第553話 side:ヴォルク

 ハウグレーが斬り掛かってくる。

 圧倒的に我に身体能力で劣るハウグレーは、真っ向からは当たってはこない。

 必ず我の動きを読み、それを潰す形で動いて来る。

 どこかでセオリーを外した動きを見せるはずであった。


 互いの距離が縮まっていく。

 我は普段なら一気に斬り掛かっていたが、見ることに徹していた。

 焦れば死ぬ。

 ここまで寸前のところで決定打を避け続けてきたが、刹那でも気を抜けば、その瞬間に命を奪われる。


 ハウグレーはまだ動かない。

 互いの大剣の間合いに入り込むが、それでもなお動かない。

 我の動きの指針が既に見抜かれていたとしか思えない。

 

 その瞬間、視界に光の道が見えた気がした。

 ハウグレーの危険領域の暗雲を潜り抜ける、一筋の道が見えたのだ。


 我が地面を蹴って横へ跳んだ瞬間、ハウグレーの動きがブレた。

 〖影狐〗である。攻撃に、躊躇いなく用いて来た。


 〖影狐〗状態で高速移動するハウグレーが、我の横をすり抜ける。

 我は大剣で攻撃を弾き、先程見えた光の道を潜る様に飛んだ。

 短剣が我が背を掠める。


 我は足で地を踏みしめ、大剣を掲げる。


「ここだ!」


 〖影狐〗の途切れる座標目掛け、大剣の一撃を叩き落とした。

 大剣は軌道が逸れ、地面を叩いていた。

 ハウグレーが大剣を縦に構え、我が剣の軌道を逸らしたのだ。


「……〖影狐〗の動きを見切ったのは、やはりまぐれではなかったようだな。今のワシの攻撃を捌くとは、本当に恐ろしい奴よ」


 ハウグレーが我へと短剣を突き出す。

 身体を逸らして回避し、足でハウグレーの身体を蹴り上げようとした。


 ハウグレーは宙で身体を丸め、器用にそれを避ける。

 同時に、下から掬う様に大剣での一撃を放ってきた。


「見えていたぞハウグレー!」


 我はそれを大剣で弾く。

 そのとき、〖刻命のレーヴァテイン〗の刃が妖しげな輝きを増し、速さを増した。

 弾かれたハウグレーが、僅かに態勢を崩す。

 我はハウグレーの大剣を弾いた勢いのまま、奴の腹部へと大振りの一撃をくらわせた。

 大振りの一撃を受けたハウグレーの身体が、物理法則を超越した動きで遠ざかっていく。

 ……あらゆるダメージを打ち消す、ハウグレーの〖護り貝〗である。


 ハウグレーはジグザグと後退し、距離を置いたところで静止した。

 ここでまた〖護り貝〗を使わさせられるとは、ハウグレーは想定していなかったのだろう。

 呆然とした表情を浮かべていた。


 我は自身の手許の、赤黒い刃へと目を落とした。


「いける……」


 大剣を振るったとき、身体に力が漲るのを感じた。

 〖刻命のレーヴァテイン〗……この魔剣は、振るう度に我が命を奪い、より毒々しい輝きを帯びていく。

 タフネスには自信のある我との相性がいいのかもしれない。


 変則的な強化は読み切るのに時間が掛かる。

 それに、我の身体能力が強化されれば、それだけハウグレーが有効打を取れる選択肢が狭まっていき、我にとって有利になっていく。

 最後の頼みの綱であったが、光明が見えて来た。


「この魔剣であれば、ハウグレーの読みを崩し得る……」


「違う」


 ハウグレーが淡々と口にする。


「何だと? 何が違うと……」


「確かにその剣であれば、ワシが戦い辛いのは間違いない。だが、それだけではない。今、お前は剣士として、急速にワシの高さまで近づいておる。嫉妬さえ覚える。ワシの反則を見抜き、剣の技量をも上回ろうとしている。その若さで、なんということだ。お前は、本当に剣に愛されておるのだな」


 ハウグレーはそう言うが、実際には違う。

 どれだけ強くなれるのかは、人によって天井が定められている。

 歳を重ねたからといってどうにかなるものではないのだ。

 技術のみでその差を埋められ、イルシアと我相手にこれまで一方的な戦いを強いていたハウグレーが異常なのだ。


 だが、今思えば、ハウグレーにとって我は天敵であったのかもしれない。

 我は人間の中では最上クラスのしぶとさを持っているという自負がある。

 そして剣士としての経験があったため二度目以降の〖夢狼〗の発動を妨げることができ、素の状態の剣技では我を倒しきるにはほんの少しばかり至らなかった。

 我も剣士の端くれであるため、ハウグレーの異様な読みも、何度も相手をしていれば選択肢を確実に絞って追い込んでいく術が見えて来る。


 果てしなく遠く見えたハウグレーの攻略が、ついにすぐそこまで来ていた。

 後は、たった一撃でいい。

 ハウグレーの〖護り貝〗が間に合わない意識の狭間に剣撃を叩き込む。


「まさか、ここまで追い込まれるとはの。これを使わせられたのは、もう何十年振りであろうか」


 ハウグレーは短剣を持つ腕を前に出し、足を刃へと宛がった。


「何をやって……」


 ハウグレーは、短剣の腹をそのまま蹴った。

 短剣が高速で回転しながら我へと飛来してくる。


「ぐっ!」


 我は身体を曲げ、最小の動きで回避した。

 まさか、ハウグレーが短剣を蹴り飛ばしてくるとは想定していなかった。


 だが、妙だ。

 確かに大した速度と回転ではあったが……ハウグレーにしては、攻撃が温すぎる。

 当たってもこれは、我にとって致命打にはならない。

 

 そのとき、自身の背後から黒い殺気を感じ取った。

 背後から危険領域が漏れている。

 目をやれば、短剣が先程よりも速度を増して戻って来たところであった。


「な、なんだと!?」


「敵から目を逸らしている場合か?」


 ハウグレーが、我の目前で跳び上がっていた。

 手に構える大剣を振りかぶっている。

 我は大剣で素早く防ぐ。

 右に跳ぼうとしたが、ハウグレーがそちら側に回り込む予兆が見えたため左へと跳んだ。


 戻って来た短剣が、我が肩の肉を抉り飛ばす。

 身体を捻ったが、対応しきれなかった。

 ハウグレーに誘導された。


「ぐっ!」


 そうか、最初からこの技が必要となる可能性を感じ取り、我から〖燻り狂う牙バンダースナッチ〗を奪っていたのか!

 投げた短剣で動きに制限を掛け、大剣で攻撃してくることで、身体能力面の不利を補う算段だ。


 ハウグレーが我へと駆けてくる。

 我は大きく背後へ跳んだ。

 ハウグレーは回転する短剣を器用に掴み取り、素早く短剣にまた足を掛けた。


「〖極楽独楽〗、ワシのとっておきだ。使う機会に恵まれなかったため、少々燻っておるがな。本当に、またこの技に頼るときが来るなどとは思っておらんかった」

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