第394話

 王都アルバンでの情報収集を終えた俺は、人化状態のまま、鋼馬を用いて、アロとナイトメアと共にアルバン大鉱山へと向かう。

 目的地に近づいてきたところで人化を解除し、二体の鋼馬を解放してやった。


 今後の方針は、しばらくアロ達のレベリング……そして何らかの形で仲間を増やし、魔王への対抗勢力とする。

 今までは好みの問題で〖フェイクライフ〗の使用に制限を課していたが……今後はもう、そんなことは言ってられねぇかもしれない。

 今回ばかりは、これまで戦ってきた奴らとは規模が違い過ぎる。


 迷いがないわけではない。

 スキルを抹消されたせいか、自我が残っているのかも怪しい状態になっている少女、リュオンを見た。

 恐らく今の王都アルバンでは、同じことが繰り返されている。


 あのスライムは、とりあえずの表面化を避けるためだけに、犠牲者を無限に増やし続けている。

 奴にとって、王女の地位は、いずれ破綻しても構いはしないのだ。全うする気もサラサラないだろう。


 ヴォルクにしてもそうだ。

 そう長い付き合いじゃなかったが、あいつのことは嫌いじゃねぇ。

 変人だし、出合頭に一方的に斬りかかってくるし、たまに本気で話が通じてんのか疑問に思う時もあるが、意外に面倒見がよかったりする。

 自分の芯をきっちりと持っていて、気分のいい奴だった。


 このままでは、恐らくヴォルクも死ぬ。

 明日、パーティーに招かれる冒険者達と、その人生を懸けて得た技術は、魔王の経験値とスキルとなる。

 俺はそれを、わかっていて見殺しにする。


『オ前ハ面倒クセェ奴ダナ』


 相方が思考を飛ばしてくる。

 目をやれば、呆れたような目で俺を見ている。


『ネチネチ考エルクライナラ、サッサトブッ飛バシテヤレバイインダヨ。雑魚ガイクライヨウガ、関係ネェダロ。問題ノ敵ノ頭ハ、引キ摺リ出セバ、アノ気取ッタ女ガ仕留メテクレンダロ?』


 簡単に言ってくれる……と一蹴したいところだが、相方の言うことに理がないわけではない。

 手下にCランク上位がいくらいようが、アビスの巣と比べれば可愛いものだ。

 三騎士も……アロ達が奮闘し、場に居合わせるヴォルクに共闘を求めることができれば、足止めはできるはずだ。


 問題の魔王は、引き摺り出しさえすれば、リリクシーラとセラピムのコンビが殺してくれる。 

 無論、俺も叩く。

 それでも足りなければ、リリクシーラには奥の手、二体目のスピリット・サーヴァントこと魔獣王ベルゼバブまでいる。


 が……しかし、今の考えは、理想に理想を重ねたものだ。

 現実にはそう上手く事が進むとは思えない。

 不確定要素も多すぎるし、アロ達の危険が高すぎる。


 俺だって、今すぐにでも、あの城の奥にいるスライムの奴をぶっ飛ばしてやりたい。

 ただ、危ないのは俺だけじゃねぇ。

 アロ達の命も懸かっている上に、俺が負ければ、恐らく魔王はもう、誰にも止められねぇ。

 俺が無謀を通せば、巻き添えで聖女も死ぬ確率が高い。

 そうなれば、確実に世界はあのスライムの手に落ちる。

 懸かっているものが大きすぎる。


『気負イ過ギナンダヨ、相方ハヨォ』


 相方が首を振り、ハァと溜息を零す。


 大鉱山近くまで来たとき、山頂に一体の竜が立ち、こちらを見下す様に睨んでいた。

 荘厳な輝きを放つ白い竜に、俺は見覚えがあった。

 聖女リリクシーラのスピリット・サーヴァント、

 〖救国の聖竜〗ことセラピムだ。

 リリクシーラの姿がない……ということは、ここに来たのは、彼女の使者として、ということか。


 既にリリクシーラは王都アルバンに到着している、ということだろう。

 俺が明日攻め込むのに畳み掛けて、魔王を仕留める準備は万端なわけだ。

 ただ……悪いが、現状では勝ち筋が薄すぎる。


『来たか、邪竜。聖女は既に王都アルバンへと到着している。私は、お前にそのことを告げに来た』


 セラピムが俺へと顔を向け、〖念話〗で声を掛けて来る。

 やはり聖女の使者役か。

 距離があっても〖スピリット・サーヴァント〗は機能するらしい。

 なんつー便利スキルだよ。


『明日は、アーデジア王国の王女が、冒険者を城内へ招き入れる。そこへ、変装させた聖騎士アルヒスも潜入することになっている。普段は城内のどこにいるのか不明な王女が、確実に客間へと現れる、これは大きな好機だ。仕留めそびれて逃げられる危険性が大きく抑えられる。そこを狙え。聖女は、先の細かい動きは、邪竜共に一任するとのことだ』


 セラピムが高圧的に告げる。

 主のリリクシーラはそうでもないのだが、聖騎士アルヒスといい、聖竜セラピムといい、なぜこうも高慢なのか。

 ウロボロスは生き死にを弄ぶ邪竜だから、聖の文字を自称す彼女達には受け入れられないのかもしれない。

 まぁ、アルヒスとセラピムが、主である聖女の目的から乖離した行動を勝手に取るとは思えない。

 あまり気分がよくはないが……共同作戦に支障が出ない限り、今はどうでもいいことだ。


 それより……俺は、セラピムの、リリクシーラの提案を一度蹴らなければならない。

 俺は目を瞑り、頭を垂れる。


『……む、どうした邪竜?』


 悪いが、今の話……そっちにも都合があることはわかるが、延期……、

 延期にしてくれ、と続けてセラピムへと思念を送ろうとして、俺は唐突に、今まで感じていた違和感が繋がり、恐ろしいことに気が付いた。


 いや、ちょっ、ちょっと待ってくれ!


『な、なんだ?』


 俺は顔を伏せ、必死に考える。

 今のセラピムの、冒険者を招くのに乗じて攻撃する、という話を聞いて、ようやく思い出した。

 ミリアと一緒に行動していたメルティアという女冒険者は、王女の宴に誘われたと浮かれていた。

 その点について、俺は深く考えていなかった。

 すぐ後にサーマル騒動があったため、すっかりと薄れてしまっていた。


 スライムが欲しいのは強者の経験値とスキルだという固定観念があったため、中途半端なレベルのものが混ざるのを面倒がって本人だけを招くのではないか、と俺は勝手に思い込んでいた。

 ただ、ヴォルクの、『付き人が認められている』という発言を、もう少し意識しておくべきだった。


 ミリアは……メルティアの付き人として、王女のパーティーに出て来る可能性が高い。



 ミリアは……メルティアという女剣士と一緒にいた。

 メルティアは、王女の誘いを受けたと舞い上がっていた。

 ミリアも付き人として城へ向かう可能性が高い。そうなれば、恐らく生きては帰れない。


 いや、ミリアは、サーマルに唐突に襲われた身だ。

 そんな相手の本拠地である王城へ向かうかどうかは、わからない。

 今日倒れたばかりであるし、大事を取って休眠に徹するかもしれねぇ。


 だが……だが、だが……嫌な予感がする。

 ここまで悪い偶然があって、最後の最後逸れてくれると、俺にはどうにも思えねぇ。


『何か、懸念があるようだが……』


 探る様にセラピムが俺を見る。

 〖念話〗は、相手に思念を送り、相手の思考を読み取るスキルだ。

 気が緩めば、思考を盗み見される。

 っつうか、この様子からして、既に一部が見られた可能性が高い。


 い、いや、明日の冒険者のパーティーに……俺の知ってる娘が来るかもしれねぇから、気が気じゃなくてな。


 そう思念を送り、俺は目を逸らす。


『……そうか』


 セラピムの瞳から疑惑の色が消える。

 この様子……俺の思考から読み取った情報と一致していたので、嘘ではないと判断したのだろう。

 どうにか〖念話〗を出し抜けた。


 ……つーより、出し抜いちまった。

 ここでセラピムに思惑を隠せば、聖女一派を巻き添えにし、不完全なまま敵地へと飛び込むことになるだけだ。

 向こうの命も、意志や使命も懸かっている。

 騙して協力させるような真似は、あまりに誠実さに欠ける。


 だが、だが……わかってはいたが、俺はその後、何も、セラピムに伝えなかった。

 やがてセラピムは、鉱山の地を蹴り、王都アルバンの方へと飛んでいった。

 俺はその後姿を、呆然と眺めていた。


 取り返しがつかなくなってから、罪悪感が押し寄せてくる。

 今回の件は、事が大きすぎる。だから、私情は挟まねぇ……つもりだったのに、なぜ、なぜ、こうなっちまうのか。

 もっと早くにミリアが巻き添えになる可能性に気が付けていたのなら、あの場で説得することだってできていたはずだ。

 それが不可能でも、大怪我負わせるなり、誘拐してでも止めるべきだったのだ。


 顔を上げ、じっとセラピムが飛んでいった方を眺めていた俺を嘲笑う様に、「ガァッ」と、俺の左の隣人ならぬ隣竜が鳴いた。

 顔を向ける。不敵に笑う相方の顔は、どこか楽し気だった。


『イイジャネェカ、向コウモ、失敗シタラ切レル、都合ノイイ戦力トシテ見テンノハ見エ見エナンダカラヨ。オラ、ソンナショゲテンジャネェ。犠牲ガドウノコウノ、誰ヲ切リ捨テルダノハ、オ前ニャ似合ッテネェヨ。背伸ビシテ恰好ツケテンジャネェゾ』


 だが、そういうわけにもいかねぇ……。

 今の戦力で突っ込むんなら、アロ達の手を借りなければ、まず突破できねぇ。

 でもそんな問題も危険も山積みなところへ、連れてくわけには……。


「竜神さまが行くのなら、私も、どこだってついてく!」


 アロが、俺の顔を見つめながら叫ぶ。

 ナイトメアは呆れた様に面の顔を傾けてから、口から糸を吐き出して相方の頭の上へと乗った。

 俺に協力する気はないが、相方が向かうのならついていく、という意思表示のようだった。

 大鉱山からいつの間にやら駆けつけてきていたらしいトレントも、俺に対して大きく幹を撓らせて胸を張る。


 ト、トレントさん!?

 で、でもトレントさん、致命的に移動速度が遅いし、何より姿の誤魔化しができないから、王都アルバンに近づくことさえまず難しいと言いますか……。


『無論、私モ全力デ命ヲ預ケルゾ、主殿ヨ』


 トレントさんが喋った!?

 あの島で身に着けた〖念話〗を延々持ち腐れにしていたトレントさんが、ついに使った。

 俺、相方、ナイトメアが、呆然とトレントさんを見る。

 照れたのか、くるりと顔を回し、ただの木の振りをする。


 アロは別段驚く様子もなく、ただ興味深げにトレントを見つめていた。

 トレントさん、アロ相手には、隠れてこっそり喋っていたのかもしれねぇ。

 いや、わざわざ隠す意味がわからんのだが。


「ガァッ!」


 俺がトレントを眺めていると、相方から軽く顎下に頭突きをかまされた。

 っつう! な、きゅ、急に、何しやがる……!


『ホラ、大分楽ニナッタッテ顔シテンゾ。オ前ノウダウダシタ思考ガ流レテキテ、コッチマデ滅入ンダヨ。慣レネェモン背負ッテンジャネェゾ?』


 あ、相方……!


 俺は決心した。

 どっちにしろ、明日動かなければ、俺はミリアやヴォルク、見知らぬ人たちを見捨てたことを、絶対に後悔する。

 最初からそれがわかってんなら、無謀でも人を助けに動いて失敗した方が、ずっとマシだ。

 明日に、スライムとの決着をつける。

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