第552話 side:ヴォルク

「剣技を極限まで追求していけば、どうしても感覚とは擦り合わせ切れない法則があることに辿り着く。特にワシのスキルは、その法則を悪用する起点となり得るものばかりだった」


「何の話を……」


「ほんの小さな、ほとんどの者は違和感さえ持たずに生涯を終える様な、そんな些細なズレだ。だが、その僅かな隙間に針を突いて広げていけば、ズレは大きな結果として反映される。世界は存在しない斬撃を誤認してあるものとして扱い、重力による拘束さえ忘れ、受けるべき衝撃さえ身体に伝わらなくなる」


 ハウグレーの言っていることは理解できない。

 だが、奴の口にしているものは、間違いなくあの三つの異様な技を示していた。


「こんなワシ如きが、世界最強の剣士だのと大層な通り名を得るに至った奥義だ。この世界は、ただの造り物である」


「……こ、この世界が、造り物だと?」


 突然言われて、素直に呑み込めるようなことではない。

 だが、ハウグレーが自身の言葉に確信を持っているということは、奴の哀し気な声から伝わって来た。


 ハウグレーは戦争の末に命を重んじて、殺した魔物は食べる、食べない魔物は殺さないという信条を掲げていたことで有名である。

 その旅の途中で、人生を費やした剣の修練の途中に、その事実を悟ったのだろう。


 重んじて来た生命の全てが造り物であったことと、極めて来た剣の行きつく先が世界の粗だったということ。

 これはハウグレーの人生を二重に否定するものであっただろうと、そのことは容易に想像がつく。


 だが……奴の言葉自体を、我が信じられない。

 世界が造り物ということが何を示すのか、それさえ我にはわからない。


 ただ、ハウグレーの剣の技量と、正体不明の技術が、彼がただの妄言吐きでないことを証明している。

 奴の言葉の意味はわからない。


 しかし、一つだけ理解できたことがある。


 ――ハウグレーは学者や魔術師達が見つけられなかった世界の何らかの真相を、ただ剣を振り続けるだけで暴いたという事実である。

 世界が造り物だと気付いたという言葉をそのまま捉えるなら、ハウグレーは剣一本で神さえ欺いたということになる。

 この事実は、異様な世界の法則を味方につけた技ではなく、そう至るまでに剣を極めたハウグレー自身が恐ろしいのだと再確認させられた。

 〖燻り狂う牙バンダースナッチ〗を持って平然としているはずだ。

 世界の理を自在に操るハウグレーにとって、怒りや狂気による思考妨害など、どうとでもなってしまうことに過ぎないのだ。


 世界最強の剣士、そんな大きすぎて現実味に欠ける称号さえ、ハウグレーの前では霞む。

 ハウグレーより剣に長けた男など、いくら時代を遡っても存在するわけがない。


「〖破魔の刃〗を経由して〖鎧通し〗と〖神速の一閃〗を変化させることで、一振りを二振りと世界に誤認させる剣技を〖夢狼〗。己の剣を蹴って連続的に〖ハイジャンプ〗を操りながら、同時に〖神速の一閃〗を小刻みに使うことで最高速を維持しつつ〖ハイジャンプ〗の制限を壊す歩術を〖影狐〗。〖影狐〗の応用で、相手の攻撃を受け流して我が身に衝撃を通さない技を〖護り貝〗。この三つを、ワシはそう呼んでいる」


 ハウグレーが両手に振るう大剣と短剣を振るい、我へと構え直す。


「……随分と、親切に教えてくれることだ」


 恐らく嘘は吐いていない。

 我の予測と合致している。


「ここまで答えを得たことに対する、礼儀のようなものだ。それに、知ったからと言って対応が容易になるものではない。お前を殺す技の名くらい、知っておきたいであろう?」


 ハウグレーが我を睨みつける。

 あの剣技の正体さえ掴めれば、ハウグレーとの距離が縮まると思っていた。

 だが、我には、最初の接触よりも、ハウグレーの姿がずっと大きくなった様に感じていた。

 知れば知る程、己との距離が、格の違いが明らかになる。

 こんな男に、本当に我が敵うのか……?


「なぜだ、ハウグレー! なぜ貴様程の男が、あんな聖女につくというのだ!」


 我は思わず叫んでいた。

 ハウグレー程の剣士があんな女に従うなど、我にはとても納得がいかなかった。


「ワシ程というのは買い被りであるな。この老いぼれは、自身の歩んできた人生の意味を見失ったまま消えるのが恐ろしいのだ。ただ、それだけに過ぎぬ。聖女様を経由して、この世界の意義を、そして真実を、神に問う。それがワシの目的だ」


 言葉には一切の迷いがなかった。

 説得の類は不可能だ。


「終わらせるぞ、竜狩り! お前の全てを見せてみよ!」


 ハウグレーが駆けて来る。

 今までとは気迫が違う。

 ハウグレーは既に我との戦いにおける目標を、消耗を抑えて簡単に終わらせることではなく、ただ勝利することに切り替えている。


 恐らくハウグレーも、ここまで戦いが長引き、自身の動きが見切られ始めるとは思っていなかったのだ。

 実際、我には〖自己再生〗があるとはいえ、ここまで生きながらえているのも、奴の動きの片鱗を掴むことができたのも、奇跡としか言いようがない。


 己より格上の剣士と技量で渡り合うには、その者と同格の剣士と戦って慣れるしかない。

 一見矛盾しているようだが、これは真理である。

 長く渡り合ったことで、我はハウグレーの動きが多少は見えるようになってきていた。


 最初は全く対応できなかったハウグレーの動きも、今では少しは追いつける。

 ハウグレーの存在しない斬撃……〖夢狼〗とやらは、既に発動自体を封じる動き方を身に着けている。

 あの歩術〖影狐〗も、まぐれとは言えども一度は見切っている。

 〖護り貝〗も魔力消耗が激しいのはここまででわかっていたことではあるし、意識外からの攻撃に対して咄嗟に発動できるものでもなさそうだ。


 強大には違いないが、決して勝てない相手ではない。

 なんとしてでも……ハウグレーを、ここで倒してみせる。

 我が命に代えても、だ。


「もはや、一切の慢心もない。全力で行かせてもらうぞ。ワシは、ワシが本気を出せる相手が現れたことを光栄に思う」

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