第205話

 俺は赤蟻達と共に、巣へと帰還した。

 他の赤蟻達と並び、隊長赤蟻に続いて歩く。


 巣の奥の、ちょっとした空間があるところに辿り着いた。

 赤蟻達は敵の巣から持ち帰った真っ赤な繭を横一列に並べていく。

 俺は口を開け、口内に放り込んでいた繭を吐き出した。

 うげ、ちょっと気持ち悪い。ぺっぺっ。


 持ち帰った繭は四十ある。

 向こうの巣では、赤蟻が一度に育てるのが四十程度らしい。

 さすがに一度に百や二百をぽんぽん育てられるわけねぇか。

 そんなに増えてたら世界中赤蟻で覆われるもんな。


 ……しかし一度に四十体産んで、巣にいるのが二百体足らず程度か。

 女王蟻が一生で産める数に限りがあるのか、この砂漠では赤蟻もぼんぼんと死ぬのか。

 次に子を産めるようになるまでのスパンが結構開くのかもしれねぇな。


 運んだのは赤蟻達が二十個、俺が十個、相方が十個である。

 ……あれ、どうした? 相方、早く吐けよ。


「ガァッ?」


 相方が口を開けて鳴く。

 口の中には何もなかった。

 お、おい。

 嘘だろ?


 俺はそっと繭の保管庫から出て、女王蟻の元へと向かうことにした。

 さっさと女王蟻に挨拶をしてここを出よう。


 通路に入るとき、俺は小さく振り返った。

 赤蟻は手先をちょいちょいと動かし、繭の数を数えては頭を捻っていた。

 俺は何も見なかったことにした。


 女王蟻のいるところは覚えている。案内も不要だ。

 勝手にうろつくと警戒されそうだが、俺だってあまり時間はない。


 俺は女王蟻の元へと向かう。


 女王蟻の横には、二体の赤蟻がついていた。

 俺の姿を見ると二体の赤蟻は警戒するように背を屈めるが、女王蟻がそれを諌める。

 赤蟻が後ろへと引き下がっていく。


『ゴ苦労デアッタ。報告ハ聞イテオル。今回ノ被害ガ十体。ソシテ奪ッテ来タ繭ガ、四十ダト』


 俺は咄嗟に思考を無にして、別のことを考えた。

 相方のやらかしたことは、できればバレたくなかった。時間の問題だろうが。


 女王蟻は、不思議そうに首を捻る。

 なんとか〖念話〗で引き出されずに済んだらしい。


『……レベルハ、満足ニ上ガッタカ?』


 少し心配げに女王蟻は訊いてくる。

 俺が〖念話〗に抵抗したので、不安になったのかもしれねぇ。

 次から余計なことはしないでおこう。


 警戒する気はわかるが、安心しろよ。

 もうあんたらを襲うつもりはねぇよ。

 いいように使われた気はするが、こっちの目的は充分に果たせたからな。

 むしろ感謝してるよ。


『ソウカ、ソレハ良カッタ。実ハ我ハ、モウ一ツ他ノ赤蟻ノ巣ヲ知ッテ……』


 …………。


『……イヤ、コノ話ハ、イイカ』


 ……また繭拾ってきて兵力増強できないかと考えてねぇか?


 やっぱし俺を使ってライバルの巣を潰すのが主目的だったんじゃなかろうかと勘ぐってしまう。

 あっちの赤蟻の女王も、こっちの女王を知ってるみたいだったし。


『巣ヲ襲ッタ相手ニ言ウノモオカシナ話ダガ、我モ助カッタ。何カアレバ、我ラヲ呼ブガイイ。手ヲ貸ソウ』


 ……この砂漠はもう離れるつもりだから、そんな機会はねぇと思うけどな。

 どっちかというと、『何かあったら手を貸すから、こっちには手を出さないでね』的な意図を感じる。


【称号スキル〖兵隊蟻:LvMAX〗を得ました。】


 うん?


【称号スキル〖兵隊蟻:LvMAX〗が〖隊長蟻:Lv1〗へと変化しました。】

【称号スキル〖隊長蟻〗のLvが1からMAXへと上がりました。】

【称号スキル〖隊長蟻:LvMAX〗が〖王蟻:Lv--〗へと変化しました。】


 ……なんか、変なスキル生えてきたんだけど。

 まぁ、強国倒すのに貢献したようなもんだもんな。

 赤蟻社会では手柄を上げたら出世できる形式らしい。


 蟻の王になって地下暮らし……うーん、どうなんだろな。

 それはそれでちょっと楽しそうな気もするんだけど。


 ……これ、進化先に影響すんのかな。

 それちょっと困るぞ。


 俺は女王蟻と別れてから赤蟻の巣を出て、空を飛んだ。

 しばらく飛び回っていると、遠くに泥沼が見えた。


 この砂漠にある泥沼は、大ナメクジが作ったものだ。

 普段ならば蜃気楼で隠すか、オアシスを見せて釣りをするかしているはずだ。

 つまり泥沼が見えるということは、最近大ナメクジが討伐されたことを意味する。

 アドフの可能性が高い。


 泥沼の近くへと寄ってみる。

 沼の縁に座っているアドフの姿が見えた。


 ……ひょっとして蜃気楼に騙されたんじゃねぇだろうな。

 いや、そんなわけはないか。泥水でも水には違いないからな。

 からっからの砂漠にいるよりはずっといい休憩になる。

 俺を目印にできると判断して動いた可能性もあり得る。


 アドフが俺を見上げ、立ち上がる。

 俺はアドフの前へと降り立った。


「……例の日はもう明日だが、準備は、できたのか?」


「グォッ」


 俺は頷く。


 頷きながら、考える。

 本当に、アドフを連れて行っていいのだろうか、と。

 アドフの腕は、まともに戦える状態ではないはずだ。


 アドフの証言があれば、確かにあの勇者の後ろ盾を崩せる可能性はある。

 だが、望みは薄い。試す価値はある、程度のものだ。


 今までの話を聞いている限り、向こうが不信感を持たれることを覚悟の上でアドフを処分し、強引に誤魔化そうとする可能性の方がずっと高いように思う。

 そうなれば、結局戦うしかないのだ。

 戦いになれば、今の状態では、アドフは無駄死にになりかねない。


 俺が単独でハレナエに向かい、勇者を牽制しながら、捕まっているニーナとアドフの親族を回収する。

 そっちの方がいいのではないだろうか。

 ……ただこの場合、冤罪を晴らせてはいないため、尾を引く可能性もあるが。


「安心してくれ」


 俺の不安気な顔を見て、アドフは言う。


「必ず俺が、奴の後ろ盾を崩してみせる。自信はある」


 迷いのない目をしていた。


「グォォオ……」


 俺は不安に思いつつも、頷いた。

 教会と勇者を切り離すのは、現実的ではないかもしれない。

 だが、その部分をなんとかしなければ、ニーナやアドフの親族の受け入れ先が見つからないであろうことも事実なのだ。

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