第551話 side:ヴォルク

 ……〖破壊神ドルディナ〗は砕かれ、〖燻り狂う牙バンダースナッチ〗は奪われた。

 我の剣は、もう一本しか残されていない。

 ここで使うことになるとは思っていなかったが……仕方ない。


「〖ディメンション〗」


 我は唱えながら腕を掲げる。

 自身の手中に、赤黒い一振りの剣が現れる。


「その剣の輝きは……まさか、勇者ミーアの神叛の刃か」


 ハウグレーの言葉通り、この剣は元勇者ミーアの配下であったクレイブレイブに持たされていたものだ。

 正式な名は〖刻命のレーヴァテイン〗。

 イルシアが試練を受けた際、後に残されていたものを回収していたのだ。

 所有者に絶大な力を与えるが、振るうたびに命を削る魔剣だという。


 はっきりいって、ハウグレーを相手取るのには過ぎた力だ。

 ハウグレーの身体能力自体は聖騎士団の雑兵と同じ程度に過ぎない。

 力や速さでは、我も後れを取っているつもりはない。


 ハウグレーの異様な歩術、正体の掴めない剣術も厄介だが、それは奴の一番の武器ではない。

 奴の最大の武器は、精巧過ぎる剣筋と動き、読みの鋭さにある。

 あの妙な力を他の者が持っていたとしても、大した脅威にはなり得ない。

 ハウグレーが正確に我の動きを読んで使ってくるため、結果として対応不可能の反則技として映っているのだ。


 武器で威力を水増ししたところであまり意味はない。

 だからこそ、実力勝負で強みを活かせる〖破壊神ドルディナ〗で勝負をつけたかった。

 しかし、我にはもう、この剣しか残されていない。


「……聖女様の手先となったワシに挑むために、その剣を振るう者が現れるとはの。運命なのかもしれんな」


 ハウグレーが呟く。


「ここまで本気で戦うことになったのは、ワシの生涯で初めてのことだ。本当に驚かされたが、終わりにしよう」


 ハウグレーが二本の剣の刃の先を我へと向ける。


「イルシア相手は、本気でなかったと?」


「侮って言っているわけではない。あの竜は剣士でなかったため、必要なかったというだけの話だ」


「……そんなことが言えるのは、世界で貴様だけであろうな」


 ハウグレーの言葉の意味は分かる。

 ハウグレーは、的確に追い詰めなければ絶対に刃を届かせることができない。

 範囲攻撃や身体能力の差は無論有利には働くが、剣士の理詰めでなければどう足掻いても捉えきれないイレギュラーな力を持っている。


「参るぞ」


 ハウグレーが姿勢を落とし、地面を蹴った。

 ハウグレーが刃を振った瞬間その姿が視界から消え、唐突に目前に現れていた。


 やられた。

 完全に反応できなかったが、恐らく我の剣士としての勘の隙を突き、あの奇妙な動きで接近してきたのだ。

 戦闘の勘とは詰まるところ、こう来るはずだという膨大な過去のパターンから相手の動きを予測することに他ならない。

 前例にないハウグレーのあの反則的な動きに対しては、むしろ足を引っ張る結果になりかねない。


 我はハウグレーの大剣の一撃を防いだが、その瞬間に腹部に激痛が走った。

 短剣の方で、横っ腹を斬られた。

 二度目の斬撃に対応するには、身体を捻って回避する必要がある。


 いや……違う!

 奴の二度目の斬撃には、大きな枷がある。

 決まった向きにしか斬撃を発動させられず、本体のその後の動きにも縛りがある。

 ならば、その移動先に刃を叩き込めば、二度目の斬撃を受ける代わりにハウグレーを斬れる!


 我は振り返りながら、想定のハウグレーの座標へと思い切り大剣を振るった。

 ハウグレーは我の予測と同じ動きをしていた。


 そのとき、しっかりと見えた。

 ハウグレーの剣が、僅かに光を帯びていた。


 アレは我も使える。

 間違いなく〖破魔の刃〗だ。

 魔力を切断し、魔法現象を破壊する。

 なぜハウグレーが、今あのスキルを使っていた?


「少し安易過ぎたか」


 ハウグレーがまた歪な動きで、我の刃を擦り抜けて高速で遠ざかる。


 もう何度見たかわからない。

 今までも引っ掛かるところはあった。

 妙な既視感があった。


 ハウグレーが歪な動きを始めたその瞬間、これがどういう動きで、どこに着地するのか、我の頭で理解できた。

 妙な移動術で動く途中のハウグレーと、目が合った。

 奴も、我を見て驚いていた。


 まさかと思ったが、これに賭けるしかない。

 二歩大きく踏み込み一閃を放つ。

 高速移動するハウグレーの軌道と、我の刃がかち合った。


 ハウグレーの身体が、大きく逆方向へと弾き飛ばされていく。

 ハウグレーが離れたところで、無表情で膝を突いていた。


 遅れて我は、自分のやったことに気が付いた。

 ハウグレーの歩術を完全に見切ったのだ。

 停止位置ではなく、移動中に完全に合わせることができた。


 イルシアの攻撃さえ往なしていた謎の防御手段で防がれていたようだが、これまでの戦いを見るに、アレはあまり使いたがっていなかった。

 恐らく、魔力消耗がそれなりに高いのだ。


「……まさか、本当に破られるとはの」


 しかし、ハウグレーはそう言うが、未だに我は仕組みはわからないでいた。


 ただ、間違いないことはある。

 二度目の斬撃は〖神速の一閃〗の動きが流用されており、剣に〖破魔の刃〗と〖鎧通し〗の効果が付与されている。

 あの歩術は〖神速の一閃〗と〖ハイジャンプ〗の動きが組み込まれている。


 しかし、単にスキルを合わせて活用しただけでは、絶対にあの動きにはならない。

 そこは依然不明なままだが、あの動きの規則性はこれで理解することができる。


 元より、格上の剣士との戦闘を持ち前のタフさで引き延ばし、相手の剣術を暴いたうえで取り込むのは我の得意分野ではあった。

 今回は、それが最大限に活かされる形になった。


 だが、知れば知る程、ハウグレーの異様さが際立つ。

 ここまでわかった上で考察を進めても、やはりハウグレーのあの奇術は、どう足掻いてもあり得ないとしか結論付けられない。


「一体貴様は、何をした……?」


 答えがあるとは思っていなかった。

 だが、ハウグレーは口に微かに笑みを浮かべ、寂しげに答えた。


「この世界には、粗がある。皮肉にも、戦争を経て生命の尊さに気づき、食す分しか殺さないと誓ったワシが、剣の旅の果てに至った真理だ」


 我は戦闘中にも拘らず、辛うじて剣を構えたまま呆然と口を開けていた。

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