのだが、どうにも幽霊の類となると少し怖いらしい。

 今更じゃねぇか……?


『しかし、確かにちっと不気味だな。アロ、悪いが引き返す……』


 そのとき、周囲から泣き声が響いてきた。

 俺は身構える。

 薄いが、確かに何かの無数の気配を感じる。

 アロは真っ先に気づいていたが、霊感のようなものが強いんだろうか。


 黒い木の影から、青黒い頭巾を被った少女が姿を現した。

 破れた土色のワンピースを纏っている。

 顔は頭巾に隠れて、よく見えない。


【〖バンシー〗:Aランクモンスター】

【死者の霊の集合体が、呪法により精霊としてこの世界に留まった成れの果て。】

【泣き声に同情した者の魂を引き抜き、自身らの一員に加える。】

【森奥で不可解な泣き声を耳にした者は、決して近づいてはならない。】


 A級モンスター、か。

 今のアロ達のレベル上げに丁度いい相手だ。


 ……それに、恐らくバンシーは複数いる。

 アロが聞いた鳴き声によれば、三体はいるとのことだった。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:バンシー

状態:狂神

Lv :103/120

HP :1744/1744

MP :1124/1124

攻撃力:958

防御力:642

魔法力:1263

素早さ:1225

ランク:A


特性スキル:

〖HP自動回復:Lv4〗〖MP自動回復:Lv5〗〖アンデッド:Lv--〗

〖闇属性:Lv--〗〖忌み声:Lv--〗〖狂神:Lv--〗


耐性スキル:

〖物理耐性:Lv4〗〖魔法耐性:Lv5〗〖毒耐性:Lv6〗

〖麻痺耐性:Lv6〗〖混乱耐性:Lv3〗〖石化耐性:Lv3〗


通常スキル:

〖カース:Lv6〗〖死神の爪:Lv5〗〖毒毒:Lv6〗

〖幽歩:Lv7〗〖ダークスフィア:Lv7〗〖吸魂:Lv6〗

〖デス:Lv5〗〖呪歌:Lv6〗〖仲間を呼ぶ:Lv5〗


称号スキル:

〖元聖女の配下:Lv--〗〖泣き女:Lv--〗

〖最終進化者:Lv--〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ステータスにそう気になるところはないが、不穏なスキルが多い。

 〖幽歩〗に〖吸魂〗、〖呪歌〗か……。

 さすがに無条件で呪い殺されるようなスキルはねぇだろうが……。


【通常スキル〖幽歩〗】

【自身の姿を消し、気配を薄くする。】


 なるほど、気配を掴めなかったのはこのスキルのせいか。

 ……他にもこのスキルを使って潜伏しているバンシーがいると考えると、ちょっと厄介だな。

 この〖幽歩〗、恐らく他の同系列のスキルよりも効果が大きい。

 何せ、俺でも気配を掴むのに苦労したのだ。


【通常スキル〖吸魂〗】

【接触した相手の魔力を吸い取る。】

【唇越しに吸うことで効果を大きく高めることができる。】

【また、このスキルによって魔力を吸い尽くされた対象は、魂を取り込まれる。】


 お、おっかねぇ……。

 バンシーの説明とも一致するスキルだ。

 バンシーの代表的なスキルなのかもしれねぇ。

 〖マナドレイン〗の上位版とでもいったところか。


【通常スキル〖呪歌〗】

【泣き声のような歌。】

【相手のステータスを一時的に減少させる。】

【〖呪歌〗に魅せられた者は、指一本まともに動かすことさえできなくなっていく。】


 これもまた厄介なスキルだった。

 泣き声を聞いた相手のステータスを減少させるらしいが、この書き方、恐らく攻撃力や魔法力が、全体的に下がっていくのだ。

 俺も泣き声を既に耳にしている。

 既に〖呪歌〗に掛かっているのだろうか。

 まだ、自身の身体能力が落ちたような実感はないが……。

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