第427話

 スライムから伸びる竜の三つ首より放たれた炎光が、地面、床、天井を引き裂き、炎上させながら俺へと迫ってくる。

 俺は翼を広げるが、〖グラビティ〗の黒い光が身体を押さえつけ、持ち上がらない。

 唾を呑み込む。

 いや、ヤベェだろ。いきなり絶体絶命じゃねぇかあんなもん。

 這って回避は不可能だ。


 三発同時〖ドラゴフレア〗など、常軌を逸脱している。

 アザレアやエルディアの放つ〖ドラゴフレア〗を思い返す。

 一発一発が、体力自慢のウロボロスである俺でさえも致命傷になりかねない攻撃だ。


「ガァァアアアッ!」

『相方、洒落ニナンネェゾアレ!』


 いつも強気な相方でさえ、アレには困惑している。

 当然だ。これまでの敵と比べて、あまりに異質過ぎる。

 はっきりと反則だ。


 ふざけんなよ、あんなもんどうやって倒せっつうんだよ。

 いや、聖女の潜伏の意味が逆にわかった。 

 あいつに備えるために、今まで静観せざるを得なかったんだよな?

 これ、どっかで助け船出してもらえるんだよな?

 期待していいよな?


 周囲を見回すが、とりあえず今はまだ、リリクシーラが手助けしてくれるタイミングではないらしい、ということしかわからなかった。


 俺は両翼を身体の前へと回し、尾を前方へと回す。


 遥か上空より落とされる、交差する圧倒的熱量の塊が、俺の身体へと襲い掛かる。


「死ねイルシアアアァァアアァァッ!」


 炎が俺の尾を弾く。

 その衝撃は〖グラビティ〗による押さえつけよりも遥かに凄まじく、俺の身体は超重力の拘束を抜けて後方へと跳ね飛ばされた。

 身体が熱い。

 火に身体を焼き潰されている、嫌な感覚。

 だが、致命傷は免れた。


 俺は宙で身体を丸め、逆方向へ疾走する。

 追って来る三本の死神が、轟音と共に俺を追跡する。


 反則だろうがこんな相手!

 この特殊耐衝撃性金属の地下大広間だが知らねぇが、すぐに潰れちまうぞこんなもん!

 いや、そうなったらそうなったで、敵にとっちゃそこまでなのかもしれない。

 奴のスライムの身体ならば、瓦礫の隙間を抜けて俺にトドメを刺すことも、逃げることもできる。


「アハハハハハハハハァ! 見て見て神様ァ! ほら、ボクが一番強かった! あんなちっぽけな奴なんかよりも、ずっとボクの方が強かった! どうだいイルシア? ボクはあの日から! ずっと、ずっとこうしたかったんだよ!」


 追って来る、一つ一つが必殺の三重の炎は、やや軌道が不完全だ。

 恐らくスキルレベルはそこまで高くねぇ、精度が甘い。

 だが、三本同時はあまりにも脅威だ。

 精度の甘さによる合間を規模と数で潰し、俺を的確に壁際へと追い込む。


「ボクのために死んでよイルシアアァッ!」


 不可避の位置取り。

 壁に詰められた上に、逆側180度を押さえられた。

 駄目だ、どう足掻いても、回避は不可能だ。


 こんなところじゃ終われねぇ。

 俺が負けたら、魔王を倒せるかもしれない存在が、この世界に後何体残っているのか、わかったもんじゃねえ。

 竜王エルディアの様な例外に期待して、多くても五体……最悪は、聖女リリクシーラ、魔獣王ベルゼバブ、竜王エルディアの三体だけだろう。

 リリクシーラ単体での撃破は恐らく不可能な上に、ベルゼバブは制御不可能の状態、そしてエルディアは魔王スライムに付く可能性の方が高い。


 俺が死んだら、ほぼ確実にあのスライムに世界が喰らい尽くされる。

 アロやナイトメア、トレントも、俺が負けた後、無謀な戦いを挑むかもしれない。

 はっきり言って、あの三体が手を組んで知略を尽そうが、敵う相手じゃない。

 そういう次元を超越している。


 ふと、閃いた。

 俺が回避不可能だと思っているということは、敵も同じことを考えていてもおかしくない。

 或いは、そこに隙がある。


 俺の考える順当な結果が、実際にはそのまま行われなくなるケースがある。

 例えば、俺を追い詰めたと思ったとき、〖ドラゴフレア〗の追跡が緩むかもしれない。


 俺はイチかバチか、壁に向かって跳ねる。

 そんな俺をせせら笑い、勝利を確信したかのように、〖ドラゴフレア〗の速度がやや落ちた。

 いや、違う。確実に追い詰めるために、壁に当たって跳ねた俺を逃さないよう、拡散させて範囲を広げ、どう足掻いても射程内に収める算段らしい。

 それは狡猾な計算だったが、ある意味では範囲さえ広げれば速度が落ちても捕らえられるという、油断でもあった。

 少なくとも、今は裏目に出た。

 賭けに勝ったのは俺だ。


「アハ、ほら神様、ボクはこんなに簡単に、イルシアをぶっ殺せたよ!」 


 俺は壁に激突した後、そのまま壁に沿い、〖転がる〗を続けて疾走した。

 壁を一直線に走り抜け、〖ドラゴフレア〗の拡散した業火より逃れる。

 もしも速度が緩まなければ、壁に当たった時点で身体を焼き尽くされていた。


 しかし、やはり〖転がる〗の速度で無理に壁走りをするのにも、すぐに限界が来た。

 バランスが崩れる。

 ちょうど〖ドラゴフレア〗の業火の音は止んでいた。

 俺は壁を蹴とばして離脱し、床に降り立った。

 尾の鱗が焼け剝がれ、先端が引き千切れている。

 俺は〖自己再生〗を使い、尾を伸ばして鱗を纏う。


 上部を睨む。

 三つ首竜の伸びる中央の人型が、俺を無感情な目で見降ろしていた。


「……逃した……でもすぐに、殺すよ神様。だから、ちゃあんと、しっかりと見ていてよ」


 三つ首の竜が、吠えながら暴れる。 

 俺は宙に浮かぶスライムを睨み返す。


 いきなりのとんでも強襲で遅れたが、ステータスを暴かせてもらう。

 まずは種族からだ。


【〖カオス・ウーズ〗:Aランクモンスター】

【その魔物は、万物を模した。あらゆる力を模倣できた】

【なんでもできたし、誰にでもなれた。】

【それでも何かを壊すことしかできなかった。】

【その魔物がなりたかったものを誰も知らない。】


 〖カオス・ウーズ〗……か。

 どこかの国の神話で、のっぺらぼうの帝の名が混沌だという話を聞いたことがあるが、偽物の女王としても、顔のない魔王としても、相応しい名前なのかもしれねぇ。


【混沌を冠するスライムの王。】

【全てを取り込む変異種スライムの行きつく果て、または成れの果て。】

【最大四体の魔物の部位を再現し、それに伴い通常同時発動の利かないスキルを四つまで同時に発動することができる。】

【喰らった魔物の数が〖カオス・ウーズ〗の力を引き上げる。】


 四体……か。

 〖ドラゴフレア〗を放った竜の頭が三つと、〖グラビティ〗を使った人間体で合計四つと考えれば、辻褄が合う。

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