第476話

 俺は周囲を確認して新たな魔物が現れそうにないことを確認する。

 色々と妙な木は生えているが、辺りに魔物らしき影はない。

 今なら安全に進化ができるはずだ。


 俺は黒蜥蜴へと顔を近づける。


『よし、黒蜥蜴! 進化してみてくれ!』


「キ、キシ……」


 黒蜥蜴は数歩退き、ぶるぶると身を震わせる。

 な、なんだ……? 今は駄目なのか?

 黒蜥蜴はしゅんと俯き、地に腹をつけて小さくなった。


『く、黒蜥蜴……?』


 反応がない。

 ややあって、小さな動作で目線を逸らされた。


 う、嘘!? なんで!?

 嫌われた!?


 俺はアロ達へと振り返り、黒蜥蜴を除く五体で相談を始めた。


『な、なんか、ふてくされてないか? 俺、まずいこと言ったか?』


「魔物の進化は最大の隙でもある。通常、他の魔物の前では晒さないものだ」


『当タリ前デアロウ』


 ヴォルクの言葉に、マギアタイト爺も続く。

 ……そ、そうなのか?


『結構、信用得てると思ってたんだけど……』


『感覚的ニ嫌、トイウ魔物モオル。ムシロ、ナゼ知ラヌ?』


 マギアタイト爺が、トレントやナイトメアへと目をやる。

 ……ナイトメアは図太そうだからなぁ。

 トレントは、まぁ、トレントさんだし。

 むしろ見てくれ感が凄かった。


 アロも元々人間だったから、そういう感覚にも疎いだろう。


『なぁ、アロ……』


 アロはトレントの影に隠れ、仄かに顔を赤らめていた。


「……最初の頃、少し、恥ずかしかった」


『そ、そうだったのか!?』


 考えてみれば、元々アロは人間からアンデッドになって、次の進化でどういう身体になるかもわからない状態だったのだ。

 自分の姿も確認できないまま、見知らぬドラゴンの前に姿を晒すというのは、あまりいい気分ではなかったかもしれない。


『わ、悪い……次は、他所向いとくわ。今更だけど』


「……大丈夫です。まだちょっとだけ恥ずかしいけど、進化したら、凄く綺麗になるから……。すぐ竜神さまに、見てほしいです」


 アロがトレントの幹に隠れながら言う。

 覗いている頬が真っ赤になっていた。

 お、お、おう……そういう言い方されると、なんだかどぎまぎさせられるから止めてくれ。


 何はともあれ、黒蜥蜴が人前改め魔物前で進化するのに抵抗があることは理解できた。

 黒蜥蜴には大きな石の背後に移動してもらい、全員その前で進化を待つことにした。


 ……なんだか数人でデパートに来て、試着が終わるのを待っているような気分だな。


「……しかし、最大の隙だからこそ、誰かが見てカバーしておいた方がいいのだがな。本来、あまり群れない種族だから、慣れないのかもしれぬな」


 ヴォルクがそれらしいことを口にしていた。

 そ、そうなのか? そういうことなのか?

 しかし、う~ん……。


 途中、ベリッ、ベリッと、何かを剥がす様な音が聞こえて来た。

 なんだこの音は、大丈夫なのか?


「竜神さま……耳塞いでないと、レチェルタが可哀想……」


 アロが小声で俺へとそう言った。

 そ、そうなのか? そういうもんなのか!?


『ヴォ、ヴォルク達やアロはいいのか? 俺だけか?』


 アロが黙ったまま、こくこくと頷く。


『トレントもいいのか?』


「トレントはトレントだから……」


 トレントが複雑そうな顔つきでアロの背を眺めていた。 

 ちょっと俺もネタ振りしちゃった感があるけど、そういうなにげない言葉がトレントさんを傷つけるんだぞ。


 やがて、ビリビリと何かを破く様な音が途絶えた。

 お、終わったのか?


「キ、キシ……」


 岩陰から、ぐっと黒蜥蜴が首を伸ばした。

 俺の知っている黒蜥蜴とは少し様子が違ったが、黒蜥蜴であることは間違いなかった。


 全長は二メートルから倍の四メートルほどになっている。

 頭や背に、鱗の一部が変化した角ができている。細長く、やや湾曲している。

 黒く輝く身体には、水色の神秘的な線が入り、それらは足や腹部で渦巻いて紋章の様になっていた。

 蝙蝠に似た翼が四枚生え、伸びる二つの尾の先は鉤爪のようになっていた。

 額には淡く輝く蒼の宝石が埋め込まれており、神々しい威容を持っていた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:ベネム・ゴデスレチェルタ

状態:通常

Lv :1/80

HP :144/217

MP :31/115

攻撃力:144

防御力:126

魔法力:85

素早さ:133

ランク:B


特性スキル:

〖特殊毒:Lv--〗〖帯毒:Lv8〗〖鱗:Lv4〗

〖隠密:Lv4〗〖闇属性:Lv--〗〖HP自動回復:Lv5〗

〖デコイテール:LV--〗〖気配感知:Lv4〗〖石化の魔眼:Lv2〗

〖飛行:Lv2〗


耐性スキル:

〖毒無効:Lv--〗〖麻痺無効:Lv--〗〖物理耐性:Lv4〗

〖混乱耐性:Lv2〗〖石化耐性:Lv4〗〖即死耐性:Lv3〗

〖呪い耐性:Lv4〗


通常スキル:

〖毒牙:Lv5〗〖毒爪:Lv7〗〖麻痺舌:Lv6〗

〖毒毒:Lv5〗〖転がる:Lv5〗〖クレイガン:Lv6〗

〖浄化:Lv4〗〖不意打ち:Lv4〗〖クレイウォール:Lv2〗

〖自己再生:Lv4〗〖多連乱爪:Lv2〗〖体内収拾:Lv3〗

〖ハイジャンプ:Lv2〗〖ポイズスフィア:Lv2〗〖毒分身:Lv2〗

〖ポイズスワンプ:Lv2〗


称号スキル:

〖悪食:Lv7〗〖ポイズンマスター:Lv6〗〖狡猾:Lv5〗

〖チキンランナー:Lv4〗〖魔王の配下:Lv--〗〖死神:Lv--〗

〖毒の女神:Lv--〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 お、おお……!

 ステータスは今後に期待として、スキルになかなか変わり種が多い。

 これでひとまずはナイトメアとトレントをランクでは超えた。


 CランクとBランクでは大きく異なる。

 戦力面での期待ができる。


【〖ベネム・ゴデスレチェルタ〗:Bランクモンスター】

【〖ベネム・レチェルタ〗系列の最上位進化。】

【その美しさから〖毒の女神〗と称され、皮や額の石は合わされば城が建つほどの値がつく。】

【だが冒険者達は〖ベネム・ゴデスレチェルタ〗へと挑みはしないだろう。】

【少しでもその毒を浴びれば、〖ベネム・ゴデスレチェルタ〗の赦しを得ない限り、一命を取り留めたとしても、死ぬまで苦しむことになるのだから。】

【その毒の苦痛はたった一夜が百年に感じるほどであり、ある拷問好きの貴族はその血を額の石よりも高く買ったという。】


 お、おう、えげつねぇ……。

 さすがに敵にもあまり使いたくはないが……リリクシーラにはそもそも通用しねぇだろうな。

 奴には治癒魔法スキルがある上に毒耐性も高く、ステータスもあまりに人間離れしている。

 ……いや、それでも、奴の隙を作るくらいのことはできるかもしれないが。


 しかし、〖飛行〗があって少しほっとした。

 トレントにナイトメアと、ただでさえそれなりに重量のある奴らが増えて来たのだ。

 ここに来て黒蜥蜴まで巨大化したらどうやって移動すべきかと少し悩んでいたのだ。

 翼は身体に比べてやや小さめに見えるが、飛ぶのに不自由はなさそうだ。


 ……しかし、最上位進化って説明欄には出てるが、〖最終進化者〗はないんだな。

 これより、既に上があるのか? 姫、女王、女神と来て、更に上があるのか?


「キシ……」


 黒蜥蜴が、俺へとちらちらと視線を送る。

 進化後の評価を求めているようだった。


『かなり強そうだぞ。少しレベルを上げれば、素早さを活かしつつ、毒と特殊スキルで相手を翻弄できそうだ!』


「キシィ……」


 黒蜥蜴が腹を地につけて蹲った。

 少し落ち込んでいるように見える。

 な、なんでだ……。


『あ、後、ほら、綺麗だぞ』


 黒蜥蜴が俺を見上げる。

 二本の尾が持ち上がり、嬉しそうにゆらゆらと揺れていた。

 よ、よし、喜んでいるように見える。


 今日のところはこれで滝の洞窟に帰り、明日からの予定をまた立てなければならない。

 レベリングを絞るか……自分のレベリングをもう少し主体にするべきなのか。

 仲間が増えすぎたこととレベリング効率が大幅に上がったことで、狩場の魔物を一気に滅ぼしてしまう、という危惧もある。

 というか、やってしまった。

 このまま続ければ、この島の経験値を取り尽してしまう未来もそう遠くはないかもしれない。


 でも、トレントさんは進化させてやりたいんだけどな……と考えていると、辺りが大きく揺れた。

 な、なんだ、地震か?

 いや、何らかの魔物の攻撃か?


 周囲を見回していると、大きな花をつける、複雑に絡まった奇妙な幹を持つ、奇妙な樹が震えているようだった。

 ま、まさか、あれも魔物だったのか!?

 奴ら、気配が薄いから、チェックが甘くなっていた。

 まさか、まだ別種のマンドラゴラが眠っていたとは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る