第458話

 俺はアロ、ナイトメア、トレント、そしてヴォルクとマギアタイト爺、黒蜥蜴を乗せ、とにかくその場を離れるため、行先は考えずに飛んでいた。

 今、リリクシーラの追撃を受けるわけにはいかない。


 ベルゼバブが強襲に来たときは、リリクシーラはルインから受けた傷が深かったためか、姿を現すことはなかった。

 だが、万が一、リリクシーラとベルゼバブが揃ってこの場に現れれば、今の俺では勝ち目はない。

 今は退き、力を蓄え、奴らを返り討ちにする。


『……流れで連れて来ちまったが、ヴォルクとマギアタイトは来てよかったのか?』


 俺は背に乗る彼らに問う。


「仕方あるまい、連中に目をつけられたのでな。恐らく奴らの話していた内容からして、我が敵に回ったときのことを案じているようであった。次に捕まれば、保険として殺されかねんからな」


 ヴォルクが答える。


 いくらなんでもそこまではしないだろう……と、思いたいが、リリクシーラが何をやらかしてくるのか、俺にはもう、さっぱりわからない。

 希望的な見方は捨てるべきだろう。

 はっきり言って、俺には最早、リリクシーラの思考はまったく理解できねぇ。


「それに、お前に興味が湧いたのでな。長年敵に飢えていた我が、ここまで力不足を痛感させられることになるとは。お前の近くにいれば、退屈せずに済みそうだ」


 ヴォルクが不敵に笑う。


『ココマデキタノダ。余モ、最後マデ見届ケサセテモラウゾ。貴殿ノ相棒ハ、余モ知ラヌ相手デハナイノダシナ』


 マギアタイト爺から〖念話〗が送られてくる。

 相方がマギアタイト爺を喰うかどうか悩んでいたところくらいしか関わりが思い出せねぇが、律儀なことだ。

 頭に思い出すと、こんな状況でも、少し笑いそうになっちまった。


『……ありがとうよ、ヴォルク、マギアタイト爺』


「我にとっては、こっちから礼を言いたいくらいだ。だが、ウロボロスよ、行き先に当てはあるのか?」


『世界の果てにあった島に、戻ろうかと悩んでる‥‥‥』


 しかし、あそこにはエルディアがいる。

 事情を話せば立場を変えてくれるかもしれない。

 だが、俺は、エルディアの様に人間の支配や竜の繁栄など、別に考えてはいないのだ。

 いずれ、また対立することになるだろう。


 仲間の命も掛かっている。

 都合よく法螺を吹き込み、エルディアを引き込むだけ引き込み、不要になれば切るのがベストなのかもしれない。

 だが、それでも、裏切りを前提に、一時的に利用する様な真似を取りたくはない。

 俺はリリクシーラとは違うのだ。


「ほう、世界の果てから来たのか。西の果ての地か? だが、あまり気は進まないらしい」


『……まぁ、そうだな。だが、他に選択肢はない』


 俺は、進化しなければならない。

 俺の〖竜鱗粉〗は、長く行動を共にしていれば、耐性のないものには毒になる。

 べったりくっ付いていたニーナでも数日は発症しなかったし、ヴォルクはニーナとは違い身体も強く、俺から一時的に距離を取っていても安全の確保はできるだろう。

 だが、黒蜥蜴はどうなるか怪しい。

 ヴォルクにその間は見てもらうとしても、とにかく、ハンデになる要素は潰しておかなければならない。

 今はまだ確証は持てないが、仮に進化して魔法スキルが戻って来て〖ホーリー〗を使って自由に解呪ができるようになれば、〖竜鱗粉〗による被害の心配も不要になる。

 

 そして進化した後も、レベリングしなければならない。

 俺のレベルを少しでも上げるためには、アダムを狩り続けるしかない。

 竜王エルディアを倒すのも……選択肢に、入る。元々、相容れない相手、敵なのだ。


「いや、単に強い魔物のいる辺境地であれば、心当たりがある」


 ……あ、あるのか?

 あのアダム島より、恐ろしいところが。


「四大魔境と呼ばれる地がある。最北の大渓谷、最西の巨大樹島、最南の火山島、最東の異境地……どの地も、歴代の魔王や魔獣王が拠点として生態系を荒らした名残があり、他の地とは一線を画す凶悪な魔物が住処としている」


 お、おお、ここにきて、人間知識はありがたい。

 恐らく最西の巨大樹島が、俺のいたアダム島なのだろう。


 ……にしても、まだまだそんな地がいっぱいあったとは知らなかった。

 スライムの奴がどこからあんなチートスキルを仕入れて来たのかと思っていたが、四大魔境から持ってきたのかもしれない。


 だったら俺が目指すのは、最西の巨大樹島を除いた残りの三つ、最北の大渓谷、最南の火山島、最東の異境地だ。


「どこも行く手段自体がなかった。船で行こうにも、同行の者がおらんかったからな。火山島など、あまりの大地の熱に、常人には歩くことさえも敵わぬ魔境であるという」


 とんでもねぇところだ。


「無論、我には問題ないがな」


 お、おう、そうか……。

 しかし、そこなら確かに、リリクシーラの聖騎士団がまともに行動できない可能性もある。

 ヴォルクは問題ないらしいが、こいつには〖自己再生〗がある。普通のちょっと強い人と比べてはいけない。


 俺は少し考える。

 リリクシーラには、ベルゼバブの〖眷属の目〗がある。

 あれがある限り、どんな僻地に隠れてもいずれ暴かれ、奴らが来る。

 それは構わない。必ず俺は、リリクシーラを討つ。

 だが、準備が整う前に来られては、厳しい戦いを強いられる。


『……一番向かうのが難しいのはどこだ?』


「ふむ……どこも情報が少ないので一概には言えないが、最東の異境地、だな。霧に覆われた、荒廃した大地が続いているという。我は、四大魔境の中でも最も危険な地だと睨んでいる」


 俺は頷いた。


『ヴォルク、そこを目指すが構わないか?』


 ヴォルクがニヤリと笑う。


「正気か? 歴代勇者や、聖女でさえ足を踏み入れることを拒んだと噂される、呪われた地だ」


『ああ、霧が目晦ましになるなら、リリクシーラも俺達を見つけるのが遅れるはずだ。大回りしていく先を誤魔化しながら、最東の異境地を目指す』


 リリクシーラの持つ〖ラプラス〗の予知がどの程度脅威になるのかはわからないが、蠅の目を誤魔化せるかもしれないのは大きい。

 歴代勇者や聖女が恐れたのがなんだ?

 たかがA級、A+級モンスター、死ぬ気で喰らいついて、俺の糧にしてやる。

 それに最悪の魔境は、リリクシーラから身を守る盾にだってなるはずだ。

 

 俺は、最東の異境地でレベリングを行い、次の進化を果たし……アロ達のレベルも引き上げ、リリクシーラの奴と、決着をつけてやる。


 まず、俺は北側へと飛んだ。

 意味があるのかねぇのかはわからねぇが、フェイントは掛けておいた方がいいだろう。

 下に陸地がなくなり、海が広がり始めてきたところで、一気に東側へと方向転換を行う。


 見ていてくれよ、相方!

 俺は絶対、こんなところじゃ死なねぇからよ。

 あいつをぶっ飛ばし、必要とあれば神だってぶっ飛ばしてやる。

 奴らの駒や玩具になんて、絶対になってやるもんか!

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