第393話
俺がリュオンのステータスを見て呆然としていると、父であるモディーが不安げに俺へと歩み寄ってくる。
「あ、あの、どうしたのですか? 娘に、何か……」
俺は返事に詰まり、唇を噛む。
何と返せばよいのか、まるでわからない。
「う、うう……」
沈黙を破ったのは、ミリアの呻き声だった。
つっ! 思いの外、意識が戻るのが早かった。
俺はモディーに頭を下げ、ヴォルク、アロ、ナイトメアを目で急かす。
「悪いが時間がないから、俺達はそろそろ行かせてもらう。ミリ……そっちの女の子のこと、助かった。ありがとよ」
一方的に告げ、出口の方へと向かう。
少し遅れ、ヴォルクとアロ達が俺の後を追う。
「……こ、ここは?」
ミリアの声がする。
「あ、ああ、気が付きましたか。貴女は……その、街中で急に倒れられましてな。あちらの方が貴女を助け起こして、私の家にまで連れてきてくださったのですよ」
モディーはミリアへと言っていたのだが、途中から少し声が大きくなっていた。
顔くらい合わせて行ったらどうかと、俺に言っているのだろう。
「そ、そうだったんですか? 少し、混乱していまして……王城の人と話していたところまでは覚えているのですが……。介抱してくださり、ありがとうございます。あのっ、そちらの方々も、お礼くらい言わせてくださ……」
足を止める気はなかった。
だが、扉に手を掛けたところで、つい後ろをちらりと、見てしまった。
ミリアとしっかりと目が合った。ミリアの瞳孔が、僅かに大きくなる。
「あの、私達、どこかで……お会いしませんでしたか?」
俺は何も答えず、そのままモディーの元薬屋を後にした。
王都の街を歩きながら、考える。
もう、人化のせいで魔力の残量が少ねぇ。
帰りを考えたら、ここで引き返す必要がある。
リリクシーラとの約束では……以前に別れてから三日後、要するに明日、俺が城で大暴れして王女の正体を暴く算段になっている。
だが、魔王は予想以上に力を付けていた。
王城はスライムの根城となっている。
幹部である三騎士は、恐らく全員B+クラス……人間からしてみりゃ、単体で大災害といって差し支えのない化け物だ。
俺とアロ達、リリクシーラとその使い魔だけで押し切れるのかどうか、疑問が残る。
はっきり言って、リリクシーラの見立てが甘かった。
リリクシーラにどうにか連絡を取り、一度戦力を整え直す時間が必要だ。
アロはサーマルと同じB+……おまけに状態異常無効スキルがある。
レベリングさえ間に合えば、〖ポイズンルーラ〗である奴に対し、完全に優位に戦える。
それに、既にリリクシーラにも、体面を気にしている場合じゃなくなっていることを理解してもらわねばならない。
リリクシーラが聖国から兵を連れて来られるのならば、城内に蔓延っているであろう大量のスライムという数のアドバンテージも消える。
そうなれば、後は最大の問題であるスライムを、俺とリリクシーラで討伐に当たることができる。
恐らく、この戦い……そこまで上手く立ち回って、ようやく五分だ。
あのスライムがB-ランクの俺相手に戦ったとき、奴のランクはたったのDだった。
今はそれが、どう低く見積もってもB+以上なのだ。
こちらの行動が遅れれば遅れる程、スライムの犠牲者が増える。
多くの冒険者や……モディーの娘リュオンの様な犠牲者が悲劇が生まれる。
だが……焦れば、奴には勝てない。
今すぐ城に乗り込んであいつを引き裂いてやりたいが、恐らく街の散策で魔力の尽き欠けている俺が暴れても、三騎士に殺され、あいつと再戦することも敵わない。それが現実だ。
準備期間が必要だ。明日、では間に合わない。
しっかりと戦力を整え、その後でリリクシーラと共闘して魔王を追い詰める。
俺には、この手しか打てない。
リリクシーラならば、俺の情報を聞けば必ず判断を改める。
無理に強行はしないはずだ。
俺はそう決めて一人で頷き……唐突に、嫌な予感がした。
何かを、何かを見落としている。そんな気がする。
なんだ?
「……ヴォルク、王女のパーティーって奴は、いつなんだ?」
自然と、俺はヴォルクへと尋ねる。
王女のパーティーが、俺が見落としていることと関係している気がしたのだ。
「明日であるが……止めるつもりか? 危険は先刻の男から百も承知だ。だが、我にとっては、それくらいがちょうどいい。向こうが我を喰らうつもりなら、こっちから喰らってやるまでだ。何より……あの場には、我が捜している伝説の剣豪が現れるやもしれぬ……」
「明日……か」
恐らく、その場に居合わせた冒険者は、全員、奴に殺される。
「立ち止まっては、くれねぇか? ヴォルクが手を貸してくれれば……恐らく、三騎士の一人を止めて置ける。はっきり言って、魔王は想定より遥か上だ。準備期間が欲しい」
ヴォルクのステータスはB+級に匹敵する。
ただ愚直な戦闘スタイルの分、搦め手の多そうな奴らとの相性は悪いだろうが……それでも、充分対等に戦うことのできる余地がある。
「悪いが、それだけはお前の頼みでも受けてやることはできぬ。どういうつもりであれ、我の剣を買って挑んできている奴がおるのだ。その上相手が一国を騒がせる大悪党となれば、逃げ出すことは我の信念が許さぬ」
「…………」
死ぬとわかっていて、俺は明日のスライムの被害者達を見捨てるのか?
本当に……俺は、それでいいのか?
「悩むのなら、来るか? 付き人は、各々一人まで許されておる。お前ならば……パーティーに出て来た魔王の首を、警戒される前にへし折ることができるかもしれぬぞ」
付き人が許されてんのか。
てっきりなるべく騒ぎがでかくならねぇように、指定した相手だけなのかと思っていたが……いや、逆か?
最も親しい奴を連れて来させて纏めて消すことで、リュオンみたいにしつこく捜し回る奴が出現するリスクを減らしてんのか?
俺は少し迷ってから、首を振った。
俺の知っているスライムは、そんな不意打ちは受けねぇ。
あいつは、臆病な奴だ。
それに、恐らく再生系のスキルが多すぎて、一発不意打ちかますくらいじゃ、ほとんど意味をなさないだろう。
「俺は……そろそろ、アルバン大鉱山へ戻る。明日は、ここには来ねぇ」
「そうか。ならば、今日が最後になるかもしれんな。預けていた鋼馬を取ってくる。それに乗って戻るがいい」
ヴォルクはそう言って、俺に背を向ける。
俺はじっとヴォルクの背を眺めていた。
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