第231話
人間の気配が感知に引っ掛かった方へと進む。
そろりそろり、音に気をつけてゆっくりと歩く。
図体がデカいから気休めにもならねぇけど、気分の問題って奴だ。
だから、相方が首をぶんぶん振ってるのとか気にしない。絶対に気にしない。
「ガァッ! ガァッ!」
……こいつ、分離できねぇのかな。
ミミズって左右に分かれても両方動いてた気がするけど、ああいう感じのできねぇのか。
首ちょんぱしてから〖|魂付加(フェイクライフ)〗使えば……いや、ちょっと試したくねぇな。
近づいていくと、人間二人に加えてもう一つ、薄っすらと何かの気配がした。
人間二人からも、興奮が感じられた。
まさか魔物との交戦か?
だったら急いだ方がいいんじゃねぇのか。
人間を見殺しになんかしたくねぇし、それにリトヴェアル族には貢物の恩がある。
俺は背後を振り返る。
とてとてと歩いていたワイトが、ぴたりと足を止める。
「グォッ……」
『待っていてくれ』という意を込め、足先で地面を示す。
ワイトは進行方向の先へと目をやり、ことりと首を頷かせた。
〖邪竜の下僕〗の称号スキルのお蔭か、ちょっとしたジェスチャーで簡単に意思が通じるのはありがてぇな。
しかしワイトを一体で置いていくのも不安があるな……。
俺は近くにある大きめの木を前足で擦る。
あまり無暗に〖|魂付加(フェイクライフ)〗は使いたくねぇが……ワイトに護衛をつけておく必要があるな。
リトルトレントにも〖邪竜の下僕〗の称号スキルはついていた。
命令を下せばそれに従ってくれるはずだ。
相方、この木、魔物化できるか?
「ガァッ!」
相方は頷き、声を上げる。
黒い光が木を覆う。
……が、光が晴れても変化はなかった。
今まで試したのって肉塊、骨、若木だからなぁ……。
木はちょっと無理があったか。
スキルLvの問題なのかもしれねぇ。
……ただ置いていくのは、ちょっと危険だよな。
あんましあれこれ検証している余裕はねぇし、ワイトは口の中に入れていくか?
でもそれ、最悪ちらっとでも見られたらとんでもねぇ誤解を招くよな?
骸骨口の中放り込んどいて『違いますぅ! 食べてるんじゃなくて保護してるんですぅ!』とか、絶対信じてもらえねぇよな。
泣きながら逃げてくよな。
でも、これで大事になったら絶対後悔するし……。
とりあえず、口さえ意地でも開けなきゃ大丈夫だよな?
「ガァァァッ!」
相方がさっきよりも力を込めて吠える。
一回り大きな黒い光が、木全体を覆いつくす。
木の皮が歪み、人の顔が現れる。
太い木の根が地を掘り起こし、地面に罅が入った。
やっぱり若木とはスケールが違う。
「ギシャァァァァッ!」
木は両の枝を地に叩き付け、大声を上げた。
千切れた葉が辺りに散る。
でけー物を魔物化させるには、それ相応の魔力がいるらしい。
俺の魔力量なら問題はない……とは思うが。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族:レッサートレント
状態:呪い
Lv :1/25
HP :25/25
MP :20/20
攻撃力:15
防御力:22
魔法力:20
素早さ:10
ランク:D
特性スキル:
〖闇属性:Lv--〗
耐性スキル:
〖物理耐性:Lv2〗
通常スキル:
〖根を張る:Lv3〗〖クレイ:Lv2〗
〖レスト:Lv1〗
称号スキル:
〖邪竜の下僕:Lv--〗
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
ワイトよりは強いんだけど……大丈夫なのか、これ。
もうちょっと強い魔物を作ってから……。
ワイトがつんつんと、俺の足を突いた。
なんだ、どうしたんだ?
俺は首を降ろし、顔を近づける。
ワイトは、人間がいる方向を指差した。
リトヴェアル族は、ワイトの生前の仲間だ。
何か、本能的に思うことがあるのかもしれねぇ。
「グォッ」
俺はワイトから、今生み出したばかりのトレントへと視線を移す。
ワイトを頼んだぞ。
「ギシャァァァァッ!」
通じてる……よな?
枝振り乱してるけど、攻撃はして来ないし。
俺は度々振り返りながらも、人間の気配の方へと向かって移動した。
近づくうちに、リトヴェアル族と魔物が戦っている音が聞こえてきた。
ぞくりと背筋の寒くなる感覚を覚えた。この感じには、なんとなく既視感があった。
俺は足を速める。
「レイ、クヴェイ、ジェス!」
「はいっ! いやぁぁっ! せやっ!」
人間は間違いなくリトヴェアル族だった。
装飾の施された大槍を持った大男が一人と、俺に貢物を持って来た中にも混じっていた巫女っぽい恰好をした女が一人だ。
女の方は目を瞑り、何かわからない呪文のようなものを唱えていた。
嫌な予感が的中した。
大男が戦っているのは、あの巨大怪虫アビスだった。
「ヴェェエエエ!」
アビスは不均整な長さの八足をくねらせ、大男の周囲を駆け回っている。
相変わらずの不快な姿、そして不気味な動きだった。
アビスはCランクモンスターだというのに、よく渡り合えている。
ハーゲンよりも上で、アドフよりは一段劣るくらいか。
妙にごつい槍だと思ったが、長さが丁度アビスと戦いやすいように作られているのかもしれない。
神の声の教えてくれた情報によれば、アビスは自分より小柄の動物を食糧にしているとのことだった。
数が多いのであれば、リトヴェアル族にとってかなりの脅威だろう。
「クヴェイ! クヴェイ! レイツ!」
巫女らしき女が声を荒げると、アビスの姿が不意に途切れた。
アビスが逃げたのだろうかとふと考えた瞬間、大男の背後にふっと姿を現した。
大男は、槍を大きく振るう。遠心力の乗った穂が、アビスの牙をぶっ叩く。
完全に死角を取られていたというのに、よく反応できたものだ。
俺だと一撃もらっていたかもしれねぇ。
「ジェス! ジェス!」
大男は女の声に合わせ、仰け反ったアビスへと、槍の攻撃を加えていく。
アビスは後ろ向きでジグザグと動きながら大男から距離を取り、森の茂みの中へと消えて行った。
相変わらず気色の悪い動きだ。
大男もそれを見て気が緩んだのか、地面に槍を立てた。
その背後に、すぅっとアビスが現れる。
「クヴェイッ!」
女が叫ぶと、慌てて大男が槍を構えて振り返る。
危ういタイミングだ。
俺は森から飛び出し、アビスを前足で叩き潰した。
「ヴェブッ……ヴ」
アビスの口から、ぐちゃりと黄土色の液体が流れ出てきた。
じたばたじたばたと手足を素早く蠢かす。
こそばゆい感覚が気持ち悪い。俺は前足に重量を掛けた。
足は止まったが、背中からも液体が噴き出てきた。
【経験値を126得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を126得ました。】
……す、素手でやっちまった。
「ガァ……」
相方が、この世の終わりだといわんがばかりの悲痛な声で鳴いた。
俺だって泣きてぇよ。
手を地面に擦り付け、アビスの体液を落とす。
ちくしょう、ちくしょう、取れねぇ。
なんかカメムシ煮詰めたような臭いがする。
「りゅ、竜神様……?」
大男が、あんぐりと口を開けて俺を見上げていた。
からんからんと、大槍が地に落ちる。
大男は槍の音を聞いてはっとしたように目を見開き、大槍を追うように屈んで膝を着いた。
そ、そんなかしこまられても困るんだけど……。
むしろ俺が緊張するっつうか。
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