第457話 side:相方
……気が付くとオレは、真っ暗な場所を、ただ、前へ前へと歩いていた。
どうやらここは森の中らしい。首を横に向けると、ところどころに木が生えているのが、朧気ながらに目に映る。
なんだ、ここは?
記憶がはっきりとしねぇ。それに、なんだかイライラする。
ぼうっとしていたせいかほとんど無意識だったが、どうやら身体を動かしているのはオレの方らしい。
なんだ、相方の奴、サボってやがんのか?
オレが相方へと目を向けると……相方ン首が、途中から靄が掛かった様に、見えなくなっていた。
おい、どこ行ったんだ?
なんだ? ここは夢か?
しっかりとは覚えてねぇが、寝てる場合じゃなかったはずだぜ、何がどうなってやがるんだ?
オレは、どうしたんだったか?
確か……あのクソアマが裏切って強襲仕掛けてきやがって、魔王の野郎に追いかけられて……逃げる余力がなくなっちまって……そんで……そんで。
ああ、そうか、オレは死んだのか。
薄暗い森の中、辺りを、オレと同じ様に前へ前へと進んでいく奴らが、たくさんいた。
それは魔物だったり、人間だったり、様々だ。全員、身体に色がついていねぇ、白黒だ。
自我がないのか、虚ろな顔つきで、ひたすら前へと歩いていく。
連中は、歩くごとに身体が溶け出していた。半分くらいドロドロになっちまってる奴ばっかりだ。
前に進めなくなった奴は、完全に身体が溶け出し、地面へと沈んで消えて行った。
「ガァァ、ガァァアッ!」
オレは思いっきし鳴いてみた。
だが、どいつもこいつも、反応を示しやしない。
「ガァァァァアッ!」
やはり駄目だ。何の反応もねぇ。
オレは薄っすらと、ここはどうやらそういうところらしいと、察していた。
死後の世界、そういうことだろう。
試しにスキルを使おうとしてみたが、何の反応もねぇ。
使い方自体が頭から綺麗に抜けちまった感じだ。
だが、オレは他の奴らとは違う。
意思を保ち、立ち止まることができる。
もしかしたら元の世界に帰ることだってできるんじゃねぇだろうか。
オレは、背後を振り返ってみた。
真っ暗というよりは、真っ黒だ。一面に完全な闇が広がっていた。
歩いて来たところは、帰ることができねぇんだろう。
元々期待してなかったから、すんなりとそう受け止められた。
オレは変わり映えしない景色の中、周囲を見回しながら前へと進んでいた。
相方の奴は、あの後どうなったんだろうか。
薄っすらとしか覚えていねぇが、オレが喰らいついたとき、魔王の奴はほとんど死にかけだったはずだ。
上手くいったとは思いてぇが……。
ふと、道沿いの木の下に、ニンゲンのガキが一人、頭を抱えてわんわんと泣いていた。
ひょっとしたら、未練があったら形を崩さずに残っちまうのかもしれねぇな。
オレは相方とナイトメア、アロとトレントの姿を薄っすらと思い出し、溜め息を吐いた。
オレは前に進むのをやめて、ガキのところに近づいてみた。
ガキはビビッたのか、泣き声を止め、呆然とした目でオレを見上げる。
「し、死神……?」
生憎、ンな奴がいたらオレがボコボコにして生き返らせさせるところなんだがな。
今のオレじゃニンゲンに化けることもできねぇみたいだから、しばらく横で寝ころんで、喰らいつく振りをしたり、頭に乗せてやったりして、適当に相手をしてやっていた。
その内に警戒が解けたのか、ガキがあれやこれやと馴れ馴れしく訊いて来るようになった。
オレは適当に首を振って反応だけ返してやった。
他にやることもねぇから、ガキを乗せて前へと進むことにした。
後ろには戻れねぇからな。横に行こうにも、一定以上は見えねえ壁みたいなのがあって、それ以上はいけねぇようだった。
進めば進むほど、周囲の亡者の群れはどんどんと数が減っていく。
原型のない奴らも増えていき、ドロドロのスライムみてぇな奴ばかりになっていく。
そういや、あの魔王も、ここに来たんだろうか。
周囲を見るが、特に姿は見当たらねぇ。
あいつが早々と消えるとは思えねぇが、世界中の亡者がここに送られてきて、これだけの数っつうはずもない。
数か所に分けられてるのかもしれねぇ。
或いは、死に際のオレの見ているだけの夢だから、そんなことを考えても仕方ないことなのかもしれねぇが。
「誰を捜してるの? 友達?」
背の方からガキが声を掛けて来る。
オレは首を振った。
それからガキは、しばらく、自分のことについてを話していた。
どんな国で生まれたのか、どんな家で生まれたのか。
オレはそんなに興味はなかったし、ニンゲンの世界の話なんてよくわかんねぇし、こっちがわかってる前提で話しやがるからさっぱりだった。
だが、適当に頷いたり、声を出して相槌を打ってやった。
ガキも満足そうに話してたんだから、それで十分だろ。
別に、一から十までわかんなかったわけじゃねぇしな。
段々とガキの話すペースが遅くなっていって、やがて途切れた。
しばらく経っても話し声が戻らねぇから背中を見たら、いつの間にかガキはいなくなっていた。
自分のことを整理して、オレに話して、それで満足しちまったのかもしれねぇ。
感覚がほとんどなくなっているから、全く気付かなかった。
オレは前を向き直り、少しだけ進む速度を上げた。
思えば周囲から木がなくなり、歩いているドロドロも一つ残らずなくなっていた。
ただ、色のねぇ、白黒の草原が一面に広がっている。
ずぅっと歩いていると、道の真ん中に木があった。
それを背に、一人のガキが座り込んでいた。
てっきりさっきの奴みてぇな亡霊かと思ったが、そいつは、無表情の目をオレに向けると、そのままの顔で立ち上がった。
なんとなく、不気味な奴だった。
【お初にお目に掛かります。私は〖ラプラス〗、この世界そのものであり、この世界の法の番人です。】
……なんだ、テメェが、神の声か?
こんなところにコソコソ隠れて、オレ達を弄んでやがったのか?
【貴女方が〖神の声〗と呼ぶものは、私の声に割り込んで強引に呼びかけているだけの、また別の存在です。】
ああ?
番人っつうんだったら、その強引に割り込んでる奴をぶっ飛ばすくらいやってくれてもいいんじゃねぇかよ。
【私は出された指示を従来の価値観に則って判別し、許可を与えて行使する以外に権限を持ちません。】
【ここでは少しだけ融通も利きますが、基本的に上の世界に対して何かを始めることはできないのです。】
【彼らは、自由意志を持たない私に目的だけ与えたときに、どの様な手段を取るのかが予測できなかった。】
【だから私が不要な行動を取ることを恐れ、基本的な価値観と演算による上位権限の許可、自己防衛程度に留めたのでしょう。】
ガキはよくわからねぇことを宣い、オレへと歩み寄ってくる。
相方の奴なら、もうちょっと何かわかったんだろうか。
【故に、私も貴女を元の世界へと戻してあげることはできません。】
【私にできるのは、演算と、上位権限の認可と、自己防衛くらいのものです。】
【ただし、貴女に少しだけ、些細な、それでいて効果的なスキルを与えることはできます。】
ガキが手を伸ばすと、オレの頭に赤い光が灯り、小さく萎んで消えて行った。
オレはガキを睨む。
これが、何になるっつうんだよ?
ここじゃスキルは使えねぇんじゃねぇのか?
つーか、今更オレに何ができるんだ?
そもそも、お前は何がしてぇんだ?
【与えられた行動の中で、目的を果たそうとしているだけです。】
そう言って、ラプラスと名乗るガキは、また木の根に座り込んだ。
【何にもならないかもしれません。ですが、少しだけ、ここでお待ちになられてはどうでしょうか?】
ガキが少しだけ上体を上げて、木の裏側、道の先へと目を向けた。
【無論、通り過ぎて向こう側に行かれるのも、また自由です。】
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