第595話

『あの黒い球体やらケサランパサランは、正気を奪われた過去の魔獣王と、その残骸みたいなもんだった。……ここから先、この手の魔物は何体も出てくるかもしれねえ』


 俺はアロとトレントに、これまでの仮説を噛み砕いて説明した。

 〖狂神〗についても説明しておいた。

 不安を煽ることになるかもしれねぇと思ったが、黙っておくわけにはいかない。


『……この〖狂神〗は、アロの耐性でも弾けねえ可能性が高い。発症条件や、時間の目安もわからねぇ。だが、神の声の様子からして、脱出不可能ってことはないはずだ』


 神の声は、俺が向こうの世界に戻ることが可能である、という前提で動いている様子であった。

 ……無論、思わせ振りな態度を取っただけで、単に俺をンガイの森に捨てただけ、ということも考えられないわけではない。

 だが、その可能性は考えない。

 仮にそうだとしても、どっちにしろタイムアップまで全力で打開策を探す、という目的に変わりはないからだ。


『ほ、本当に、私のレベルを上げている猶予はあるのでしょうか……?』


『少なくとも、俺がレベルを上げて進化条件を整えるより、トレントが進化する方が早いはずだ』


 俺は爪で、地面に絵を描いていく。

 この森の簡易図である。

 簡単に木を描いて、俺らの位置に竜の顔を描く。

 空にオリジンマターを、そして俺らから離れたところに塔を描いた。


『まず、塔を探りに行くんだ。ここに事態を好転させる、何かがあるはずだ。この同じ風景が延々と続く森の中で、この塔だけこれ見よがしに存在してるんだからよ。……そして、この塔に向かう道中で、トレントのレベルを上げて進化させる』


 トレントは自信なさそうにしていたが、俺が目線を送るとびしっと直立した。


『まっ、任せてくだされ!』


『頼んだぜ。勿論、俺とアロも支援する』


 俺の言葉に続いて、アロが大きく首肯した。


『俺が塔にあると踏んでいるのは、俺の進化上限を引き上げる手段か、あの世界に戻る手段……或いは、そのどっちもだと推測してる』


「……元の世界に戻る手段、というのはわかります。でも、進化上限を引き上げる手段というのは、少し飛躍していませんか?」


 アロの言葉に、俺は首を振った。


『神聖スキルは、多分……六つあるはずなんだ。あと二つは、何らかの形で神の声が保有してるんだと、俺はそう考えていた。ここンガイの森は、神聖スキルの保管場所としてこれ以上ないはずだ』


 なんなら、神聖スキルを保管するためにこの場所を造って、管理してるのかもしれねえ。

 それに神の声は、俺が今の段階では進化できないのは織り込み済みっつう様子だった。


 神の声が俺をンガイの森に送り込んだのは、俺を強くするためだ。

 その動機付けのために派手に〖スピリット・サーヴァント〗まで見せつけてくれたのだ。


 だが、ここから俺が強くなるためには、ちょっとレベルを上げる程度では変化が小さすぎる。

 レベル以上に何かの意図があるはずなのだ。


 今の俺がレベルを二十、三十上げたところで、歴代最強の〖スピリット・サーヴァント〗と急に対等に戦えるようになるとは思えない。

 俺は〖三つ首の飽食王バアル〗と衝突して、完全にステータス負けしていた。

 あれは多分、レベルの差だけじゃねぇ。


 もしかしたら、アロ達の補佐があれば戦えるかもしれない。

 だが、神の声はアロ達を強くすることに興味があるとは思えない。

 そう考えれば、神の声が俺をンガイの森に送り込んだ理由は、次の進化だという仮説ができる。


 そしてこの仮説は、神の声がンガイの森に神聖スキルを保管している、という説を補強してくれる。


 ただ向こうの世界に戻っただけでは、きっと神の声の〖スピリット・サーヴァント〗には勝てない。


『そして塔を探った後……俺の目的を達成できていなければ、俺はあの黒い球体、オリジンマターを叩きに行く』


 俺は地面に描いている絵の、黒い球体に爪でバツ印を付けた。


『……あ、主殿、奴は恐ろしい魔物でした。無理に戦いを仕掛ける理由はないのではありませんか?』


『オリジンマターは俺の同類……いや、成れの果てだ。目についちまった以上、終わらせてやりてえ。それに、オリジンマターを倒せるくらい強くなれねぇと、元の世界に戻ってもきっと通用しないはずだ』


『そ、そうかもしれませんが、しかし、時間もないのでしょう? 神聖スキル持ちの成れの果ては何体もいるという話でしたし……同情していれば、キリがないかもしれませんぞ』


 俺は首を振った。


『だから、塔で目的を達成できなかった場合だ。オリジンマターは、このンガイの森の攻略の鍵を握っている可能性があると、俺はそう踏んでいるんだ』


「攻略の鍵……ですか?」


 アロが首を傾げる。


『ああ、このンガイの森は〖狂神〗のせいで会話が通用する奴がまともにいねぇ。だから、この森の情報は虱潰しにして探すしかねぇ。俺も最初そう考えていたが……〖狂神〗の影響を逃れられそうな場所が、一か所だけ見つかったんだ』


「じゃ、じゃあ、そこに行けば、この森に詳しい人がいる……?」


『かもしれねぇ』


「それは……」


『オリジンマターの身体の奥だ。あいつの身体の奥は、時間の流れが止まっていて強固な封印になっているらしい』


 モンスターの情報を読み取ったときに流れてきたことだ。

 最初に見たときはとんでもない性質だと思っていた。

 だが、あの特性は、上手く利用できればンガイの森の〖狂神〗化作用から逃げ出せるかもしれない。


 脱出は不可能だろうが、外から誰かがオリジンマターを倒せば解放されるはずだ。

 そう考えた過去の神聖スキル持ちがいても、不思議ではない。

 オリジンマターを倒せば、会話の通じる神聖スキル持ちが解放される……その可能性は、ゼロではないはずだ。

 仮定の上の仮定で、あまり頼れる策ではないが。


『オリジンマター自体とんでもなく強いから後回しになるし、本当にそこに過去の神聖スキル持ちがいるのかだってわからねぇ。だが、仮に他の手掛かりがなくなっちまえば、そこを当ってみるのも悪い考えじゃあねぇはずだ。オリジンマター自体、倒せれば経験値としてかなり美味しい。まずは塔を目指して、トレントを進化させるのが先だがな』


 俺の言葉に、アロとトレントが頷いた。

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