第392話

 俺はヴォルク、アロ達と共に、ミリアの治療を申し出てくれた元薬屋の男の家へと向かうことにした。

 中年男はモディーと名乗り、その場で〖レスト〗を使ってミリアを回復してくれた。

 このペースなら、毒さえどうにかなる目途があるのなら、命の危機はなさそうだ。


 家はすぐ近くにあった。どうやらモディーは、騒ぎを聞いて飛び出してきたところだったらしい。

 元々家の一部を薬屋として使っていたらしく、埃を被ったカウンターと、薬瓶の詰まった棚が並んでいた。

 奥の方に、ブラウン髪の少女が、惚けた様にぼうっと椅子に座っていた。

 随分と眠そうだ。


「自己紹介が遅れましたが、私はモディーといいます。そして向こうに座っているのが、娘のリュオンでして……リュオン、少し客人を招くよ」


 モディーが部屋奥へと声を掛けると、少女はそのままの表情で、彼の方を振り返りもせずに頷いた。

 どうにもぼんやりとした雰囲気であった。

 俺も頭を下げて軽く挨拶して見たが、返事はない。


「えっと、そちらの娘さんはご友人ですかな?」


 モディーは奥への扉を閉じ、話題を逸らす様に、俺の背負うミリアへと目を向けて尋ねる。


「ん、い、いや……えっと、見かけて、様子が妙だったんで、つい跳び出しただけだ」


 アロの視線を背に感じるが、今は振り返らない。

 ミリアと会ったことがあるのは、厄病竜のときだ。

 俺からはわかるが、人化してなくってもミリアからはわからねぇだろう。

 それに、グレゴリーを殺して、ミリアを脅して俺は村を出て来た。

 正体が露呈したら、俺は逃げるしかなくなる。


「そう、ですか……それは、なんと勇敢な。しかし、それならば尚更のこと、三騎士には関わらない方がいいでしょう。あの方々は……どうにも、黒い噂が絶えませんからね。旅の方でしょう? 城に招かれても、絶対に向かってはなりませんよ」


 まずはミリアの安全の確保だが……思わぬところで、また三騎士の情報を拾えそうだ。

 俺は部屋の隅のベッドへとちらりと目を向け、モディーへと確認の眼差しを送る。

 モディーが頷いた。


「彼女をベッドに寝かせてあげてください」


 俺はベッドを担いで持ってこようと手を掛けるヴォルクを目で止めて、ベッドへと歩み寄ってミリアを寝かした。

 ヴォルクの力なら、三つくらい束ねても片手で持ち運びできるだろう。

 寝かしたとき、ちょっと顔が近づいて、不意にミリアと共にリトルロックドラゴンを追って村まで戻っていたときのことを思い返した。

 一瞬動きが止まっていたことを自覚し、俺はそそくさとミリアを寝かしてベッドから離れる。


 ……顔を合わせねぇように、目を覚ますより先に出てった方がいいよな。


 モディーは小さな針でミリアの腕を刺し、流れた血を透明なコップへと入れて、そこへ棚から取っていた薄い青色の溶液を混ぜる。

 青の溶液を混ぜると血が舞い、一気に溶液が赤くなる。

 モディーが「やはり毒か」と浮かない顔で呟き、棚へと戻って石や何かの根の様なものを持ってくる。


「……治せそうか?」


「問題ないでしょう。強力ですが、厄介な付与効果や治療妨害、呪いのあるものではありません。遅延化と時間を掛けての治療は充分にできます。しかし、どうやって白昼堂々毒を……? 〖ポイズン〗の魔法なら、遠目から見ていてもわかるはずですが」


 ……それは間違いなく〖ポイズンルーラ〗のスキル〖ポイズンタッチ〗だが、俺が知っているのも妙だと思ったので、黙っておくことにした。


 モディーが擦り鉢で素材を削り、それぞれ粉にして分け、天秤の様なもので測る。

 それからパラパラと、最初の毒々しい赤に変色した赤の溶液へと、それぞれに指で量を調整しながら入れていく。

 溶液は色を変えていき、最終的には青にミリアの血が漂う元の溶液へと戻る。

 満足げに頷き、小さな紙を取り出して、素材の粉を乗せていく。


 疑うわけではなかったが、一応、ちらりとチェックしてみる。


【〖上解毒薬:価値D+〗】

【〖毒〗状態を緩和する効果のある薬。また、HPを少量回復させる。】

【特注で作られたものであるため、符合している毒に対して大きな効能を齎す。】

【一流の仕事を感じる一品。】


 おおっ、さすが。

 これでようやく安心できた想いだ。

 俺はほっと一息吐いた。


 モディーがミリアの口許へと薬を運び、顎を傾けさせる。

 時間が経つごとに、ミリアの顔色が少し良くなる。

 念のためステータスを確認すると、毒の状態が(小)にまで下がっていた。


 ミリアの状態が落ち着いたのを見て、モディーが窓際まで歩いて外を確認してから、俺へと振り返って口を開いた。


「実は、リュオンはこの店の看板娘でして……アルバンを訪れたある冒険者と度々顔を合わせまして、親しい仲になったのですよ」


 リュオンは……さっきの、無口な娘さんか。

 妙な雰囲気があったが、訳ありだったらしい。 


「ただ……その冒険者が、クリス王女様のパーティーに招かれた後にきっかり来なくなりまして……私もそのときは、彼は最初からパーティーが終われば去るつもりだったんだろうと言ってやったんですよ。ところが、リュオンはまた来ると言っていた、の一点張りでしてね……恋仲だったかどうか今ではわからないんですが、正直、遊ばれていたのではと思ったんです」


 クリス王女のパーティー、か。

 足が付きにくく、実力のある流れ者の冒険者を狙って誘い、経験値に換えているというのが俺の見立てだ。

 もしもそれが森で戦ったスライムなら、膨大なスキルを溜め込んで恐ろしいことになっているはずだが……確かに、俺はあの後、経験値を手に入れた。

 間違いなく、奴は死んでいる。


 ……俺の考えに則って考えれば、その冒険者も経験値にされた、と見るべきだろう。


「リュオンは、王城の方へ出向いて騒ぎ立てたり、城の関係者を見かければ問い詰めたり、王家に不満がある人の集う団体に加入したりと……見っともないからやめろと言っていたのですが……ある日、教会堂で保護したとの連絡を受けて向かってみると、それっきりまともにほとんど言葉も話さず、反応も滅多に返さない状態になったのです。もう……一週間ほど、前になります」


「えっ……」


「後で、三騎士の一人にして司教ローグハイル様に説得されているときに、ふらりと倒れたと……私は、ショックで倒れたものかと自分を納得させていましたが……どうにも、引っ掛かって……そんな折に、先の騒ぎが起きて……話を聞いてみたら、同じ三騎士のサーマル様に触れられた途端、倒れた少女がいた、と……。私には、どうにも、三騎士が……その、人ではない者に思えまして、誰かにこのことを聞いてほしくて……」


 モディーが、口惜し気に、悲し気に語る。


 と、特殊な状態付加……?

 それって、ミリアも……!? いや、ミリアの状態に気になる部分はなかった。

 しかし、そんな……ま、まさか!


「悪い、モディーさん!」


 俺は思わず走り、先にモディーが閉じた扉を、手で勢いよく空けた。


「あ、た、旅のお方……あの、今は娘をあまり、その混乱させたくなくて……!」


 扉の奥には、人形の様な表情の少女が、じっと椅子に座っていた。

 飛び込んできた俺にも、軽く視線を投げかけるだけである。

 それよりも、ステータスだ。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖リュオン・レクシア〗

種族:アース・ヒューマ

状態:通常

Lv :4/45

HP :14/14

MP :14/14

攻撃力:8

防御力:8+1

魔法力:14

素早さ:15


装備:

体:〖ありふれたワンピース:F-〗


特性スキル:


耐性スキル:


通常スキル:


称号スキル:

〖元薬術師:Lv--〗〖元看板娘:Lv--〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ない。

 何もない。通常スキルや耐性スキルが空の人間はいる。

 だが、言語スキルさえ持っていない人間は、俺は今まで会ったことがない。


 悪寒がした。背筋に寒気が走り、脳が怒りで熱くなる。

 あいつら、やりやがった。


「旅のお方……?」


 モディーが、不思議そうに俺へと言葉を投げかける。

 リュオンは俺を見て首を傾げる。

 言葉を発せたなら、『どうして泣いているの?』とでも言いたげなふうだった。


 これは、スライムが使役していたドーズとほとんど同じ状態だ。

 ドーズには、重ねて何か状態付加がされていたようだったが……。

 奴らは、足のつかない冒険者を狙って経験値を奪い、厄介な噂を立てかねない奴は正気を奪って黙らせている。

 ここまで来たら否定しようがない。

 あいつは、生きている。何か、俺に思い込みが、勘違いがある。それしかありえない。


 奴は、絶対に野放しにして置けない。

 トールマン以上に傲慢で、勇者以上に邪悪だ。

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